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ブラック・ピーター殺し(3)
日期:2024-02-15 21:47  点击:284

 この若い警部はホームズの皮肉な批評にたじろいだ。「すぐにお願いしなかったのは、

まったく僕も馬鹿でした。でも過ぎたことは仕方がないでしょう。そうだ、部屋の中には

たしかに注意をひくものが二、三ありました。第一は凶行に用いられた銛 もり です。それは

壁の台から外しとられた一本で、他の二本は台の上に残っており、一本分だけ空いていま

した。柄 には《ダンディ港、シーユニコン号》と彫られています。これは一瞬、かっと

なって犯人が手近な凶器として把 つか み取ったことは確実です。殺人が行なわれたのは午前

二時、しかもピーターケアリはちゃんと服を着ています。この事実からみて、犯人は約

束があってピーターを訪れたものと思われます。それは、テーブルの上に汚いグラスとラ

ム酒が一本あったことでも確実です」

「そう……その推論はふたつとも承認できるね。で、部屋にはラム酒のほかに酒はなかっ

た?」

「ありました。船員箱の上にタンタラススタンド〔酒瓶台。口に仕掛けがあって、すぐ

に酒が出せる〕があり、ブランデーとウイスキーが入っていました。でも両方とも一杯

入っていて、手がつけてなかったから重要ではありません」

「現場にあるもので重要でないものはひとつもないよ」一本釘をさしておいて、「でもま

あ、君がこの事件に関係あると思ったものが他にあるだろうから、それを聞こうよ」

「テーブルの上に煙草入れがありました」

「テーブルのどの辺に?」

「真ん中です。粗い毛の立っているアザラシ皮製で、革紐 かわひも で口をしめるようになってい

ます。内ぶたにPCという頭文字があり、船員用の強い刻み煙草が半オンスばかり入っ

ていました」

「そいつぁ、面白い! そして、それから?」

 ホプキンズはポケットから茶色い表紙の手帳を取り出した。表紙は手ずれでざらざらに

なり、紙も黄色くなっている。最初のページに、JNの頭文字があり、一八八三年と

日づけがうってある。ホームズはそれをテーブルの上に置いて、彼独特の精密な検査をは

じめた。ホプキンズと私は肩ごしにのぞきこんだ。次の頁にはCRとあり、以下数

ページにわたり、数字が書き込んである。またアルゼンチンとかコスタリカとかサン

ウロとか見出しがあり、それぞれの見出しの次は数ページ、記号や数字で埋められてい

る。

「どう思う、これを?」とホームズ。

「株式取引所の証券の一覧表らしいんです。JNは仲買人の頭文字で、CRは

お客のものかと思いますが……」

「カナダ太平洋鉄道(カナディアンパシフィックレイルウェー)とやってごらんよ」

 スタンリーホプキンズはかすかにうなって、拳固 げんこ でどんと太腿 ふともも を叩いた。

「何て馬鹿なんだ、おれは……もちろんおっしゃる通りです。ではJNさえわかれば

いいんです。古い株式所のリストを調べてみましたが、一八八三年のには、社員も外部の

仲買人も、この頭文字に該当するものがありません。しかし、今のところ、こいつが最も

有力な手掛りだという気がするんです。この頭文字が、その場に居合わせた第二の人物、

すなわち殺人犯人のものだとする説にはホームズさんも賛成だろうと思いますが……と同

時に、多額の有価証券に関係すると思われる文書が現れたということで、初めて犯罪の動

機がかいま見えてきたように思うのです」

 この新しい展開には、ホームズもまったく不意打ちを食ったような顔になった。

「うん、ふたつとも認めざるを得ないね。実をいうと、検屍のときに持ち出されなかった

この手帳が出て来たんで、今までまとまりかけていた僕の意見も修正が必要になったよ。

これまでの説明では、この手帳の入る余地がない。で、君はここに書いてある証券をつき

つめたかい?」

「署のほうで調査を進めています。でも、この南米関係の完全な株主名簿は南米でないと

手に入らぬし、株券を洗ってみても、まず数週間はかかると思うんです」

 ホームズは拡大鏡で手帳の表紙を調べていたが、

「しみがあるね……」

「ええ、血痕なんです。さっきお話ししたように、床から拾いあげたんですから」

「上からかい? それとも下、血がついたのは?」

「血のあるほうが下です」

「じゃ、犯行後、落ちたことになる」

「そうです。僕もそう思っています。慌てて逃亡する際に犯人が落としたものだと推論し

ます。入口の近くに落ちてたんですから」

「ここに記入してある株券は被害者の財産にもなかったかい?」

「ありませんね」

「強盗と思われる筋は?」

「ないですね、何にも手をつけたふうはないんです」

「いやあ、そうかい。こいつはたしかに面白いよ。ナイフがあったね、なかったかい?」

「鞘 さや つきのやつで、鞘に入ったままでした。被害者の足もとにあり、ケアリ夫人が当人

のものだと確認したんです」

 ホームズは、しばらく黙考の態 てい だったが、やがて、「ふむ、こりゃ出かけていって見

てこなければならんだろうな」

 ホプキンズは声を出して喜んだ。

「ありがとうございます。これで肩の荷がおりますよ」

 ホームズは警部に向って突き出した指をぴくぴくさせて警告の所作 しょさ をした。

「もう一週間早ければ、仕事は簡単だったろうに。しかし、今からでもまったく無駄足で

はないだろう。……ワトスン君、もし暇があれば一緒に来てくれないか。ホプキンズ君、

四輪馬車を呼んでくれ、フォレストロウ行きの準備は十五分もあればできるから」


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09/29 07:46