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ノーウッドの土建屋(6)
日期:2024-02-14 23:58  点击:310

 ほかにもいろいろやってみて、なんにも得るところがなかったから、とうとう最後のの

ぞみを家政婦にかけてみた。レクシントンという、小柄な、色の浅黒い無口な女で、うさ

んくさそうに横目を使う。自分がその気になれば何か喋りそうだった……僕は確信があっ

た。ところが、まるで封印したように口がかたい。

 はい、マクファーレインさまは九時半にお通ししました。そうする前に手がなえてし

まっていたら良かったんですわ、というわけさ。床についたのは十時半だそうだ。彼女の

部屋は家の反対のはしっこにあるから、何が起こったのか、ちっとも知らなかったと言

う。

 マクファーレインさまは帽子とそれから確かステッキを、玄関の側に置いていきまし

た。火事の声で初めて目がさめました。ご主人はお気の毒に、きっと殺されなすったんで

すよ、と言う。

 敵はなかったかというと、そうですね、誰にでも敵はあるでしょうけれど、オウルデイ

カー様は仕事のほかでは人にお会いにならず、ほんとにこもりがちな方ですと言う。ボタ

ンは見たけれど、彼がゆうべ着ていた服についていたものに相違ないと言った。

 一か月も雨が降らなかったから、材木は乾ききっていて、《ほくち》のようによく燃え

た。だから、彼女がかけつけたときは、もう一面火の海だった。彼女も消防夫も、その中

で動物の肉の焼ける匂いをかいだ。彼女は書類のことは何も知らないし、オウルデイカー

の私事についても何も知らなかった。これで、僕の失敗の報告は終りだ。しかし……しか

しだ」

 彼はこみ上げる確信に、両手をしっかと握った。「みんな間違いなんだ。直感でわかる

んだ。表面に現われていないものがある。それを、あの家政婦は知っている。あの女はふ

てくされた反抗的な目をしていた。心にやましいところのある者に特有の目だ。でも、こ

んなことをつべこべ言っていたって仕方がないねえ。しかし、よほどの幸福にでも恵まれ

ないかぎり、このノーウッド失踪事件は成功の部類に加えられまいぜ。いずれ君は事件記

録を書いて世の読者諸君を悩ませるつもりだろうがね」

「きっと、あの青年の様子を見れば、どんな陪審員でもわかるさ」

「ワトスン君、そういう考え方をするのは危険だよ。パートスティーヴンズという、

おっかない人殺しを覚えているかい。一八八七年に、無実だから頼むと言って来た奴がい

たろう。世にもおとなしい様子をして、まるで日曜学校にでも行きそうな青年だったじゃ

ないか」

「それもそうだな」

「代わりの説明を見つけて確証してやらない限り、マクファーレインは助からないよ。今

のところ警祭の言い分には、彼の有利になるような欠陥はなんにも見つからないだろう。

いくら調べたって不利になるばっかりでさ。ところで、金庫の書類には、ちょっとわから

ない点がひとつだけあるんだ。ひょっとしたらこれが捜査の出発点になるのかもしれな

い。銀行通帳を調べていたら、預金高の少ないのは、去年コーニーリァスという人にあて

て振り出された多額の小切手のせいだということがわかったんだ。事業をやめた土建屋と

そんなに大きい取り引きをしたコーニーリァスとは、いったいどんな男か、実はそれが知

りたいんだよ。事件に関係のある男なんだろうがね。

 コーニーリャスってのはブローカーか何かだろうが、この多額の支払いに符合する受取

証が、どこからも出てこないんだ。他の見込み点では失敗したんだから、こんどは銀行に

行って、この小切手を現金にかえた男を探すことから始めなくちゃ。しかしねえ、どうや

らこの事件は、レストレイドがあの青年を絞首台に送るという不名誉な結果になってしま

いそうな気もするんだよ。警視庁は大喜びするに違いない」

 シャーロックホームズがその夜、少しは眠ったかどうか、私はまるで知らなかったの

だが、翌朝食事におりて行くと、彼は青白くやつれはてていた。ふちに隈 くま ができて、た

だでもギラギラ光っている目が、ますます光って見える。椅子のまわりの絨毯 じゅうたん の上に

は、煙草のすいさしと早版の朝刊が散らかっている。机の上に電報がひろげてある。彼は

それを投げてよこした。

「これをどう思う、君」

 ノーウッドの発信で、次のような文句だった。

『重要ナル新事実ヲツカム。マクファーレインノ犯行ウゴカズ。モハヤ手ヲ引カレヨ。レ

ストレイド』

「えらいことになってきたようだぞ」私は言った。

「レストレイドの、けちな勝ちどきさ」ホームズは苦笑をもらした。「しかしまだ、手を

引くのは早まっているかもしれない。重要なる新事実といったところで、どうせ両刃 もろは

剣さ。ワトスン君、朝飯をやりたまえ。済んだら一緒に様子を見に行こう。今日は君につ

いて来てもらって、精神的援助を受ける必要がありそうだからね」

 ホームズのほうは、何も食べなかった。彼には、緊張したときには絶食してしまうとい

う妙な癖があった。一度は、鉄のような強さを頼りに絶食を続けて、とうとう飢餓 きが のた

めに失神してしまったことさえあった。私が医者として意見すると、「いま僕は、精力や

神経を消化のためになんかさいていられない」と答えたものである。だから、この朝、彼

が食事に手をつけないままでノーウッドに出発したときにも、私はべつだん驚きはしな

かった。

 ディープディーン荘のまわりには、病的な見物がまだたかっていた。すでに書いた通

りの、郊外の別荘である。門を入ると、レストレイドがいて、ふたりを出迎えた。得意満

面、いかにも勝ち誇った態度だった。

「やあ、ホームズさんですか、われわれのほうの間違いは、もうご証明になりましたか。

ルンペンは見つかりましたかね」

「僕はまだ何も結論は下していませんよ」ホームズは答えた。

「ところがこちらは、昨日下しましたよ。それが正しいという証明もできました。ですか

ら今度は、どうやらこちらのほうが勝ったと、認めていただかなくちゃならんようです」

「何か、よっぽど珍しいことでも起こったような様子じゃないですか」

 レストレイドは声高 こわだか に笑った。「負けて口惜しいのは、ホームズさんも私どもと同様

らしいですな。人間いつも自分の思い通りに行くとはかぎりませんからね。……でしょ

う、ワトスンさん。まあ、どうぞこちらへ。犯人はマクファーレインだと、今度こそ納得

させて差しあげます」

 彼は廊下を通って暗い広間に案内した。

「マクフアーレインは、犯行のあとでここに帽子をとりにやって来たというわけです。こ

れを、ごらん下さい」と、彼はだしぬけに、芝居がかってマッチをすった。すると白い壁

の上に血痕がひとつ照らし出された。彼がマッチを近づけると、それがただの血痕でない

ことがわかった。はっきり残った親指の指紋だった。


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09/29 11:25