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六個のナポレオン(7)
日期:2024-02-15 21:57  点击:233

 翌晩、われわれがふたたび会ったとき、レストレイドはわれわれのつかまえた犯人に関

して豊富な報告をもたらしたのである。彼の名はベッポといい、姓はわからなかった。彼

はイタリア人街では名うてのならずものであった。かつては腕のいい彫刻家で地道に暮ら

していたが、悪の道にふみこんですでに二度もくらいこんでいた。一度は《こそどろ》

で、一度はすでに述べたように同国人を刺し殺した咎 とが だった。英語は完全に話せた。彼

が胸像をこわした理由はまだわからない。その問題に関してはどんな質問にも答えること

を拒否している。しかし警察では、これらの胸像は彼がゲルダー商会の工場で働いている

間に彼自身の手でつくられたものだということはわかっていた。その多くはわれわれもす

でに知ってはいたのだが、報告のあいだじゅうホームズはおとなしく耳をかたむけてい

た。だが彼をよく知っている私は、彼の考えは別のことに向けられているのがよくわかっ

た。そして彼のいつもの見せかけの仮面の下に、不安と期待との混じりあった表情を見

た。

 ついに彼は椅子から立ち上がったが、目が輝いていた。呼鈴が鳴っていたのである。一

分もすると、階段をのぼる足音がきこえて、赤ら顔で長い白毛まじりの、頬鬚 ほおひげ のある、

かなり年配の男が案内されて来た。彼は右手に古風な旅行カバンを持っていたが、それを

テーブルの上に置いた。

「シャーロックホームズさんはおられますか」

 私の友は頭をさげて微笑した。「レディングにお住いのサンディフォードさんですね」

「そうです。少々遅くなりましたかしらん。汽車がまごまごしたもんでしてね。私の持っ

ている胸像を持って来いというお手紙でしたが」

「その通りです」

「そのお手紙を持参しました。《私はドビーヌ作のナポレオン像の複製が欲しいのです。

あなたの所有なされている胸像に十ポンドお支払いいたすつもりでおります》と書かれて

ありますが、本当ですか」

「本当ですとも」

「お手紙を見てびっくりしたのですよ。私がこんなものを持ってるってことをどうしてご

存じなのかということでね」

「驚かれるのもごもっともです。ただ説明はしごく簡単なんですよ。ハーディング兄弟商

会のハーディング氏が復製の最後のやつをあなたに売ったと言って、あなたの住所を教え

てくれたのです」

「ああ、そうだったんですか。私がいくらで買ったか話しましたか」

「いいや、聞きませんでしたね」

「そうでしょうとも。私はあまり金持じゃありませんが、正直です。私はたった十五シリ

ング払っただけなんですよ。だから十ポンドいただく前に、あなたにこれはお知らせして

おかなくちゃならないと思いましてね」

「サンディフォードさん、立派なお心掛けですね。だが私はその金額を申し上げた。です

から値段どおりお支払いいたすつもりです」

「はて、ホームズさん、まったくきれいなお気持ですな。お求め通りに胸像は一緒に持参

しました。ここにあります」

 彼は鞄を開けて、それをテーブルの上に置いた。すでに一度ならず見てきた、かけらば

かりのナポレオンの、あの胸像の完全な形をついにわれわれは見たのである。ホームズは

ポケットから一枚、紙片をとり出し、それから十ポンドの紙幣をテーブルの上に置いた。

「サンディフォードさん、このお二人が見ていらっしゃるところでこの紙に署名願えない

でしょうか。これはただ、あなたが今まで胸像にもっていた権利を、どんなものでも今日

私にひき渡すというだけのものなんです。私はきちょうめんな男でしてね。後でどんなこ

とになるかもわかりませんからね。……どうもありがとう、サンディフォードさん。これ

がお代金です。ご機嫌よろしゅう」

 訪問者がたち去るとシャーロックホームズの行動はまったくわれわれの注意をひきつ

けるものだった。まず初めに、彼は抽出しからきれいな白い布をとりだすとテーブルの上

にひろげた。次に布の真ん中に手に入れたばかりの胸像をおいた。最後に愛用の狩猟用の

むちをとりあげると、ナポレオンの頭のてっぺんをはっしと一撃した。像がばらばらに砕

けると、ホームズはこなごなになった残骸の上に真剣に身をこごめた。次の瞬間、勝ち

誇った叫びをあげて、一個の破片を拾いあげたが、その中にはプディングの中の乾ブドウ

のように、まるい黒いものがくっついていた。

「諸君!」と彼は叫んだ。「かの有名なるボルジア家の黒真珠をご紹介申し上げます!」

 レストレイドと私は一瞬、物も言えずに坐りこんでいたが、ついで思わず衝動的に、二

人とも芝居の緊張した山でするように突然声をあげた。ホームズの蒼白い頬にさっと赤味

がさすと、観客の敬意をうける立 たて 作者よろしくわれわれに頭をさげた。彼がほんのしば

らく推理機械でなくなり、賞賛と喝采 かっさい を愛する人間味をもらすのはこんなときなので

あった。人々の間に虚名が立つことを軽蔑して、それに背を向けるという奇妙な誇り高い

内気な性格でも、友人にお世辞でなく驚嘆される場合には、心から動かされもしたので

あった。

「そうです。諸君よ」と彼は言った。「これこそ現在この世に存在する最も有名な真珠で

あります。そして一連の帰納 きのう 推理によりまして、コロンナ公爵がデイカーホテルの寝

室にて紛失いたしましたるものを、ステップニーのゲルダー商会が作製いたしました六つ

のナポレオンの最後の胸像の、これなる内部にて発見するに至るまでたどりえましたるこ

とは、私の幸運といたすところであります。レストレイド君。この高価な宝石が紛失した

ことでまき起こった騒ぎや、ロンドン警察が発見に努力したが無駄だったことをあなたは

覚えているでしょう。私もその事件の相談はうけましたが、少しも手がかりを与えられま

せんでした。公爵夫人の女中に嫌疑がかかった。彼女はイタリア人で、ロンドンには兄が

いることがわかった。だがわれわれはふたりの間の関係を探知しそこねた。女中の名前は

ルクレチアベヌッチといい、たしかに、ふた晩前に殺されたピエトロは兄に違いないの

だ。私は古新聞のとじこみで日付を調べてみたら、真珠がなくなったのはベッポが何か暴

行罪で逮捕された、きっかり二日前だったのです。ベッポの逮捕はゲルダー商会の工場で

起こった事件ですよ。ちょうど六つの胸像がつくられていたときでしてね。


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06/27 00:41