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六個のナポレオン(6)
日期:2024-02-15 21:56  点击:248

「イタリア人街ですか」

「いや、チジックのほうが、捕まえられそうな所だと思いますね。レストレイド君、あな

たが今晩、一緒に来て下されば、明日は僕があなたのお伴をしてイタリア人街へ行くこと

をお約束しますよ。遅らせても何の害もないでしょうからね。さて、出かけるのは十一時

すぎになるし、朝までは帰れそうもないから、二、三時間眠るほうがよさそうだよ。レス

トレイド君、一緒にご飯でも食べて、それから出かける時間まで、どうぞソファをお使い

下さい。ワトスン君、その間に至急便のメッセンジャーを呼んでくれないか? 手紙を出

さなくちゃならないんだよ。すぐ届くことが重要なんでね」

 ホームズはその夜、古新聞の閉じこみをひっかきまわしてすごした。われわれの物置き

のひとつは、新聞の閉じこみでいっぱいになっていたのである。とうとう彼は下りて来た

が、彼の目は勝利に輝いていた。しかし彼は捜しものの結果についてはわれわれ二人に何

も言わなかった。

 私といえば、ホームズが、この複雑な事件のさまざまな屈折をたどっていく、そのやり

方に一歩一歩とついていった。そして私にはまだ行きつく結論は見えはしなかったけれ

ど、ホームズが、この奇怪な犯人は、残る二つの胸像をも襲うと考えていることは私にも

わかっていた。その一つはチジックにあるのだ。たしかにわれわれの遠出の目的は、犯人

を現場でとらえることであった。そして犯人が何のあとくされの心配もなく計画を続けら

れるように、夕刊に間違った手がかりを載せたホームズの巧妙さには感嘆せざるを得な

かった。だから私は、ホームズがピストルを持って行くのをすすめてもいっこうに驚くこ

とはなかった。彼は彼で鉛づめの狩猟用鞭 むち を持ったが、それは彼の気に入りの武器だっ

たのである。

 十一時に四輪馬車が玄関に止まった。われわれはそれに乗ってハマースミス橋の対岸に

渡り、ここで馭者を待たせておくことにした。少し歩くと閑静な道に出たが、両側にはそ

れぞれ地所つきの気持よい家々が立ち並んでいた。その一軒の門柱に「レバーナムロッ

ジ」とあるのが、街燈の光で読めた。家の人々はひっこんで寝てしまっていた。というの

は玄関の上の扇形の欄間 らんま から漏れる光以外は、まっ暗だったからである。その光は、庭

道にひとところぼんやりとした円い光をおとしていた。庭と道路とを隔てている板塀が庭

に黒い影をおとしている。われわれはそこにうずくまった。

「どうも長く待たされそうだよ」とホームズがささやいた。「雨が降っていないめぐりあ

わせに感謝しなくちゃね。暇つぶしに煙草を吸うこともならないしね。だが、この苦労は

二つに一つの公算で、何かいい報いがあるんだ」

 だが夜明かしは、ホームズがわれわれを心配させたほど長くないということがわかっ

た。まったく突然に、実に奇妙に終わったのである。不意に何の予告もなしに庭の門が

さっと押し開けられ、猿のようにすばしこくて敏捷な、しなやかな黒い影が庭道にとびこ

んで来た。それは扉の上から射している光をさっと通りこすと、すばやく姿をかくし、

まっ暗な家の影の中に見えなくなってしまった。

 長いあいだ何の物音もせず、われわれは息を殺していた。それから非常にかすかな物の

きしる音が聞こえ、窓が開かれた。すると音は止み、また長い静けさがその場をおおっ

た。男は家の中に入ろうとしていた。

 突然、龕燈 がんどう の光がさっと部屋の中でひらめいた。彼の捜しているものはそこにはたし

かになかったのだ。というのは、光が次々に他の部屋の鎧戸 よろいど から漏れたからである。

「あの開いた窓のところへ行って、やつが出て来たら、すぐつかまえてやりましょう」

と、レストレイドが言った。だがわれわれが移動するよりも早く、男がまた出て来た。彼

が、あちこちに射している光にさらされるようなところまで来ると、脇の下に何か白い物

をかかえているのが見えた。彼は人目をはばかるようにあたりを見まわした。人っ子ひと

りいない道路の静けさが、彼を安心させた。われわれに背をむけると荷物を下におろした

が、次の瞬間はげしく物をたたく音がすると、ガシャンとこわれる音がつづいた。

 男はあまり自分のやっていることに気をとられすぎて、われわれが草の上を忍びよって

行く足音には少しも気がつかなかった。虎のように身をおどらせて、ホームズが彼の背に

とびかかった。すぐにレストレイドと私は彼の両手をつかみ、手錠をかけてしまった。わ

れわれのほうに向かせると、実にいやな黄ばんだ顔が怒りにゆがんでわれわれをにらみつ

けていた。その顔はまぎれもなくわれわれが手に入れた写真の男だった。

 だがホームズが注意を向けていたのは、つかまえた犯人ではなかった。彼は入口の階段

にしゃがみこむと、男が家から運びだしたものを、非常に注意ぶかく調べていた。それは

われわれが今朝みたのと同じナポレオンの胸像であり、やはり同じようにばらばらにこわ

されていた。ホームズは入念にこわれた破片をひとつひとつ拾いあげては、光をあてて見

ていたが、どれもこれもいっこうに変わりばえのしない石膏 せっこう であった。

 彼がちょうど全部を調べ終ったとき、玄関のあかりがついて扉があくと、愉快なよく肥

えた主人が、シャツとズボン姿であらわれた。

「ジョサイアブラウンさんですね?」とホームズは言った。

「そうです。あなたがたしか、ホームズさんですね。至急便のメッセンジャーにことづけ

て下さった手紙を受けとりまして、お言いつけどおりにしておきましたよ。扉は全部内側

から鍵をかけて成り行きを待っていました。ああ、悪漢を捕まえなさったですね、結構で

した。さあ、皆さん、お入りになって、おくつろぎ下さい」

 しかし、レストレイドが犯人を留置所に連行したがったので、五分ほどで馬車をよび、

四人になってロンドンに向った。曳 かれる男はひと言も口をきかず、もつれた髪の影をす

かしてぎょろりとわれわれをねめつけた。そして一度、私の手が彼の間近にいったとた

ん、飢えた狼のように噛みつこうとした。われわれは長時間警察にいて、彼の衣服をしら

べた結果は、数シリングと鞘 さや におさまった長いナイフだけしか出てこなかったこと、そ

のナイフには新しい血がおびただしく付いていたことがわかった。

「万事上々です」と、別れるときにレストレイドが言った。「ヒル警部がこうした連中を

詳しく知っていましてね。名前はすぐわかるでしょう。彼がマフィアの一員だという意見

は結局正しいんだということがわかりますよ。しかしホームズさん、あなたが彼をつかま

えた手際のよさにはまったく感謝いたしますよ。まだ私にゃ、よくのみこめないんですが

ね」

「説明するには時間も遅すぎるようですね。それにまた、仕上げの済まない、細かな点が

一つ二つあるもんですからね。こいつはとことんまで解決しておく価値のある事件の一つ

なんですよ。明日六時にもういちど僕の部屋にやって来て下されば、この事件で今でもま

だあなたが本当によくわかっていないことを説明してあげられますよ。こいつは犯罪史上

でもまったく特異なものとなる特徴がいくつかあるんです。ワトスン君、もしまた僕のつ

まらない事件の記録を書いてもらうとすれば、この奇妙なナポレオン胸像事件の記録は、

ページに精彩を加えること受け合いだよ」


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06/27 00:44