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空家の怪事(7)
日期:2024-02-14 23:58  点击:296

 彼は顔をぐいとこちらに向けていたが、それは途方もなく雄々 おお しい、しかも邪悪な顔

だった。哲学者の額 ひたい と快楽主義者の顎 あご をしたこの男は、善事につけ悪事につけ、大き

な能力を発揮していたにちがいない。しかしその残忍な青い眼や、垂れ下がった冷笑的な

まぶた や、険 けわ しい喧嘩ごしの鼻や、深い皺の刻みこまれた険悪な額には、ありありと造化

うか の危険信号が読みとられた。彼は誰にも目をくれず、ただ憎悪と驚異の等しくまじり

合った表情のまま、ホームズを睨 にら みつけて、繰り返し繰り返しつぶやいていた。

「この鬼めが。こざかしい悪魔め!」

「やあ、大佐」ホームズが皺 しわ になったカラーをなおしながら言った。「『ほっつき歩く

は好いた同志のめぐり合うまで』とは、シェイクスピアの《十二夜》の台詞 せりふ だが、うま

いことを言ったもんだね。ライヘンバッハの滝でご厄介 やっかい になって以来、久しくお目にか

からなかったが」

 大佐は催眠術にでもかかったように、ホームズを見つめたままだった。「このこざかし

い悪魔めが」

「まだ紹介してなかったね。こちらが、諸君、元インド方面派遣軍のセバスチャンモー

ラン大佐、英領アジア植民地きっての猟銃の名手だ。大佐、たしかまだ君の虎射ちの記録

を破ったものはいなかったね」

 この険しい顔の老人は何も答えずに、ただホームズを睨 にら みつけるばかりだった。凶悪

な眼といい、毛の荒い口髭といい、この男は驚くほど虎に似ていた。

「あんな簡単な計略に、どうしてこんな老練な猟師がひっかかったのかねえ。よくやった

手じゃないか。仔山羊 こやぎ かなんか木につないでおいて、鉄砲片手に、おとりにかかる虎を

待ったことぐらいあるだろうに。この空家がその木で、君がその虎さ。虎がたくさん来た

り、万が一にも狙いがはずれたりしたときのために、予備の銃を持って行ったこともある

だろう。僕の予備の銃は」と皆を指さして、

「この人たちさ。そっくりな対比じゃないか」

 モーラン大佐は、いきったって唸 うな りながらとび出そうとしたが、警官に引き戻され

た。顔にあらわれたその憤怒 ふんぬ は、見るも恐ろしいばかりだった。ホームズは続けて言っ

た。

「白状するが、君のしたことはひとつだけ、ちょっと意外だったね。君までがこの家の、

しかもこの恰好な表窓を使おうとは、思ってもみなかったよ。通りからやるんだろうと

思っていたよ。だからレストレイド君と部下の諸君が待ちかまえていたんだがね。この例

外を除けば、あとはみんな思い通りに運んだ」

 モーラン大佐は刑事に向き直って口を開いた。

「わしを逮捕する理由はちゃんとあるかしらんが、少なくともこの男から、言いたい放題

の悪口雑言 あっこうぞうごん を浴びる理由はないはずだ。わしが法律の手に委ねられたのなら、すべ

て法律どおりにことを運んでくれ」

「うん、そいつはそうだ」レストレイドが言った。「じゃ、ホームズさん、もう参ります

から、ほかにおっしゃることはありませんか」

 ホームズは床から取り上げた強力な空気銃の仕掛けを調べているところだったが、

「驚くべき、独創的な武器です。無音で、しかも恐ろしく強力だ。僕はこれを作ったドイ

ツの盲目の技師を知っています。フォンヘルダーといって、モリアーティ教授の注文に

合わせてこれをこしらえたんです。ずっと前から、こんなものがあるのに気がついていま

した。手に持って見るのは初めてだけれども。レストレイド君、よく気をつけて預かって

下さい、その弾のほうもね」

「たしかにお預かりしました、ご安心下さい」みんな戸口に進んで行った。「ほかに何

も、……」

「たったひとつ、どういう容疑でひっぱりますかね」

「容疑ですか。そりゃ、無論、シャーロックホームズ氏に対する殺人未遂ですが……」

「まずいなあ。僕は事件に名を出したくない。君がやってのけた大金星は、君の、君だけ

のものですよ、そうです、おめでとう。いつもながら巧妙かつ大胆不敵な逮捕ぶりでし

た」

「逮捕って、誰をですか、ホームズさん」

「その筋が全力をあげて、なおかつ探しきれずにいた男ですよ。先月の三日、パーク

イン四二七番地の二階の開いた表窓ごしに、空気銃のダムダム弾でロナルドアデア卿を

殺害した、セバスチャンモーラン大佐のことです。レストレイド君、それが彼の容疑名

です。ところでワトスン君、窓がこわれて風が入るのを辛抱してくれるなら、僕の書斎で

葉巻でもふかしながら、半時間ばかり面白い話を聞かせてあげよう」

 かつてホームズとふたりで住んでいた部屋は、兄マイクロフトホームズの管理と、ハ

ドスン夫人手ずからの世話で、昔のまま、少しも変わったところがなかった。部屋には

いったとき、確かに見なれない小ぎれいさを感じはしたのだが、それでも何もかもが昔の

ままの場所に置いてあるのだった。片隅にはホームズの化学実験設備があり、酸で痛んだ

もみ 板ばりのテーブルがある。棚には市中のたくさんの敵どもが焼きすてたがっている恐

るべきスクラップブックや参考書が並んでいる。いろんな図表や、ヴァイオリンのケー

スや、パイプ架 かけ や……それにあの煙草入れにしていたペルシャのスリッパまで……すべ

てが、ひとわたり見わたした私の目にとびこんできた。

 部屋には二人の人間がいた。ひとりはハドスン夫人、われわれが入って行くと晴れやか

にほほえみかけた。もうひとりは、つまりこの夜の冒険に重要な役割を果たした奇妙な人

形である。これは蝋色の像で、ホームズの完全なる模写といっていい、すばらしいできば

えだった。小さな台の上にのせてホームズの古い化粧着を着せかけ、かくして外からみる

と完全に騙 だま されてしまうようにしてあった。

「ハドスンさん、注意はよく守って下さったでしょうね」

「おっしゃった通りに、近寄るのも膝で歩いていたしましたですよ」

「結構でした。非常によくやって下さいましたね。弾はどこに当たったか、ご覧でした

か」

「はい。こんな立派な胸像を台なしにしてしまったみたいですわ。頭を突き抜けてから壁

に当たって、ペチャンコになりましたよ。敷物の上に落ちたのを拾っておきました。ほ

ら、これ……」


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