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入院患者(2)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 きっかけは、ブレッシントンという名の見ず知らずの紳士でした。ある朝わたしを訪ね

てきて、いきなり用件を切りだしました。

『大学で優秀な成績をおさめ、先頃あの輝かしい賞を受賞なさったパーシー・トレヴェリ

アンさんですね?』

 わたしはうなずきました。

『ではこれからいくつか質問しますので、正直にお答えください。決して損はさせません

から。あんたは成功するに充分な才知をお持ちだ。あと必要なのは世渡り術ですが、どう

です?』

 あまりにぶしつけな質問に、わたしは苦笑しました。

『それなりに身についているはずですよ』

『悪習はないですか? たとえば酒を飲んで酔っぱらうとか?』

『まさか、冗談じゃない!』

『けっこう、それなら問題ありません! どうしても確認しておきたかったもんでね。し

かし、それだけ能力の高いあんたが、なぜ開業しないんです?』

 わたしは黙って肩をすくめました。

『ああ、なるほど、なるほど!』彼は騒々しくまくしたてます。『よくある話だ。おつむ

の中はぎっしりでも、財布の中はすっからかんというわけですな。わたしがブルック街で

開業させてあげようと言ったら、どうします?』

 わたしは啞あ然ぜんとして彼を見つめました。

『これはね、あんたのためじゃない、自分のためなんだ。ざっくばらんに言いましょう。

そっちが乗り気になってくれれば、こっちも好都合なんですよ。投資にまわせる金が数千

ポンドありましてね。それをおたくにそっくり注ぎこもうかと考えているわけです』

『なぜわたしに?』思わず息をのみました。

『そりゃ当然、安全だからですよ。ほかの投機となんら変わりませんしね』

『わたしはどうすればいいんですか?』

『段取りをお話ししましょう。医院となる家はわたしが用意して、内装工事や家具も手配

し、メイドを雇い入れる。もちろん経費は全部こっち持ち。あんたは診察室の椅子に座っ

てるだけでいいんです。小遣いやらなんやら、必要な金はすべて出しましょう。ただし、

収入の四分の三はわたしがちょうだいする。そっちの取り分は残りの四分の一です』

 そんな具合に、ブレッシントンなる男は変わった条件を持ちかけてきました。それに続

く交渉での細かいやりとりは、お聞かせしても退屈なだけでしょうから省きます。結論か

ら言うと、わたしは次の〈お告げの祝日( 訳注:聖母マリアが受胎を告げられた日で、三月二十五日 )〉

に用意された家へ引っ越し、ブレッシントンの出した条件どおりに開業しました。そし

て、彼も長期入院患者として同居することになりました。心臓が悪いらしく、医者の診察

をいつでも受けられる環境が必要なのだそうです。それで二階の一番いい部屋がふたつ、

彼専用の居間と寝室になりました。かなりの変わり者でして、家にじっと閉じこもったま

ま、めったに外出しません。生活もかなり不規則のようです。にもかかわらず、これだけ

は欠かさないという習慣がひとつあります。毎晩、決まった時刻に診察室へやって来ては

帳簿を調べ、その日の収入からわたしの取り分である一ギニーにつき五シリング三ペンス

を差し引くと、残りの金額すべてを自室へ持ち帰り、頑丈な金庫にしまうのです。

 確信を持って断言しますが、あの男が投資を後悔したことは一度もないはずです。開業

当初から経営は順調で、わたしが勤務医だった頃の評判にも助けられて、いい患者さんが

大勢つきました。医院はたちまち有名になり、ほんの数年でブレッシントンもわたしも懐

が大いに潤いました。

 ホームズさん、ここまでがわたしのこれまでの経歴と、ブレッシントンとの関係です。

このあとはいよいよ、今夜こちらへ矢も楯たてもたまらず駆けつけた理由をお話ししま

す。

 何週間か前のことですが、ブレッシントンが見るからに動転して診察室へ飛びこんでき

ました。なんでもウエストエンドで強盗事件が起きたとかで、異様なほどおびえ、この家

の窓とドアにもっと強力なボルト錠をつけるまでは心配で一睡もできないなどと言い張り

ます。それから一週間は妙に落ち着きがなくて、ひっきりなしに窓の外をうかがっていま

したし、夕食前の軽い散歩もぱったりとやめてしまいました。そんな姿を見れば、なにか

を、あるいは誰かを死ぬほど恐れているのは明らかですから、わけを尋ねようとしたので

すが、決まって不機嫌になるので無理やり訊ききだすわけにもいきません。日が経つにつ

れ徐々に不安は薄らいでいったようですが、以前の暮らしに戻りかけたところへまた新た

な事態が発生し、それきり彼は哀れなほどの放心状態に陥ってしまいました。

 新たな事態のきっかけとなったのは、二日前にわたし宛てに届いた手紙です。日付も差

出人の名前や住所もありません。文面はこういうものでした。

 現在イギリスに居留中のロシアの貴族が、パーシー・トレヴェリアン先生の診察を希望

されています。数年前からカタレプシーの発作に悩まされており、その道の権威として名

高い貴殿にぜひお目にかかりたいとのことです。明日の午後六時十五分頃にうかがいます

ので、ご在宅いただければ幸甚です。

 この手紙にはいたく興味をそそられました。カタレプシー研究の難しさは、症例が極端

に少ないことにあるのですから。そんなわけで、翌日は先方が指定した時刻に診察室で待

ちかまえていました。そしてその時刻になると、雑用係の少年が患者を案内してきまし

た。

 おとなしい感じの瘦やせた年配の男でした。どこにでもいそうなごく平凡な印象で、ロ

シアの貴族にはまったく見えません。むしろ付添人の青年のほうがはるかに見栄えがしま

した。背が高く、目を奪われるほど美しい浅黒く精せい悍かんな顔、そのうえ手足といい

胸板といい、ヘラクレスばりの筋骨たくましい体格です。青年は患者の片腕を支えながら

診察室へ入ってくると、外見からはちょっと想像がつかないほど繊細なしぐさで、男が椅

子に座るのを手伝いました。

『先生、勝手に入ってきてしまって申し訳ありません』青年はやや舌足らずな発音の英語

で言いました。『患者の息子なんです。父の体調が心配でたまらないものですから』

 なんて親思いの息子だろう、と感心しました。『かまいませんよ。診察のあいだも付き

添っていらっしゃいますか?』

『いえいえ、とんでもない』青年はさもおびえたような身振りで言います。『そんなこと

はつらくてできません。目の前で父があの恐ろしい発作を起こすようなことがあったら、

とても耐えられませんので。恐縮ですが、父が診察を受けているあいだは待合室で待たせ

ていただきます』

 ええ、いいですよ、とわたしは言い、青年は診察室から出ていきました。患者と二人き

りになると、さっそく問診を始め、内容を細かく書き留めました。患者はあまり頭の回転

が良くないのか、受け答えにあいまいな箇所が多かったのですが、まあ、それは英語に不

慣れなせいかもしれません。ところが、そのうちに返事がぷっつりと途絶えました。どう

したんだろうとノートから顔を上げると、患者は椅子にかけたまま背中をぴんと硬直さ

せ、こわばった無表情な顔でこちらを見つめています。このカタレプシーという難病特有

の発作を起こしたのです。


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