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ノーウッドの土建屋(3)
日期:2024-02-14 23:58  点击:298

 マクファーレインは絶望の様子でこちらをふり返ったかと思うと、押しつぶされるよう

にへたへたとふたたび椅子に崩れ落ちた。

「ちょっと、レストレイド君」ホームズが言った。「君にとって半時間やそこらの違いは

たいしたことじゃないでしょう。この紳士は今、こんどの極めて興味ある事件の話を聞か

せてくれていたところなんですよ。きっと解決の助けになりますよ」

「解決なら何もむずかしいことはないと思いますがね」レストレイドは厳 げん と構えてい

た。

「しかし、お許しを得て、この人の話を聞いてみたいものですがね」

「まあ、ホームズさんには一、二度協力していただいたことがあるんだし、警視庁として

もお世話になっているわけだから、何ごともあなたには厭 いや とは言えませんがね。ただ

し、私は犯人のそばについております。それにこの男に注意しておかなくてはならない

が、容疑者の申したてることは何事も証拠として採り上げられますよ」

「願ってもないことです」青年が言った。「話を聞いて、間違いのない事実を知っていた

だきさえすれば良いんです」

 レストレイドは時計を見て言った。「半時間だけ時間をあげる」

「第一に」マクファーレインが語りはじめた。「僕はジョーナスオウルデイカーという

人を全然知りません。名前はよく聞いていました。というのは、ずっと以前に私の両親が

彼と知り合いだったからですが、しかしその後はつきあっていません。そういうわけで、

昨日の午後三時頃、ロンドンの事務所に彼が現われたときには、私はずいぶんびっくりし

ました。しかし訪問の目的を聞かされると、ますますびっくりしてしまいました。彼は

ノートの紙二、三枚に走り書きしたものを持っていまして……これがそれです……テーブ

ルの上に置きました。

 『こいつはわしの遺言です。マクファーレインさん、こいつを正式の遺言状に直しても

らいたいんだ。ここに坐って待っとりますからね』

 さっそく写しにかかったんですが、なんと驚いたことに、一部を除いてその全財産を私

に遺贈 いぞう すると書いてあるではありませんか。小柄で眉毛 まゆげ の白い、《いたち》みたいな

感じの妙な人でした。ひょいと見上げると、いかにも面白そうな顔をして、あの灰色の鋭

い目で私を見つめていました。私は遺書の文句を読んで、われとわが目を疑いました。す

ると、彼が説明してくれましたが、自分はひとり者で親戚も生きていないが、若いころ私

の両親と知り合いだったし、いつも私のことを頼もしい青年だと聞いていたから、私を選

べば、値打ちのある人間に自分の財産をゆずることになるわけだと思う、と言うのです。

私は、申すまでもなく、礼を言うのもやっとの思いでした。

 で、書類ができ上がって署名も済み、立会人の署名は、書記に頼みました。この青い紙

がそれです。こっちの紙きれは、今申し上げたように下書きです。オウルデイカー氏は、

それから、あちこちの借家証書とか、不動産権利証書とか、抵当証書とか、仮証書とか、

そのほか私が見て胆 きも におさめておかなければならない書類がたくさんあると言いまし

た。そして、いっさいの片がついてしまわないと安心できないから、遺言状を持って今夜

ぜひノーウッドの家まで来てくれないか、いろいろ取りきめることもあるから、と言いま

す。

 『いいかね、あんた、ご両親には万事整うまで、この件はひとことも喋 しゃべ らんように

な。黙っておいて不意に喜ばせてあげようじゃないか』

 彼はこの点をずいぶんとしつこく強調して、私に絶対に言わないと約束までさせまし

た。

 ホームズさん、お察し頂けるでしょうが、私は彼の言うことなら何ひとつとして断わる

気になんかなれませんでした、恩人ですもの。どんなことでも彼の言う通りにしてやりた

いと思いました。そこで、大事な用があって今夜は何時ごろ帰るかわからないと家に電報

を打ちました。オウルデイカー氏は、晩餐 ばんさん を共にしたいから九時に来るように、そして

それまでは家にはいないから、と言いました。ところで家を探すのに骨を折って、ディー

ディーン荘に着いたときには、三十分ちかくも遅刻していました。彼は……」

「ちょっと」とホームズが口をはさんだ。「玄関は誰があけましたか」

「中年の婦人です、家政婦じゃないでしょうか」

「で、先に向うから、あなたの名前を言いましたね」

「ええ、その通りです」

「どうぞ、その先を」

 マクファーレインは汗ばんだ額を拭 ぬぐ って話を続けた。

「この婦人に連れられて居間に通ると、質素な夜食が用意してありました。夜食が済む

と、オウルデイカー氏は私を寝室につれて行きました。寝室には大きな金庫が据 えてあり

ました。彼はこれを開けて、書類をひと山とり出し、二人で仕事にとりかかりました。終

わったのは十一時半前後です。家政婦が目をさますからと言って、ずっとあけてあったフ

ランス窓から私を送り出しました」

「日除けはおろしてありましたか」とホームズが聞いた。

「はっきり覚えていませんが、半分くらいしかおりていなかったように思います。そう、

思い出しました。彼は窓を開け放つために、日除けをあげました。で、私はステッキが見

つからなかったのですが、彼が、『心配しなさんな。これからはたびたび会えるんだか

ら、ねえ。こんど取りに来なさるまで、預かっておいてあげよう』と言いますので、その

まま帰りました。金庫は開いたまま、書類はひと束にして机の上に置いたままでした。も

う遅くて、とてもブラックヒースまでは帰れませんから、『アナリーアームズ館』とい

うホテルに泊まりました。そのあとのことは、今朝 けさ の新聞でこの恐ろしい事件の記事を

見るまで、なんにも知りませんでした」

「ホームズさん、ほかに何かご質問はありませんか」レストレイドが言った。彼はこの異

常な物語に対して、一、二度、眉を上げただけだった。

「ブラックヒースに行ってみるまでは、何もありません」

「ノーウッドのことでしょう、おっしゃるのは」レストレイドが言った。

「ああ、そうね、そっちのほうでしたね」とホームズは、あの謎めいた微笑を浮かべた。

レストレイドは経験豊富だったから、自分に不可解なことを、ホームズの剃刃 かみそり のような

頭脳がスパッと解くなどと認めたくはない。彼はホームズを物珍らしげに見やった。

「ホームズさん、ちょっとお話ししたいことがありますから。じゃ、マクファーレイン、

お前は廊下に巡査がふたりいるからね、それから外で四輪馬車が待たせてある」


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