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プライアリ学院(4)
日期:2024-02-14 23:58  点击:400

 見るも気の毒な博士は、どうしたものかと、おろおろしていたが、そのとき、赤鬚 あかひげ

爵の食事を知らせる銅鑼 どら のような深い大声に、ほっとした。

「ハックスレー博士(公爵の言いまちがい。有名な学者の名である)、私もワイルダー君

に賛成ですよ。前もって相談してくれたほうが賢明でしたね。しかしまあ、ホームズ君に

打ち明けてしまった以上、尽力 じんりょく 願わぬのも馬鹿げておりましょう。ホームズ君は、宿

屋へなど行くことはありません。よろしければ、私の屋敷にお泊まりなさい」

「お言葉はありがとうございますが、調査の目的から申しまして、この不思議な現場に泊

まりましたほうが賢明かと思いますので……」

「では、お好きなように……知りたいことがあれば、ワイルダー君も私もできるだけお知

らせするから、自由になさって下さい」

「いずれお屋敷のほうへお伺いしなければなるまいと思いますが、ただひと言お尋ねしな

ければならないのは、ご令息の不可解な失踪について、閣下になにかお心当たりの理由で

もおありでしょうか……」

「いや、まったくわかりません」

「失礼なことをお尋ねして、さぞご不興のことと存じますが、仕方がありませんので……

ご夫人はこの事件に何かご関係がおありでしょうか?」

 これには大政治家も明らかにたじろいだ。

「あるとは思えないが……」と、しばらくしてから答えた。

「でなければ、もうひとつすぐに考えられることは、身代金 みのしろきん が目的で誘拐したという

ことですが、……まだそんな要求をした者はございませんか?」

「ありませんね」

「失礼してもうひとつ、事件の起こった日に令息宛の手紙をお書きになったと聞いており

ますが……」

「いや、書いたのは前の日です」

「そうです。しかしご今息が受け取られたのは当日ですね」

「そうです」

「そのお手紙の中にご令息を心配させたり、あんな行動をとらせたりするようなことが書

いてなかったでしょうか?」

「そんなことはないはずです」

「ご自身で投函 とうかん されましたか?」

 そのとき、秘書がむっとしたように公爵の返事をさえぎった。「閣下はご自身で投函な

どなさいませんよ。その手紙なら他のと一緒に書斎の机の上にありましたから、僕が郵便

袋の中に入れましたよ」

「たしかに、一緒にあったんですね」

「そうです。この目で見たんですからね」

「閣下はその日、何通ぐらいお書きになりましたか」

「二、三十通あったでしょうね。書くところが多いんでね。だがこんなことは少し筋が違

うようだが……」

「必ずしもそうとは申せません」

「わたしとしては」公爵が言葉をつづけた。「南フランスのほうに注意を向けるように警

察には言っておいたが……あの子の母親がこういう奇怪な行為を勧 すす めたと思わぬのは、

先ほど申し上げた通りです。ただ、子供のほうは不心得者で、ドイツ人にそそのかされ

て、母親のところへ逃げて行くようなこともやりかねないね、……ところでハックスタブ

ル博士、われわれは屋敷へ引きあげますよ」

 ホームズがもう少し聞きたいと思っているのは、私にもわかったのだが、いきなりこう

出られては、話を打ち切るよりほかはない。どこまでも貴族的な公爵の性格として、こう

して肉親の問題を他人と色々論じ合うのはまったく耐えがたいことであろうし、注意深く

ぼかしてある公爵家の過去の隅々に、一問また一問とより鋭くなる質問の光をあてられる

ことを恐れたのはいうまでもない。公爵と秘書が引きあげると、ホームズはただちに彼独

特の精力をもって調査にのり出した。

 ソールタイア少年の部屋は注意深く調べられたが、少年が窓から抜け出したということ

が確実になっただけで、他に得るところもなかった。ドイツ人教師の部屋と持ち物からも

手がかりは出ない。こちらの蔦 つた は体重で傷ついていて、角燈でしらべた結果、芝生の上

に足をついたときの踵 かかと の跡が残っていた。短い芝生の上にしるされたひとつの足跡だけ

が、この不可解な夜の失踪事件のあとに残された唯一の有形証拠であった。

 その夜、ホームズはひとりで出かけて行ったが、十一時すぎ、この付近の陸軍測量部地

図をもって帰って来た。それを私の部屋に持ち込んでベッドの上に拡げて、ランプをうま

く中央にのせた。そしてその上に屈 かが みこみ、煙をはきかけながら、火のついている琥珀 こは

色のパイプで、時々興味ある目標物を指し示していった。

「ワトスン君、だんだん面白くなってきたよ。すごく興味をひく点が二、三あるんだ。い

まのうちにこの地形をよく覚えておいてほしいな。それが調査に関係してくるんだ。

 ほら、ごらんよ。この黒い四角がプライアリ学院だ。ピンを立てておくよ。それからこ

の線が街道だ。学校の前を通って東西に走っているだろう。学校から一マイルばかりは両

方とも脇道がない。もし例のふたりが路の上を通ったとすればこの道より他はない」

「まったくそうだ」

「ところがひょんな幸運で、問題の夜、この道を通ったものがあるかどうか、ある程度ま

で調べられるんだ。ほら、僕がいまパイプで指しているところ、ここに巡査がひとり、十

二時から朝の六時まで立っていたというんだ。ご覧の通り、学校からこの道を東へ行く

と、最初の曲がり角なんだ。この巡査は勤務中、一瞬たりとも持ち場を離れなかったと

言っているし、また子供にしろ大人にしろ、人はひとりもこの道を通らなかったと確信し

てるんだ。さっき、その巡査に会ってきたが、充分信頼のおける人物だったよ。それで、

こちらはおしまい……次は西側だ。

 ここに《赤牛館》という宿屋がある。ここのおかみさんが病気で、マックルトンまで医

者を呼びにやったが他へ往診に行っていて、翌朝まで来なかった。宿の人たちも今か今か

と夜通し気を張っていたし、誰かひとりは絶えず街道に気を配っていたという。そして、

みんな口をそろえて誰も通らなかったと断言するんだ。ねえ、もしこいつが本当なら、西

のほうも大丈夫だ。従って二人は道を通らなかったとの結論に達するんだ」

「自転車だぜ!」私は異議をとなえた。

「そうだよ。またすぐに自転車のことに戻るんだが、まず先の話を続けよう。かりに二人

が街道を通らなかったとすれば、学校の北か南か、野を横ぎっていったことになる。こい

つはたしかだ。では北か南か、可能性を考えてみよう。


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09/29 11:40