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プライアリ学院(9)
日期:2024-02-14 23:58  点击:308

 その夜おそく、教師の不慮の死に打ちひしがれたハックスタブル博士を慰めている彼の

声をきいたが、ややしばらくして私の部屋に入って来た彼は、今朝出かけるときと同じよ

うに元気で快活だった。

「万事うまくいってるよ。あすの夕方までには、誓ってこの不思議な事件も解決してみせ

るよ」

 翌朝十一時、われわれは有名な《いちい》の並木道をホールダネス屋敷の玄関へ向かっ

て歩いていた。ふたりは堂々としたエリザベス朝ふうの玄関を通り、公爵の書斎に案内さ

れた。ジェイムズワイルダー氏は乙 おつ に澄ました鄭重 ていちょう さで二人を迎えた。彼の落ち

着かない目つきや、時々ひきつる顔には、昨夜の物狂おしい恐怖の名残 なご りが今もあるよ

うに見えた。

「閣下にご面会ですか? お気の毒ですが、閣下はお身体 からだ の具合いが悪くて……あの悲

しい知らせで打撃を受けられたのです。実は昨日午後、あなたがたの発見を知らせる電報

が参ったものですから」

「ワイルダーさん、お目にかからねばならないんです」

「でも、部屋に引きこもっていられますから」

「ではお部屋まで参りましてでも」

「お寝 やす みかと思います」

「とにかくお目にかかります」

 ホームズの頑 がん として動ぜぬ冷やかな態度に、秘書は争っても無駄だと思ったのであろ

う。

「承知しました、ホームズさん。お取り次ぎします」

 三十分も待たせてから、公爵が出て来た。顔色はずっと蒼 あお ざめて、死人のようであ

り、肩を下げ、昨日の朝から一日のうちにずっと老いこんだような姿だった。彼はゆっく

りと丁寧に挨拶し、机に向かった。彼の顎 あご から赤い鬚が机の上に垂れた。

「ホームズさん、何か……?」

 聞かれても、ホームズの目はじっと公爵の側に立っている秘書にすえられたままであ

る。

「ワイルダーさんがいらっしゃらないほうが話しやすいと思います」

 秘書は心持ち蒼ざめて、ホームズに悪意ある目をなげた。「公爵がお望みとありますれ

ば」

「そう、君は下がっていなさい……ところで、ホームズさん、何の話ですかな」

 ホームズは秘書が戸をしめて出てゆくのを見送って、

「閣下、実を申しますと、友人のワトスン君と私は、この事件に懸賞金がついていると

ハックスタブル博士からうかがっておりますが、それを閣下の口から直接、確かめたいと

思います」

「その通りです」

「ご令息の居場所を知らせたものに五千ポンドと聞いておりますが」

「そうです」

「監禁している者の名をお知らせすれば、さらに千ポンド」

「その通り」

「後者の場合、もちろん誘拐した者だけでなく、現に監禁している共謀者も含まれるわけ

でしょうか」

「もちろんそうです」公爵はいらいらしながら答えた。「シャーロックホームズさん、

ちゃんと仕事さえしてくれれば、けちくさいなんて不腹は言わせませんよ」

 質素でつつましい、いつものホームズを知っている私は、彼がいかにも欲深そうに細い

手を揉 み合わせたのを見て、意外な気がした。

「閣下の机の上にありますのは、閣下の小切手帳だとお見受けします。恐れ入りますが六

千ポンドの小切手を作っていただけましょうか? 横線 おうせん にしていただければ結構です。

私の取引銀行はキャピタルエンドカウンティーズ銀行のオックスフォード支店です」

 公爵はきっとした顔になって、身体を起こした。そしてホームズをはっしと睨 にら んだ。

「ご冗談でしょうな、ホームズさん。ここは遊びの場ではありませんぞ」

「それどころか、閣下、大真面目 おおまじめ です」

「じゃ、どういう意味です?」

「懸賞金が頂きたいと申しているのです。ご令息の所在を存じておりますし、また誘拐監

禁している者も、全部ではありませんが知っております」

 公爵の蒼白い顔に対して赤鬚が常よりさらに、ひときわ赤く目立っていた。

「で、息子はどこにおりますかな?」声はあえいでいる。

「すくなくとも昨晩は、お屋敷の門から二マイルばかりの《闘鶏館》におられました」

 公爵はぐったりと椅子の中に崩れた。

「で、犯人は誰だと?」

 シャーロックホームズの答えこそ、まさに驚天動地 きょうてんどうち ともいうべきものであっ

た。すばやく進み出て、公爵の肩に手を置くと、

「閣下を指名いたします」と言った。「では、お手数ながら、小切手をお願いいたしま

す」

 そのとき、椅子から飛び上がり、深淵に沈んでゆく人のように空 くう をつかんだ公爵の姿

を、私はどうにも忘れることができない。だが、やがて貴族特有の自制心で、やっと自分

を抑えると、ふたたび腰を落ち着け、顔を両手に埋めてしまった。そして、しばらくはそ

のままだった。

「して、どのくらいご存じで……」やっと口を開いたが、まだ顔はあげなかった。

「昨晩、ご令息とご一緒のところを見ました」

「お二人のほかに誰が知ってます?」

「誰にも話してありません」

 公爵はなおも震える手でペンをとり、小切手帳をあけた。

「約束は守りましょう。あなたのもたらした知らせが、いかにありがたくないものであっ

ても、小切手は切りますよ。あなたが賞金のことを持ち出したときも、こんな結果になろ

うとは夢にも思いませんでした。でもお二人ともご分別ある方でしょうから……」

「お言葉の意味、解しかねますが」

「ホームズさん、はっきり申し上げて、あなたがた二人が事件の内幕を知ったからといっ

て、それが世間に知れ渡る理由にはならないでしょうからね。一万二千ポンド支払えば済

むんでしょうな、どうです?」

 だがホームズは微笑して首を振った。


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09/29 13:33