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ギリシャ語通訳(1)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

ギリシャ語通訳

 シャーロックホームズとは長年にわたって親しく交際してきたが、彼から身内の話は

一度も聞いたことがなく、私と知り合う前の人生についてもほとんど話題にしなかった。

そんなふうに自分のことを語ろうとしないのは、人間味が足りない証拠ではないかとの思

いが私の中で次第に強まっていき、彼が心を持たない頭脳だけの奇人、すなわち、知性の

面では傑出していても情に欠ける人間だと感じることさえたまにあった。彼の感情に動か

されない性分は、女嫌いなところや、新しい友人を作りたがらないところを見ても明らか

だが、それ以上に象徴的なのは、やはり親きょうだいについてまったく触れない点であろ

う。そんなわけで、てっきり彼は天涯孤独の身かと思っていた。そのホームズがある日突

然、兄弟の話を始めたのだから、私はもうびっくり仰天した。

 それはある夏の夕方のことだった。お茶のあとにゴルフクラブのことから、黄道の傾斜

角が変化する原因まで、思いつくままにとりとめのない話をしているうち、隔世遺伝と遺

伝的性質の話題になった。特殊な才能というのはどこまでが遺伝によるもので、どこまで

が幼少期の訓練によるものか、というのが議論の焦点だった。

「きみの場合は、これまでのもろもろの例から見て、その鋭い観察眼や独特の推理力は系

統立った訓練で獲得したんだろうね」と私は言った。

「ある程度まではね」ホームズは考えこみながら答えた。「僕の先祖は代々地方の地主

で、その階級にふさわしい生活を送っていたらしい。だが僕の性質はまちがいなく遺伝の

せいだ。おそらく祖母の血筋を受け継いだんだろう。祖母はフランスの画家ヴァルネの妹

にあたるんだ。芸術家の血というのは変わった形で現われるものだからね」

「どうして遺伝だと言いきれるんだい?」

「兄弟のマイクロフトも同じ性質を受け継いでいるからさ。僕よりもずっと多く」

 まったくもって初耳だった。この国にシャーロックホームズのような特異な才能の持

ち主がもう一人いるのなら、これまで警察や市民にまったく知られていないなどというこ

とはありえないのでは? 私はその問いをホームズにぶつけてみた。マイクロフトなる兄

弟のほうが自分より優秀だと言ったのは謙けん遜そんだろう、と暗にほのめかしもした。

するとホームズは私の憶測を一笑に付した。

「ねえワトスン、僕は謙遜を美徳と見なす姿勢にはこれっぽっちも賛同できなくてね。論

理に忠実であるならば、どんな物事もありのままに見るべきなんだ。誰かの能力を過小評

価することは、過大評価することと同じくらい真実にそむくことになる。だからマイクロ

フトが僕よりも観察眼に優れていると僕が言ったら、額面どおりに受け取ってもらってい

いんだよ」

「きみの弟なのかい?」

「七つ年上の兄だ」

「どうして世間に知られていないんだろう」

「いやいや、仲間内では有名だよ」

「仲間というと?」

「そうだな、たとえばディオゲネスクラブの会員かな」

 そのような組織は聞いたことがなかった。私の顔に疑念がありありと浮かんでいたのだ

ろう、ホームズは懐中時計を出して時間を確かめた。

「ディオゲネスクラブはロンドンで最も変わったクラブで、マイクロフトはそのクラブ

きっての変わり者だ。ほぼ毎日、四時四十五分から七時四十分までそこにいる。今は六時

だから、きみに美しい夕べの散歩を楽しもうという気があるなら、喜んで案内するよ。珍

しいクラブと珍しい男を同時にお目にかけよう」

 五分後には通りへ出て、リージェントサーカスの方角へ歩いていた。

「不思議に思うだろう、ワトスン? なぜマイクロフトはその能力を活いかして探偵をや

らないのかと。だがね、兄には探偵はつとまらないんだ」

「でも、さっき言ったじゃ──」

「そう、たしかに兄は観察眼も推理力も僕より秀でている。だから、最初から最後まで安

楽椅子に座って推理するだけで事件を解決できるなら、マイクロフトは人類史上最強の名

探偵になっただろう。ところが本人には野心も行動力もないときている。自分の推理を裏

付けるために出かけていくことさえ億おつ劫くうなんだ。そんな面倒なことをするくらい

なら、自分が正しいと立証できなくてもいい、まちがっていると思われようがいっこうに

かまわない、という考え方なんだよ。僕が手こずっている謎を持ちこむと、マイクロフト

がそれを解いてくれて、結果的にそのとおりだったことはこれまで何度もある。だが判事

や陪審員に事件を渡す前に必要な実地での裏付け捜査が、兄にはまったくできないんだ」

「じゃあ、職業は探偵じゃないんだね?」

「もちろんちがう。僕はこの仕事で生計を立てているが、兄にとっては趣味で楽しむ素人

芸だ。本業のほうは、数字にめっぽう強いので、政府のいくつかの省で会計検査を担当し

ている。朝晩通勤のために、ペルメル街の自宅と、そこから目と鼻の先にあるホワイト

ホールの職場とのあいだを歩いているが、それ以外の運動は一年を通じてめったにやらな

い。自宅の真ん前にあるディオゲネスクラブ以外の場所でマイクロフトの姿を見かける

ことはまずないだろう」

「そんな名前のクラブは初めて聞いたよ」

「だろうね。ロンドンには大勢の男が暮らしているが、中には内気な者や人間嫌いな者、

仲間づきあいが苦手な者もいる。しかし彼らだって、居心地のいい椅子や最新の新聞雑誌

がほしくないわけじゃない。そういう人々のために生まれたのがディオゲネスクラブな

のさ。今では普通のクラブにはなじめない、ロンドンで誰よりも非社交的な連中のたまり

場になっている。会員は、ほんのわずかでもほかの会員に興味を持つことは許されない。

どんな事情があろうとも、来客室以外の場所での私語はいっさい禁じられている。こうし

た決まりに三回違反したと委員会に報告された場合は、除名処分となるんだ。マイクロフ

トも創設に携わった一人なんだが、いつ行っても落ち着ける快適なクラブだよ」

 そんなことを話しているうちに、セントジェイムズ街からぺルメル街へ入っていた。

やがてホームズはカールトンクラブの少し先にある建物の前で足を止め、しゃべらない

ようにと私に合図してから、玄関ホールへ入っていった。壁のガラス張りになった部分か

ら、広い豪華なしつらえの部屋を見通せた。大勢の男たちが思い思いの場所で椅子にか

け、くつろいだ様子で新聞を広げている。ホームズはペルメル街に面した小さな部屋に私

を通したあと、どこかへ行ったが、少しして一目で兄とわかる人物を連れて戻ってきた。

 マイクロフトホームズは、弟のシャーロックよりもはるかに大柄で、でっぷりと太っ

ていた。顔も胴体と同様にかなり肉付きがよかったが、その面差しには弟とよく似た明敏

さが刻みこまれていた。印象的な薄い灰色の目は遠いかなたを見つめているような思慮深

さをたたえているが、それはシャーロックが全力を挙げてなにかに取り組んでいるときの

まなざしとそっくりだった。



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11/28 16:28