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プライアリ学院(5)
日期:2024-02-14 23:58  点击:304

 南はご覧の通り、大きな耕地が拡がっているが、なかは石の塀で小さく区切られた畑

だ。これじゃ自転車は通れない。だから問題はないと……次は北側だ。

 まず《疎林》と記された林があり、その先は《ロウアーギル荒地》というのが高低に

うねりながら、十マイルも拡がり、次第に高くなる。この荒地の向うがホールダネス屋敷

で、街道を廻れば十マイル、荒地を横切れば六マイルだ。ここはまったくの荒地で、ただ

二、三の農夫がわずかの土地を持っていて、羊や牛を飼っている。それを除外すれば、

チェスタフィールド街道へ出るまで、千鳥と《しぎ》のみがここに住んでいるだけだ。ほ

ら、ここに教会があって家が二、三軒、宿屋が一軒だ。これから先、丘は険しくなってい

る。だからこの北側にこそ、われわれの調査は向けられるべきだ」

「だって自転車なんだよ」私はまだ固執した。

「そうだよ、わかってるよ」やりきれないといったふうに、「上手 じょうず な奴なら、何も街道

を通る必要はないよ。荒地には小さい道が入り乱れているし、月も明かるかったんだ。お

や! 何だろう?」

 ドアを烈 はげ しく叩く者があった。ついで入って来たのはハックスタブル博士だった。手

には《つば》に白い山形のしるしのついたクリケット帽を持っている。

「ついに手掛りが見つかりました。よかった! ほら……少年のあとをたどることができ

ます。彼の帽子なんです!」

「どこで見つけました?」

「ジプシーの荷馬車の中です。荒地にキャンプして、火曜日にここを出ていったんです

が、今日警察が後を追って、幌馬車 ほろばしゃ のなかを探したら、これが出てきたんです」

「何と弁解しました?」

「嘘をついて、ごまかそうとするんですよ。火曜日の朝、荒地で拾ったとか、何とかね。

鍵のかかる部屋に閉じ込めてありますから、法律の力か、公爵の金かできっと口を割らせ

ることができますよ」

「まあ、それはそれとして……」やっと博士を送り出すと、「これで、少くともわれわれ

が成功を期待できるのは北側の《ロウアーギル荒地》だということがたしかになったわ

けだ。警察はただジプシーを捕えただけで、位置を確かめるには何の役にもたちゃしない

じゃないか! ほら、ワトスン君、荒地には水が流れている。ここに書いてあるのがそれ

だ。水路が拡がって沼地になっているところも二、三ある。ホールダネス屋敷と学校の間

がとくにそうだね。こんな乾き切った日が続いていては、他所 よそ なら無駄だと思うが、こ

の辺なら、なにか痕跡が残っている可能性はあるよ。あしたの朝ははやく起こすから、こ

の事件に光をあてることができるかどうか、ひとつやってみようよ」

 明け方、眼を覚ますと、私はもうホームズの長身を見たのである。ちゃんと服をつけて

いるだけでなく、いちど外へ出てきたらしかった。

「芝生と自転車小屋を調べてきたよ。《疎林》も少し歩いてみた。さあ、ワトスン君、次

の部屋にココアが用意してあるから、早く起きてくれよ。今日はすることがいっぱいある

んだ」

 ホームズの目は輝き、仕事を前にした職人の親方のように頬を紅潮させている。この活

動的で敏捷 びんしょう な男の姿は、ベイカー街の内省的で青白い夢想家ホームズとはまったく

違ったものなのだ。精神力の横溢 おういつ した、しなやかな彼の姿を見上げて、私も今日の一日

を張り切って過ごそうと決心したのである。

 だが、あけて口惜 くや しき……まったくの絶望状態である。初めは希望に満ちて、羊の通

る道が縦横に入り組んでいる小豆 あずき 色の泥炭質の荒地を進んだ。すると、ホールダネス屋

敷との間に、はっきり沼地とわかる広い緑地帯があった。もし少年が屋敷へ帰っていった

のならば、必ずここを通ったに違いないのだが、しかし、そうだとすれば必ず跡を残して

いるはずだった。だが、二人が通った形跡はない。ホームズは沼のふちを大股に歩きなが

ら、熱心に苔 こけ の生えた泥炭質の地面を調べていた。だが、その表情は暗くなる一方であ

る。羊の足跡が、そこここにおびただしく入り乱れ、数マイル下手には一か所、牛の足跡

が残っている……ただそれだけである。何もない。

「まずは、第一巻の終りだ」ホームズは起伏のある荒地の一帯を浮かぬ顔で見渡した。

「ここからくびれて、先のほうにもうひとつ沼があるねえ…… ほら! ほら! ありゃあ

何だ!」

 黒っぽい細径 ほそみち に出てみると、その湿った土の上に自転車のわだちの跡がはっきりと

残っていた。

「万歳! あったぞ!」私は夢中でどなった。

 しかし、ホームズは首を横にふった。その表情はぬか喜びどころか、深刻で、何か期す

るところがありそうに見えた。

「たしかに自転車には違いないが、問題の自転車ではない。僕はタイヤの跡なら四十二種

類知りつくしている。ご覧の通り、これはダンロップだ。表側のゴムに綴りがある。ハイ

デッガーのはパーマータイヤだから、縦の長い縞 しま が残る。これはエイヴリングという

数学の教師がはっきり覚えていた。だからこれはハイデッガーの自転車じゃないね」

「じゃ、少年のかい?」

「もし少年が自転車を持っていたとすればそうなるだろうが、しかし、こいつあわからん

ものね。でも、このわだちは学校のほうから来ているね」

「学校に向かったのかもしれないよ」

「いや違うよ、ワトスン君。うしろに体重がかかるから跡の深いほうが後ろだよ。ほら、

この通り、前の浅い跡を消して通っているのがあるだろう、だから間違いないんだ。これ

がわれわれの調査と関係があるかどうかはまだわからないが、とにかく先へは行かない

で、来た方向にこれをたどってみよう」

 そうして二、三百ヤードもたどって行くと、荒地の湿地帯から出てしまい、わだちは消

えた。さらにその径を進むと、小径を横切って泉がちょろちょろ湧き出している場所へ出

た。そこにまた自転車の跡があった。そこは牛の足跡でほとんど踏み消されている。

 そこから三度わだちは消えて、小径は学校と裏続きになっている疎林に入る。自転車は

この林のなかから走り出たに違いない。ホームズは丸石の上に腰をおろして、両手に顎を

のせて考え込んだ。私が煙草を二本吸い終っても、まだ動こうとはしなかった。


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09/29 13:18