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六個のナポレオン(3)
日期:2024-02-15 21:56  点击:263

「うーむ、で、殺された男は誰ですか?」とホームズは言った。

「誰だか身元のわかる物がなにもないんですよ」レストレイドが答えた。「死体は収容所

に置いてありますからご覧になれますよ。しかし、今までのところ、何もわかっていませ

ん。背の高い日に焼けた、とても強そうな男ですが、三十を越してはいませんね。身なり

はみすぼらしいんですが、労働者らしくありません。彼のそばの血だまりの中に角柄の折

り込みナイフがありました。それが殺人の凶器に使われたのか、死人のものだったのか

は、わかりません。上衣には名前はいれてありませんし、ポケットにはリンゴがひとつと

糸が少々、ロンドンの一シリング地図、それから写真が一枚だけでした。これが写真で

す」

 それは明らかに小さなカメラで早取りしたものだった。そこには敏捷 びんしょう そうな、と

がった顔をした猿のような男が写されていた。その男は眉が濃く、ヒヒの鼻面のように下

半分が異常に突き出ていた。

「で、胸像はどうなりましたか」

 この写真を注意ぶかく調べてからホームズが尋ねた。

「あなたのいらっしゃるちょっと前に知らせを受け取りました。カムデンハウス通りの

空家の別庭でみつかったのです。ばらばらにこわされていました。それを見に行くつもり

なんですが、いらっしゃいませんか」

「ええ、その前にちょっと、ひとわたりここを調べたいんです」

 ホームズは絨毯 じゅうたん や窓を調べた。「その男は足がとても長いか、敏捷な男かどちらか

ですね。地下の勝手口を越して窓枠に手をかけ窓をあけるなんて、並たいていの放れわざ

じゃありませんからね。引き返すことはさほどたいへんなことじゃありませんね。ハー

カーさん、胸像の残骸を見にいらっしゃいますか」

 憂鬱そうなその新聞記者は書き物テーブルに腰をおろした。

「私は何とか記事をものにしなければ。たしかにもう詳細を報道している夕刊の第一版は

出てしまったでしょうがねえ。いつも運が悪いこった。ドンカスターでスタンドが落ちた

ことを覚えているでしょう? ええ、新聞記者でスタンドにいたのは私だけだったのです

が、私の新聞にだけ記事がのらなかったんですよ。あまり私がびっくりしてしまって書け

なかったもんですからね。それに今度は今度で、自分の家の戸口で起こった殺人も記事が

遅すぎるんですからね」

 われわれが部屋を出るとき、彼がフールスカップ紙にぎしぎしとペンを走らせる音が聞

こえた。

 胸像の破片が発見されたところは、数百ヤードしか離れていなかった。ここで初めて、

われわれは未知の犯人の心にこれほど気ちがいじみた破壊的な憎悪を起こさせたと思われ

る、偉大なる皇帝の登場を目 のあたりに見たわけである。それは草の上にばらばらの破片

となってとび散っていた。ホームズはいくつか破片を拾いあげると、注意ぶかく調べた。

彼のその熱心な顔つきと期するところありそうな様子から、とうとう何か手がかりをつか

んだと私は思った。

「どうです?」と、レストレイドが尋ねた。

 ホームズは肩をすくめた。

「道はほど遠いですね。それでもね、しかしね、それにもとづいて動かなくちゃならない

暗示的事実はいくつかありますね。このつまらぬ胸像を所有することが、このおかしな犯

人には人間の命より、もっと貴重に思えるんですね。これがひとつの事実です。それに、

もしこわすだけが目的だとしたら、家の中でこわすか、家のすぐ外でこわすかしなかっ

たってのは、おかしなことですしね」

「彼はもうひとりの男に会って泡 あわ をくってうろたえていたんでしょう。自分が何をやっ

てるんだか、ほとんど分らなかったのです」

「ええ、そのようにも思われますね。だが胸像をこわした庭のあるこの家の位置を、とく

に注意して頂きたいのですよ」

 レストレイドはあたりを見まわした。

「これは空家ですから、庭なら誰にもわずらわされないと知っていたのです」

「そうですね。しかし、彼がここへ来るとき通ったに相違ない空家が、もう一軒ずっと向

こうにありますよ。どうしてそこでこわさなかったのでしょう? 胸像を持って歩く距離

が長ければ長いほど、他人に会う危険は明らかに大きくなるわけですからね」

「お手あげです。わかりませんよ」と、レストレイドは言った。

 ホームズは頭上の街燈を指さした。

「ここでなら彼は自分のやっていることが見えたのですよ。あすこじゃ見えませんから

ね。これがその理由ですよ」

「ありそうだ! それなんだ!」と、レストレイド探偵君は言った。「それで思いつい

た。そう言えばバーニコット氏の胸像は家の赤ランプのすぐ近くでこわされたんだ。さ

て、ホームズさん、この事実からわれわれはどうしたらいいでしょうね?」

「覚えておくこと、心に控えておくことですね。あとでそれと重大な関係を持つようなこ

とに、出くわすかも知れませんからね。レストレイドさん、今度はどんな処置をとったら

いいと思いますか」

「解決に近づくいちばん実際的な方法は、死人の身元を確かめることです。さほどたいへ

んなことじゃないでしょう。氏名がわかり、一味の者や何かがわかったら、その男が昨夜

ピット街で何をしていたか、ホレスハーカー氏の戸口で彼に会い、彼を殺したのは誰な

のか知るのに非常な便宜を得ることになるでしょう。そうじゃないですか」

「その通りですね。しかし私が核心に近づく方法は、またべつですね」

「では、どうなさるんです?」

「ああ、あなたはどんなことでも、私に動かされちゃいけません。あなたはあなたの方法

でゆく、私は私で、ということにしようじゃありませんか。後でメモの比較もできます

し、おたがいおぎなえますからね」

「たいへん結構です」と、レストレイドは言った。

「もしピット街にお帰りでしたら、ホレスハーカー氏にお会いになるでしょうが、僕か

らだと伝えて下さい。僕は完全に腹をきめた。ナポレオンについて妄想をもチた殺人狂が

昨夜お宅に侵入したのだとね。彼の記事に役立つでしょうからね」

 レストレイドは目を見張った。


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