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ひとり自転車を走らせる女(4)
日期:2024-02-14 23:58  点击:909

 その夜、ホームズはこうした私のながながしい報告を熱心に聞いていたが、私が期待し

ていた例の素っ気ない讃辞を、おくびにも出さず、それどころかいつもより渋い顔をし

て、私のやったことにけちをつけ、観察がたりないと非難するのである。

「だいたい、隠れ場所からして、へまをやったね、ワトスン君。生け垣の向こうに隠れる

べきだったよ。そしたら、注意人物をもっとよく見られたはずだ。数百ヤードも離れてい

ちゃあ、ミススミスだけの報告もできやしないよ。彼女はその男を知らない人だと思っ

ているが……いや、知ってる男だと僕は思うよ。だって、そうでなけりゃ、彼女が近よっ

て顔を見られるのをやけに恐れるわけがないじゃないか。君はハンドルの上にかがみ込ん

でたといったね、やはり隠そうとしてるんだよ。君はまったくヘマをやったよ。その男は

屋敷へ帰る、しかも君はその男が誰だか探しあてたいと思っている。そしてロンドンの差

配人のところへ行ったりなんかする」

「じゃどうすればよかったというんだい」私は気色 けしき ばんだ。

「近くの酒場へ行くのだ。田舎ではうわさの中心地だよ。土地の旦那方からおさんどんに

至るまで、誰のことでも話してくれるだろうよ。ウィリアムスンなんて! そんな名前な

んか何の役にもたちはしない。その男が相当の年配だというんだったら、若い婦人が力一

杯追いかけてくるのに、逃げおおせるなんてできるもんじゃないよ。この男とは違うんだ

よ。いったい君はこの遠征で何を得たというんだい。あの婦人の話を確かめただけじゃな

いか。そうなら初めから疑ってなかったよ。その自転車乗りと屋敷とには何か関係がある

こと、両方とも初めから疑ってなかった。屋敷を借りているのがウィリアムスンというこ

と。そんなこと聞いたって、得をするのは誰だい。まあ、いい、ねえ君、そうしょげるな

よ。土曜日までは何もできないさ。それまでに自分で少しばかり調べてみるよ」

 翌朝、ミススミスから、一通の手紙を受け取った。私が前日見てきたことを、簡潔

に、しかも正確に記してあったが、重要な箇所は、欠のような追記にあったのである。

 ……ホームズ様。秘事は、堅くお守り下さいますことと信じております。今度ご主人か

ら結婚の申し込みをうけましたことにより、ここでの私の立場はまったく苦しいものに

なって参りました。ご主人のお気持は深く、立派なものであることは、充分承知している

はずでございますが、私も、約束を交した人のある身でございます。はっきりとお断りし

ますと、まじめにとって下さったのですが、非常にお静かな態度でした。おわかりのこと

と思います。事態は緊迫して参ったのでございます。

「だいぶ苦しくなってきたようだね」手紙を読み終えると、彼は考え込みながら言った。

「この事件は、最初考えていたよりも、面白くなってきたし、まだ進展する可能性もあ

る。田舎で、静かで平和な一日を過ごすのも悪かあないから、昼から出かけていって、

一、二考えていることを確かめてみるよ」

 ホームズの静かな半日も妙な結末になってしまった。夕方になって、彼は唇を切り、額

に青瘤 あおこぶ をこしらえ、その上、警視庁のお尋ね者にふさわしいような呆 あき れた風態 ふうてい

で、ベイカー街にご帰還になったのだ。しかも今日の冒険がたまらぬほどおかしいらし

く、話をして聞かせながら笑いころげるのである。

「僕はふだんあんまり運動はしないから、たまにやると面白いねえ。君も知ってる通り、

僕はイギリス古来のスポーツであるボクシングにかなり熟達しているつもりだ。たまには

これが役だつね。今日がそれなんだ。これがなかったら、たいへんな恥さらしになるとこ

ろだった」

 いったい何があったんだ、と私は話を求めた。

「君にも注意しておいたが、さっそく居酒屋を探し出して、ひそかに調査を始めたんだ。

酒場のところにいると、おしゃべりな亭主がいて、聞きたいことはなんでもしゃべってく

れた。ウィリアムスンというのは白い顎鬚のある男で、四、五人の召使いをおいて、あの

屋敷に独り暮らしをしてるそうだ。牧師だとか、以前そうだったとかいう噂もあるが、あ

の屋敷へ来ていくらもならないのに、一、二もめごとを起こしてるんだ。これがとても牧

師のすることとは思えないんだよ。その前に、僧職斡旋所 あっせんじょ へいって、調べてあったん

だが、そんな名前でかつて聖職についていた者があったが、その経歴が妙にはっきりしな

い……という話だったんだよ。一方、亭主のほうは、話を続けて、週末、屋敷にはきまっ

て『生 いき のいいお客連』があるという。なかでも常連の赤鬚 あかひげ 氏ウッドリさんが横綱だそ

うだ。

 と、ここまで話してたときに入って来たのが、そのご当人なんだよ。先生、奥の部屋で

ビールを飲んでいて、話をすっかり聞いたんだね……てめえは何者だ? 何をしようって

んだ? 何だって他人の事を根ほり葉ほり聞くんだ? ここでべらべらまくしたて、相当

勇ましい形容詞もつかったよ。そのあげくひどい悪罵 あくば とともにすごい逆手 さかて 打ちを喰わ

せやがったんだ。かわしたんだが、うまくいかなかった。それからの二、三分が面白かっ

たよ。打ってくる奴に僕の左のストレートがきまった。僕はご覧の通りのざまで帰ってく

るし、ウッドリときたら、馬車に乗せられて帰る始末だ。かくて郊外のハイキングも終

わったわけだが、白状すると、面白いには面白かったが、結局、君以上の効果はあがらな

かったというわけさ」

 木曜日にはふたたびミススミスから来信があった。

 ホームズ様。このたびカラザズさんのお宅を辞めることになりました、と申し上げて

も、お驚きにはなるまいと思います。こんなにも高い俸給を頂きましても、今の立場の苦

しさは、和げられないのです。土曜日ロンドンへ帰りましたら、もうこちらには参らない

つもりです。カラザズさんが馬車を用意して下さいましたので、あの淋しい道での危険

は……もし危険があるとしましても、もう心配しなくてもいいようになりました。私が辞

めることに決心しました理由は、単にカラザズさんとの間が緊迫しましたばかりではな

く、あのいやらしいウッドリさんがふたたび現われたからです。日ごろからいやな顔つき

だったのが、ずっと恐ろしい様子なのです。何かあったのでしょうか。醜く、ゆがんでい

るように思えます。しかし、ただ窓から見ただけで、会わなくて済んだのを、喜んでおり

ます。

 カラザズさんと、何か、長く話をしていたようですが、あとでご主人はたいへん興奮し

てらっしゃるように見うけられました。ウッドリさんはここに泊まらなかったのに、今朝

はもう庭の灌木 かんぼく のなかをこっそり歩いているのを見かけましたから、多分、どこかこの

近所に住んでいるのだろうと思います。あんな野蛮なけだものは、一刻も早くこの土地か

ら追っ払ってやりたいと思うのです。

 私は、どれほどあの男を憎みおそれているか、とても書き尽すことはできません。カラ

ザズさんがどうしてあんな男に我慢なさるのかわかりません。でも私の苦しみも、もう土

曜までで、すべて終ってしまうのです。


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09/29 11:26