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六個のナポレオン(1)
日期:2024-02-15 21:53  点击:274

六個のナポレオン

 ロンドン警視庁のレストレイド氏が、夜分にわれわれをたずねて来ることはさほど珍し

いことではなかった。それにホームズは彼の訪問を歓迎していた。というのはそれによっ

て、彼は警察首脳部で続けられていることをすべて知っていられるからである。レストレ

イドが持ってくるニュースの返礼に、彼が手をつけている事件には、どんなものにも、

ホームズはくわしく注意ぶかく耳を傾けようとしていたし、ときには、彼は実際に関係し

なくても、広い知識や経験から引き出した暗示とか助言をすることもできたのである。

 その晩に限って、レストレイドは天気や新聞のことを話題にし、それから黙りこんで物

思いに葉巻をふかしていた。ホームズはじっと彼を見つめていたが、

「何か異様な事件をひかえていますね」

「ああ。いやいや、さほど格別なことでもありません」

「じゃ、すっかり話して下さいよ」

 レストレイドは笑った。

「ええ、ホームズさん、気にかかってることがあるのは隠してもしょうがありません。し

かし、まったく馬鹿らしいことなんでしてね。あなたを煩 わずら わしてもと、ためらっていた

んですよ。ところが一方ではつまらぬことですが、まあ確かに奇妙ではあるんです。それ

にあなたは異常なことなら、なんでもお好きだということを知っているものですからね。

私の意見では、こいつはわれわれよりもむしろワトスン博士の領分に属することなんで

す」

「病気ですか?」

「どのみち気ちがいですよ、それがまたおかしな気ちがいでしてね。ナポレオン一世を異

常に憎んでいて、彼の像なら目にとまればこわしてしまうといった人間が、今日 こんにち いるな

んてことは、ちょっと考えられないでしょう」

 ホームズは椅子にどっかり背を沈めた。

「それは僕には用がないようだな」

「たしかにそうなんです。そう申し上げましたが。ところがその男が自分の持ち物でない

像をこわすために押し込みをはたらいたとしたら、事件は医者の手をはなれて、警察に

移ってきますよ」

 ホームズはまた身を起こした。

「押し込みだって! それは面白くなった。もっとくわしく話して聞かせたまえ」

 レストレイドは警察手帳を取り出すとページを繰りながら記憶を確かめた。

「最初の事件の報告は四日前でした。場所はケニントン通りで絵画や彫像を売っている

モースハドスンの店でした。店員がちょっと店先を離れていると、すぐにガシャンとい

う音が聞こえたので大急ぎで引っ返してみると、ほかのいくつかの美術品と一緒に並べて

おいた、石膏 せっこう 作りのナポレオンの胸像が粉微塵 こなみじん に打ち砕かれているのを発見しま

した。彼は通りにとび出しましたところ、数人の通行人が、ひとりの男が店からかけだし

て行くのを見たと言ったにもかかわらず、誰の姿も見えず、ましてやその悪漢が誰かな

ど、知る手段がわかろうはずもありませんでした。それは時々よくある町の不良の心ない

仕業 しわざ と思われました。

 で、パトロール中の警官には、そのように報告されました。こわされた石膏像は数シリ

ングの値打ちしかありませんし、事件全体は何か特別に調査するには余りに子供っぽく思

われました。ところが第二の事件は、もっと重大でもあり奇妙でもあったのです。昨夜起

こったばかりなんですが。

 モースハドスンの店から数百ヤードと離れていない、やはりケニントン通りに、バー

ニコット博士という有名な開業医があります。彼はテムズ河の南岸ではもっとも手広く開

業しているのです。彼の住居と第一診察室はケニントン通りにあるのですが、分室の診察

室と薬局は二マイル離れたロウアブリクストン通りにあります。この、バーニコット博

士がナポレオンの気ちがいじみた崇拝者でして、彼の家は、このフランス皇帝に関する書

物や絵画や遺品でいっぱいです。ちょっと前に彼はモースハドスンの店からフランスの

彫刻家ドビーヌ作の有名なナポレオンの胸像を複製した石膏像をふたつ買い込みました。

ひとつをケニントン通りにある家の玄関におき、もうひとつはロウアブリクストンの分

室の暖炉の上におきました。

 さて、バーニコット博士が今朝、階下におりて来ると、昨夜家に押し込みが入ったこと

を知って仰天 ぎょうてん しました。ところが玄関の石膏以外には何ひとつとられていないので

す。石膏像は持ち出されて乱暴に庭塀に叩きつけられていました。塀の下にばらばらに

なった破片がみつかりました」

 ホームズは手をもみあわせながら、

「こいつはたしかに普通じゃないな」と言った。

「多分あなたは興味をお持ちになるだろうと思いましたが、話はまだあるのです。バーニ

コット時士は十二時に分室へ行くことになっていました。彼がそこへ行ったところが、窓

は夜中に押し開かれ、もうひとつの胸像がこなごなに砕かれて部屋じゅうに散らばってい

るのを見たときの彼の驚きは、想像にあまりあるものです。それはその場で微塵 みじん になっ

ていました。しかし両方とも、犯人については何も手がかりになるものはありません。

ホームズさん、こんなところが事件の全貌です」

「怪奇とは言えないまでも、おかしな事件ではありますね」とホームズは答えた。「バー

ニコット博士の部屋で割られた胸像はふたつとも、モースハドスンの店でこわされたの

とまったく同じ複製品なんですか」

「そうなんです、同じ型でつくったんです」

「その犯人がナポレオンに対して憎悪をもっているのだという説は、この事実からもぐら

つきますね。ロンドンには、この偉大な皇帝の胸像は幾百となくあることを考えると、た

くさんありすぎるのだから、いくらなんでも、むちゃくちゃな偶像破壊者が、はからずも

同じ型の胸像を三つこわすことから始めたなんて、そんな偶然の一致を想像することは

ちょっとできませんね」

「そうです。私も同感なのです」と、レストレイドは言った。「ところが一方、モース

ハドスンはロンドンのあの区域では一軒だけの大きな胸像販売店だし、ここ数年間で、店

で売れたのはあの三つだけなのです。ですから、あなたのおっしゃったように、ロンドン

には何百となく胸像はありますが、あの区域では多分この三つだけだったのでしょう。そ

んなわけで、この地域の居住者である偏執狂は、この三つをまず手がけたのではないで

しょうか。ワトスン博士はどうお考えになります?」


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