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ブラック・ピーター殺し(7)
日期:2024-02-15 21:48  点击:229

 次に入って来たのは、背の高い、干上 ひあが ったような男で、土色の顔に、頭髪は長く柔ら

かい。名前はヒューパティンズと言った。この男も不採用、半ソヴリンで待ち組。

 第三の男は目につく容貌をしていた。髪も鬚ももじゃもじゃとしていて、精悍 せいかん なブル

ドッグのような面 つら がまえである。房のように濃くたれた眉の下から、不敵な目がぎらぎ

らと光る。挨拶をすると、船乗りふうに帽子を後ろ手にまわしながら、立っていた。

「名前は?」

「パトリックケアンズ」

「銛うちかね?」

「へえ、二十六航海でさあ」

「ダンディ港だね?」

「へえ」

「探検船だが、すぐ出られるかね?」

「へえ」

「給料は?」

「月八ポンドは頂きてえんで……」

「すぐ出発できるね」

「道具袋さえありゃ……」

「証明書があるかね?」

「ありまさあ」ポケットから汚れて脂染 あぶらじ みた書類の一枚を取り出した。ホームズは

ちょっと目を通してから返した。

「君こそ探していた男だ。そっちのテーブルの上に契約書があるから、署名してくれ。そ

れですべて決まるんだよ」

「ここへ署名するんですかい?」船乗りはのっそり歩いていって、ペンを取り上げた。

 ホームズは船員のうしろから覆 おお いかぶさるようにして、両手を頚 くび のわきから差し込ん

だ。

「これでいい」

 カチリという金属の音とともに、たけりたった闘牛のようなうめき声がした。次の瞬

間、ホームズは船員とひとつになって床へころがった。怪力無双の男である。両手首には

巧みに手錠がかけてあるにもかかわらず、ホプキンズと私が加勢しなかったら、またたく

間にホームズを打ちのめしているところだった。私がピストルの冷たい銃口をこめかみに

押しつけたので、やっと反抗しても無駄だと覚った。紐でこの男の両足をしばりつけ、立

ち上がったとき、三人ともハアハア喘 あえ いでいた。

「ホプキンズ君、君には申し訳ないことになってしまったよ。煎 り卵が冷えちまってね。

でも、かえって朝食の残りを楽しめるかもしれんね。そうじゃないかね? 君はこの事件

を勝利のうちに納めることになるんだから」

 スタンリーホプキンズは驚きのあまり口もきけなかった。

「ホームズさん、その、何といったらいいか……」と顔を真っ赤にして、もそもそと言っ

た。「はじめっから、馬鹿な真似ばかりして……今こそ悟りました。僕はまだ一年生で、

あなたは大先生です。もう決して忘れません。でもまだ、あなたがなさったことを目の前

にしながら、どうして、またどんな意味か、さっぱりわからないんです」

「まあ、いいよ」ホームズは上機嫌で、「何事も経験だよ。この事件で君が覚えたこと

は、すべての変化を見失ってはならないということだ。君はネリガン青年に夢中だったか

ら、ピーターケアリ殺しの真犯人、パトリックケアンズのことに頭がまわらなかった

んだよ」

「ちょいと旦那」とケアンズが割って入った。「あっしはね、こんな手荒い扱いをうけ

たって、不服は言わねえが、ちゃんとした物の言い方をしてもらいてえもんだ。ピー

ターケアリ殺しと言いなすったが、あっしはケアリをやっつけたと言いてえんだ。こ

りゃ、大きな違いですぜ! 俺の言うことは、旦那方にゃわからねえかもしれんが、ほら

吹いてると思われるかも知れねえが」

「それどころか、君の話てえのを聞こうじゃないか」

「じゃあ、しますぜ、断っときますがね、俺の話にゃ、これっぽっちのうそもねえ。あっ

しゃ、黒 ブラック ピーターと知り合いでさ、あいつがナイフを出したから、銛を打ち込んでやっ

たまでさ。でなきゃ、あっしが殺されるんで……こうして奴は死んだが、旦那がたは人殺

しと言いなさる。どっちみち、黒 ブラック ピーターのナイフでやられるところを首に綱を巻かれ

て、キュッとやられるまでのことだがね」

「どうして、そんなことになったんだね?」

「しょっぱなから話しましょう。ちょいと起こして下さいよ、これじゃ話もできねえや。

……そもそも事の起こりが一八八三年の八月でさ。ピーターケアリがシーユニコンの

船長で、あっしが予備の銛打ちさ。北氷洋の氷山の間からの帰り途、一週間も南の向かい

風をうけてね。そのとき南から吹き流されてくる小さい船を見つけたんでさあ。乗ってる

なあ男がひとり、しかも陸 おか の人間さ。乗組員は船が沈没すると見てとって、ボートでノ

ルウェー海のほうへずらかった。もちろん奴らは助からなかったと思うね。だもんで、

あっしらの船へ助けあげた。その男さね、船室で船長と長いあいだ話し込んでいたが

ね……こいつを荷物と一緒に引き上げた、といっても荷物はブリキ箱ひとつさ。あっしは

その男の名も聞かなかったがね。ところが二日目の晩、まるでそんな男なんか、もとから

いなかったみたいにすっと消えちまった。船から身を投げたか、時化 しけ だったから船から

足をすべらしたかという話だったが、どっこい、たったひとり事実を知ってる者がいた。

かくいうあっしさ。ちゃんとこのふたつの目で、船長が闇夜の夜直のとき、男を倒して、

デッキから海へほうり込むのを見とどけてるんだ。それがシェトランドの燈台を見る二日

前……。


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09/29 07:53