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ギリシャ語通訳(2)
日期:2024-02-13 08:39  点击:295

「お会いできて光栄です」マイクロフトはアザラシの前びれみたいな平べったい大きな手

を差しだした。「あなたがシャーロックの伝記作者となられて以来、いたるところで弟の

噂を聞くようになりましたよ。ああ、そうだ、シャーロック、例のマナーハウスの事件の

ことで先週あたり相談に来るのかと思っていたよ。おまえの手には負えないだろうと思っ

たからね」

「とんでもない、もう解決したよ」ホームズは笑って言った。

「アダムズだったんだろう?」

「そう、アダムズだった」

「初めからそうじゃないかと思ったんだ」兄弟は張り出し窓のそばに腰を下ろした。「人

間の研究をしたい者にとっては、ここは絶好の場所だよ」マイクロフトは続けた。「すば

らしい見本がよりどりみどりだからね! たとえば、ほら、こっちに向かって歩いてくる

二人の男がいるだろう?」

「ビリヤード好きと、その連れだね」

「そのとおり。連れのほうについてどう思う?」

 その二人は窓の向かいでちょうど立ち止まった。片方の男のチョッキのポケットに

チョークの粉がついているので、こちらがビリヤードをする男なのだろう、と私にもかろ

うじて推測できた。もう一人の男は非常に小柄で色が黒く、帽子をあみだにかぶって、紙

袋をいくつか小脇に抱えている。

「軍人あがりだね」シャーロックが言った。

「最近除隊したばかりだな」マイクロフトがつけ加える。

「任地はインドだった」

「下士官だな」

「砲兵隊だろうね」

「男やもめだ」

「子どもが一人いる」

「いや、一人じゃない、もっといるよ」

「ちょっと待ってください」私は笑いながら会話に割って入った。「とてもついていけま

せんよ」

「解説しよう」ホームズは言った。「あの威張った態度や顔つき、それから日焼けした肌

を見れば、一兵卒よりも上の階級の軍人で、インドから戻ってそれほど月日が経っていな

いことは明らかだ」

「除隊して間もないことは、まだ軍靴を履いていることからもわかりますよ」マイクロフ

トが補足した。

「歩き方からすると歩兵じゃないが、額の片側があまり日焼けしていないので、いつも軍

帽を斜めにかぶっていたとわかる。あの体重では工兵は無理だろうから、砲兵だね」

「それから、こういうこともわかりますよ。正式な喪服を着ているので、最近身内に不幸

があったにちがいない。自分で買い物をしてきたということは、奥さんに先立たれたんで

しょう。袋の中には子供用品が入っていますね。ガラガラがあるので、子供の一人はまだ

赤ん坊です。奥さんはお産で亡くなったのかもしれませんな。絵本を小脇に抱えているこ

とから、もう一人、育てていかなければならない子供がいるようです」

 これなら兄のほうが優秀だとホームズが言うのもうなずける。ホームズは私を横目で見

て、にやりと笑った。マイクロフトはべっ甲の箱から嗅かぎ煙草をつまみあげて嗅ぎ、赤

い絹の大判のハンカチで上着にこぼれた粉を払い落とした。

「ところでシャーロック、おまえの好みに合いそうな事件が舞いこんできたよ。まさしく

奇々怪々な出来事でね。わたしは例によって気まぐれだから、解決にこぎ着けるまで事件

を追い続ける自信はないが、推理を楽しむにはもってこいの題材だ。もし詳しく聞きたけ

れば──」

「ありがたい、ぜひ聞かせてくれ」ホームズは言った。

 マイクロフトは手帳になにか書いて破り取ると、呼び鈴を鳴らしてウェイターにそれを

手渡した。

「メラス氏にここへご足労いただくことにした」マイクロフトは言った。「わたしのすぐ

上の階に住んでいる人でね、もともと多少のつきあいはあったから、悩み事を相談された

んだ。メラス氏はギリシャ人の血を引いているらしく、語学に堪能で、裁判所での通訳

や、ノーサンバランドアヴェニュー界かい隈わいのホテルに宿泊している裕福な東洋人

のガイドを生なり業わいにしている。彼の不思議な体験については本人の口からじかに

語ってもらうことにしよう」

 数分後、オリーブ色の肌と真っ黒な髪のずんぐりした男が私たちの輪に加わった。一目

で南欧系とわかる容よう貌ぼうだが、話し方は教養のあるイギリス人そのものだった。

ホームズと固い握手を交わすときに黒い瞳ひとみをきらきらと輝かせ、事件捜査の専門家

に話を聞いてもらえるのがさも嬉うれしそうだった。

「警察に話しても信じてもらえないのです。てんで取り合ってくれません」メラス氏は悲

しそうに言った。「前例がないからという理由で、そんなことはありえないとはなから決

めてかかるのです。でも、顔を絆ばん創そう膏こうだらけにしたあの哀れな男のことが無

性に気になって、その後どうなったのかわかるまで気持ちが休まりません」

「真剣にうかがうつもりですよ」ホームズは言った。

「今日は水曜日ですね」メラス氏は話を始めた。「あれは月曜日の夜でしたので、ほんの

二日前のことです。この方からすでにお聞き及びかと思いますが、わたしは通訳の仕事を

しております。だいたいどの言語もできますが、生まれも姓もギリシャなので、ギリシャ

語の仕事が中心です。長年、ロンドンのギリシャ語通訳の第一人者として、ホテルではそ

れなりに名が通っております。

 あまり頻繁ではないにせよ、急に厄介事を抱えた外国人や、夜遅く到着した旅行者など

から、深夜に呼びだされることもたまにはあります。ですから二日前の月曜の晩も、ラ

ティマーというしゃれた身なりの男が訪ねてきて、外に待たせてある辻つじ馬車で一緒に

来てくれと頼まれたときも、さほど驚きはしませんでした。ギリシャ人の友人が仕事の用

件で家に来ているのだが、向こうはギリシャ語しか話せないので通訳が必要になったとの

ことでした。ラティマー氏は自宅があるのは郊外のケンジントンだと言い、かなり急いで

いる様子で、階段を下りて通りに出ると、追いたてるようにわたしを馬車に乗せました。

 さきほど辻馬車と申しましたが、中へ入ったとたん、そうではないようだと思いまし

た。いつも街を走っている普通の四輪馬車より広々としていて、内装も古くてすり切れて

はいますが、上等な造りなのです。ラティマー氏はわたしの真向かいに座り、馬車はチャ

リングクロスを抜けて、シャフツベリーアヴェニューに差しかかりました。オックス

フォード街に入ったとき、ケンジントンへ行くのにこれでは遠回りになると気づき、その

ことをラティマー氏に思いきって尋ねてみました。ところが最後まで言い終わらないうち

に、相手は異様な行動に出たのです。

 まずポケットから、鉛を仕込んだ恐ろしげなステッキを取りだしました。そして重みと

威力を確かめるかのように、それを前後に振って見せるのです。そのあと無言でステッキ

を座席のかたわらに置き、窓を両側とも閉めてしまいました。驚いたことに、窓ガラスは

紙で覆ってあって、外を見られないようになっていました。


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09/29 15:29