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入院患者(3)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 最初に感じたのは患者に対する同情と恐怖でしたが、すぐに職業上の好奇心のほうが強

くなりました。患者の脈拍と体温を測ってノートに記入し、筋肉のこわばり具合や反射能

力を調べました。いずれも異常は認められず、過去のほかの症例と一致しています。それ

までの患者には亜硝酸アミルを吸入させると良好な結果が得られていましたので、効果を

試す絶好の機会だと思いました。その薬瓶は地下の研究室に置いてあるため、患者を診察

室の椅子に座らせたまま急いで取りにいきました。あいにく探すのに少々手間取って、診

察室へ戻ったのは五分くらい経ってからだったでしょうか。ドアを開けた瞬間の驚きと

いったら──部屋は空っぽで、患者の姿はどこにもなかったのです!

 もちろん、すぐに待合室へ駆けこみました。なんと息子も消えていました。玄関のドア

は閉まってはいたものの、鍵かぎはかかっていませんでした。雑用係の少年は最近雇った

ばかりで、あまり機転の利くほうではありません。いつも地下で待機していて、わたしが

診察室のベルを鳴らすと、駆けあがってきて患者を玄関へ送りだすのですが、やはりこの

少年もなにも気づかなかったそうです。まさに狐につままれた気分でした。その直後、ブ

レッシントンが散歩から帰ってきたのですが、この一件は話さずにおきました。実を言う

と、このところ彼とはなるべく口をきかないようにしているのです。

 とにかく、例の消えたロシア人親子とは二度と会うことはないだろうと思っていまし

た。ところが今日の夕方、昨日と同じ時刻に再び連れ立って診察室へ入ってきたのですか

ら、もうびっくりしたなんてものじゃありません。

『先生、昨日は突然帰ってしまって、大変失礼いたしました』と患者は詫わびました。

『正直言って、驚きましたよ』わたしは答えました。

『実は、わしは発作がおさまるといつも頭がぼうっとなって、それまでなにをしてたか忘

れてしまうのです。昨日もそうでした。気がついたら見覚えのない部屋にいたので、先生

がいらっしゃらないあいだにふらふらと外へ出ていってしまったわけです』

『父は診察室から出てくると』息子のほうも弁解を始めました。『待合室の前を通り過ぎ

ていったので、てっきり診察は終わったんだろうと思いました。帰宅して初めて、そうで

はなかったんだと気づいたんです』

『そうでしたか』わたしは笑って言いました。『まあ、かなりびっくりはしましたが、実

害があったわけじゃないですから、どうかお気になさらず。では、また待合室でお待ちい

ただけますか? 父上に昨日中断した診察の続きをおこないますので』

 それから三十分ばかり患者本人から症状などについて話を聞き、処しよ方ほう箋せんを

渡したあと二人を送りだしました。患者は息子さんの腕につかまって帰っていきました。

 前にお話ししたとおり、ちょうどその時間帯はブレッシントンがいつもの散歩に出かけ

ていました。間もなく帰ってきて、二階へ上がりましたが、すぐに駆け下りてくる足音が

聞こえ、かんかんになって診察室へ怒鳴りこんできました。

『わたしの部屋に入ったのは誰だ?』

『誰も入りませんよ』わたしは言いました。

『噓をつけ! 自分の目で見てみろ!』

 彼は恐怖のあまり正気を失いかけているようだったので、乱暴な口のきき方には目をつ

ぶることにし、一緒に二階へ行きました。彼は薄い色のカーペットに点々と残っている足

跡を指さしました。

『わたしが自分でやったと言うのか?』彼はがなりたてます。

 明らかにブレッシントンの足より大きく、まだついて間もない靴跡でした。ご存じのと

おり、午後に雨が激しく降りましたし、来訪者はあのロシア人親子だけです。ということ

は、わたしが父親の診察をしている隙に、待合室にいた息子がなんらかの理由で二階へ上

がり、入院患者の部屋に忍びこんだとしか考えられません。手を触れられたり、盗まれた

りした物はありませんでしたが、靴跡が残っているのですから、侵入者がいたことは動か

しがたい事実です。

 まあ、そんなことがあれば動転するのは当然でしょうが、ブレッシントンの取り乱し方

は、いささか常軌を逸しているように思いました。肘ひじ掛かけ椅子に座って泣きなが

ら、わけのわからないことを口走るのです。ホームズさんに相談しようと言いだしたのは

ブレッシントンでした。わたしもそれがいいと即座に賛成しました。彼の騒ぎようは少し

大げさですが、異常な事態であることには変わりないのですから。これからうちの馬車で

家まで来ていただければ、この謎がただちに解明されるのは無理としても、いくぶん彼の

慰めになるでしょう」

 シャーロック・ホームズは興味津々の様子で、この長い話にじっと耳を傾けていた。い

つものように顔は無表情だったが、まぶたはいっそう重たげに垂れ、パイプから立ちのぼ

る煙は、話がおもしろい部分にさしかかるたび強調するかのようにひときわ濃くなった。

トレヴェリアン医師が話し終えると、ホームズは無言でぱっと椅子から立った。それから

私の帽子をこっちに手渡し、自分の帽子はテーブルから取りあげ、トレヴェリアン医師の

あとに続いて玄関へ向かった。十五分もしないうちに、私たちはブルック街の医院の前に

到着した。ウエストエンドの開業医と聞いて誰もが連想するような、正面がのっぺりした

陰気な感じの建物だった。雑用係の少年に出迎えられ、一同はただちに上等な絨じゆう毯

たんを敷いた広い階段をのぼり始めた。

 ところが、いきなり邪魔が入って、私たちはその場で棒立ちになった。階段の上の明か

りがふっと消え、暗がりから甲高い震える声が聞こえてきたのだ。

「こっちにはピストルがある。それ以上近寄ると撃つぞ」

「ばかなまねはやめてください、ブレッシントンさん」トレヴェリアン医師が叫んだ。

「ああ、先生でしたか」いかにも安あん堵どした声だ。「しかし、まさか変なやつらを連

れてきていないでしょうね?」

 私は暗闇からまとわりつくような鋭い視線を感じた。

「よしよし、だいじょうぶだ」ようやく納得したらしい。「どうぞ上がってきてくださ

い。用心したせいで不愉快な思いをさせたとしたら、どうかご勘弁を」

 ブレッシントンはそう言いながら再び階段のガスランプをつけた。私たちの前に異様な

容よう貌ぼうの男が立っていた。声だけでなく表情も、動揺といらだちをありありと浮か

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