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奸賊ミルヴァートン(4)
日期:2024-02-15 21:52  点击:273

「わかった、わかった。ねえおい、そうしようじゃないか。われわれは何年間か同室だっ

たんだし、とどのつまりが同じ獄房だったなんてのも面白いだろうよ。ワトスン君、知っ

ての通り、君になら、ぶちまけても一向かまわないんだが、僕はいつも、すばらしく有能

な犯罪者になれたろうと思ってるよ。だから今度はそっちの方面で、生涯のチャンスなん

だよ。見たまえ!」

 彼は引き出しから小さくこぎれいな革製の箱を取り出してあけると、たくさんのぎらぎ

ら光る器具を取り出してみせた。

「これは当世第一級の強盗用かばんなんだ。ニッケルメッキの鉄 かな てこ、先にダイヤのつ

いたガラス切り、万能鍵や、文明の進歩に応じて必要となった現代的な道具は何でもある

んだ。ここには龕燈 がんどう があるよ。みんなそろってる。君は音のたたない靴をもってるか

い?」

「ゴム底のテニス靴がある」

「そいつはいい。それからマスクは?」

「黒絹で二人分はつくれるさ」

「君はこういうことには、生まれつき非常にすぐれた才能があるんだね。そいつはいい。

マスクをつくってくれるかい? 出かける前に、夜食に何か冷たいものをとろう。今九時

半だが、十一時にチャーチローまで車で行こう。そこからアップルドータワーズまで

は歩いて十五分ほどだ。真夜中までには仕事にかかれるだろう。ミルヴァートンはぐっす

り眠るたちだし、十時半には間違いなく寝室にひきとるんだ。うまくゆけば二時半までに

はイーヴァ嬢の手紙を持ってもどってこられるだろうよ」

 ホームズと私は劇場帰りの二人づれに見えるように外出着を着こんだ。オックスフォー

ド街で二輪馬車をひろうと、ハムステッドの適当な番地を言って走らせた。そこで馬車を

すてたが、ひどく寒く、風が身体をふき通してゆくように思われたので、厚地の外套のボ

タンを首まであげると、荒地のへりにそって歩いた。

「こいつは慎重にしなくちゃならん仕事なんだ」とホームズは言った。「例の手紙はあい

つの書斎の金庫にしまいこまれている。書斎は彼の寝室のまむかいなんだ。ところでぜい

たくな暮らしをしている小柄で頑丈な男どもによくあるように、あいつも睡眠過多のほう

なんだ。アガサ……これが僕のいわゆる許嫁 いいなずけ なんだがね……彼女が言ってる。使用人

部屋の冗談に、寝ている主人は絶対におこせないってのがあるそうだ。あいつにはあいつ

の利益のことにかかりっきりの秘書がいてね。日がな一日、絶対に書斎から身動きしない

んだ。われわれが夜行くのは、そんなわけからだ。それから獰猛 どうもう な犬を飼っているよ。

そいつが庭をうろついてる。僕はこのふた晩、夜遅くアガサに会ったんだが、彼女は僕が

自由に出入りできるように、その畜生をとじこめといてくれるんだよ。これがやつの家

だ。一戸建のでかい家だ。門を入ったら、右のほうの月桂樹 げっけいじゅ の間に入ろう。ここらで

覆面 ふくめん したほうがいいね。そら、どの窓からも全然あかりはもれていない。なにもかもう

まくいってるよ」

 黒絹で顔をおおうと、ふたりはロンドンじゅうでもっとも獰猛 どうもう な人間に身を変えて、

ことりとも音のしない暗い家に忍びよった。家の一方にタイル張りのヴェランダらしいも

のがあり、その向こうにいくつかの窓とドアがふたつ並んでいた。

「あれが彼の寝室なんだよ」とホームズがささやいた。「このドアをあけるとまっすぐに

書斎に通じてるんだ。それが一番おあつらえむきなんだが、がっちり掛け金がおろしてあ

るし鍵もかけてある。ここから入りこむにはでかい音をたてなくちゃならない。こっちに

来たまえ。温室がわが客間に通じてるんだ」

 そこは鍵がかけてあったが、ホームズはガラスを円く切りぬくと内側からはずしてしま

い、すぐその後でドアをしめてしまった。で、われわれはここに法的見地からすれば重罪

犯人になってしまったのである。

 温室の重苦しい暖かい空気と異国の植物の豊潤 ほうじゅん なむせかえるような芳香 ほうこう が、わ

れわれの喉を刺激した。彼は暗がりで私の手をとるとすばやく導いて、ひと群れの灌木 かんぼく

を通り越したが、枝がわれわれの顔にふれた。

 ホームズは暗闇で物が見えるという、充分に鍛練された驚くべき能力をもっていた。彼

は片手で私の手をつかんだままドアをあけた。すると私にも、おぼろげながらも大きな部

屋に入りこんだこと、この部屋はつい先ほどまで誰かが葉巻を吸っていたということがわ

かった。彼は家具類の中を手さぐりで進み、もうひとつのドアをあけて、通りぬけ、また

閉めてしまった。片手をつき出すと壁にかかっている数着の衣服に触れたので、廊下にい

ることが分った。廊下を進んで行くと、右手にドアがあった。ホームズはそろそろとそれ

をあけた。そのとたん、われわれめがけて何かがぱっととびだして来た。私はぎくりとし

たが、猫だとわかると思わず笑いだしそうになった。

 今度の部屋には暖炉が燃えており、やはり煙草の煙で空気は重苦しかった。ホームズは

爪先立って入って行き、私が続くのを待って、静かにドアをしめた。そこはミルヴァート

ンの書斎で、反対側のドアが彼の寝室の入口になっているのだった。暖炉の火はかなり強

く、それで部屋は明るくなっていた。だからドアの近くで、電気のスイッチがちらりと

光っていたが、たとえ安全だとしても、電気をつける必要はなかった。暖炉の片側に分厚

いカーテンがかかっており、それがわれわれが外から見た出窓のおおいになっているらし

かった。反対側にはドアがついていて、それがヴェランダと通じていた。部屋の真ん中に

は、デスクがあり、光沢のある赤革張りの回転椅子が置かれていた。その真正面には大き

な書棚があり、その上にアテネの大理石胸像が置かれていた。書棚の横の一隅に背の高い

緑色の金庫が置かれ、正面についている磨きのかかった真鍮 しんちゅう の把手 とって から暖炉の光が

反射していた。


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06/27 00:43