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ギリシャ語通訳(5)
日期:2024-02-13 08:40  点击:253

「どこから?」

「アテネだろう」

 ホームズはかぶりを振った。「ラティマーはギリシャ語がまったくできない。一方、娘

のほうはかなり英語が達者だった。そこから推測すれば、こういうことだろう。娘はしば

らく前からイギリスに来ていて、男のほうはギリシャに行ったことがない」

「そうなると、彼女はイギリス滞在中にラティマーから駆け落ちしようと口説かれたのか

もしれないね」

「そのほうが可能性は高い」

「そこへ娘の兄が──血縁者にちがいないから、兄だよ──駆け落ちを止めようとギリシャ

からやって来たものの、ラティマーと年配の相棒にとっては飛んで火に入る夏の虫。連中

は彼をつかまえて暴力をふるい、妹の財産を二人に譲り渡す書類に署名させようとした。

娘の財産は兄が管理しているんだろう。兄は署名を拒否したので、連中は言うことを聞か

せるため通訳者が必要になる。そこでメラス氏に白羽の矢が立った。その前は別の通訳者

を使ったようだがね。娘は兄がイギリスにいることを知らされておらず、まったくの偶然

から兄と顔を合わせた」

「すばらしいよ、ワトスン。かなり真相に迫っていると思うよ。僕らの手もとには切り札

がたっぷりそろっている。相手が突然暴力に訴えてくることだけが心配だが、時間さえあ

れば必ずやつらをつかまえられる」

「どうやって連中の家を探しだすんだい?」

「そうだな、僕らの推測が当たっているなら、女性のもともとの名前はソフィークラ

ティデスということになる。名前がわかっていれば、居所を突きとめるのはさほど難しく

はないよ。そこに望みを託して捜査するしかないね。兄のほうはロンドンに来たばかり

で、知人はたぶん誰もいないだろうから。ハロルドラティマーという男とこの娘が親し

くなってからある程度の期間、そうだな、数週間は経っているにちがいない。ギリシャに

いた兄が二人の仲を聞きつけて乗りこんでくる暇があったんだからね。そのあいだ二人が

ずっとあの家で暮らしていたとすれば、マイクロフトの新聞広告にそのうち必ず返事があ

るはずだ」

 そんなことを話しているうちに、私たちはベイカー街の家に着いた。ホームズが先に階

段を上がっていったが、部屋のドアを開けたとたん、ぎょっとして立ちすくんだ。肩越し

に中をのぞきこんで、私も呆ぼう然ぜんとなった。マイクロフトが肘ひじ掛かけ椅子に

座って煙草をくゆらせているではないか。

「お入り、シャーロック! ワトスン先生も!」マイクロフトはびっくりしている私たち

に笑顔を向け、落ち着き払って言った。「わたしにこんな行動力があるとは意外だったろ

う、シャーロック? どういうわけか、この事件が無性に気になってね」

「どうやってここへ?」

「辻つじ馬車で先回りしたんだよ」

「なにか進展があったということだね?」

「広告に返事が来た」

「ほう!」

「おまえたちとほとんど入れちがいに届いたんだよ」

「それで、どんな返事なんだい?」

 マイクロフトは紙を一枚取りだした。

「これなんだがね、ロイヤル判のクリーム色の便びん箋せんに、身体の弱い中年男性がJ

ペンで書いたものだ。読みあげるよ。『拝啓。本日の新聞広告を拝見し、ペンを取った次

第です。お尋ねの若い女性のことはよく存じております。こちらまでお運びくだされば、

彼女の身に起きた気の毒な出来事について詳しくお話しいたします。彼女の現住所はベク

ナムのマートルズ荘です。敬具。Jダヴェンポート』

 差出人の住所はロワーブリクストンになっている。シャーロック、これからすぐ馬車

で行って、詳しい話を聞いてみないか?」

「いや、今はその娘の身の上話よりも、兄の命を優先すべきだよ。スコットランドヤー

ドのグレグスン警部に会ってから、ベクナムへ直行しよう。一人の男の生死がかかってい

るんだ、一刻も早く駆けつけなければ」

「途中でメラスさんを乗せていってはどうだろう? 通訳が必要になるかもしれないか

ら」と私は言った。

「名案だ! 誰かに四輪馬車を呼びにいかせてくれ。すぐに出発だ」ホームズはそう言っ

てテーブルの抽斗ひきだしからリヴォルヴァーを出し、ポケットに滑りこませた。「そう

さ」私の視線に答えて言った。「話を聞いたところでは、相手はかなり危険な連中のよう

だからね」

 ペルメル街のメラス氏の住居に到着した頃には、すでにあたりは暗くなっていた。当人

は留守だった。さっき一人の紳士が訪ねてきて、一緒に出かけたという。

「行き先はわかりますか?」マイクロフトが訊きいた。

「さあ、わかりませんね」ドアを開けてくれた女性が答えた。「男のお客さんと馬車に

乗って、どこかへ出かけました」

「客は名前を言いましたか?」

「いいえ」

「背の高い、端正な顔立ちの浅黒い青年かね?」

「全然ちがいます。小柄で眼鏡をかけていて、細い顔の人でした。しゃべりながらずっと

笑ってらして、朗らかな感じでしたけど」

「行こう!」ホームズがふいに叫んだ。

 スコットランドヤードへ向かう馬車の中で、ホームズは言った。「大変なことになっ

たぞ。メラスさんがまた連中につかまった。あの人が腕力に自信がないことは、先日の晩

の経験から連中はお見通しだ。顔を見せるだけで震えあがるだろうと踏んで、自宅へ押し

かけたんだな。また通訳をやらせるつもりだろうが、用が済めば、裏切り者には容赦しな

いはずだ。なんらかの制裁を加えるにちがいない」

 すぐ汽車に乗れば、敵の馬車と同じくらいに、あるいは先にベクナムへ着けるのではな

いかと希望を抱いていた。ところが、スコットランドヤードでグレグスン警部に会っ

て、問題の家に踏みこむための令状を用意してもらうのに一時間以上かかってしまった。

私たち四人がロンドンブリッジ駅に着いたのは九時四十五分、ベクナム駅のプラット

ホームに降り立ったのは十時半だった。そこから半マイルほど馬車に乗って、ようやく

マートルズ荘にたどり着いた。道路から引っこんだところに庭に囲まれて建つ、大きな暗

い家だった。私たちは馬車を帰し、玄関へ続く道をそろって進んだ。

「窓は全部明かりが消えている。誰もいないようですね」グレグスン警部が言った。

「すでに鳥は逃げて、巣は空っぽだな」ホームズはつぶやいた。


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