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三人の学生(2)
日期:2024-02-15 21:59  点击:252

「すばらしい!」とホームズは言った。彼は事件に興味をひかれてくるにしたがい、快活

な気分を取り戻してきたのである。「あなたは運がよかったですよ」

「これだけじゃありません。まだ新しい、書き物用テーブルがありますが、その表面は立

派な赤革が張ってあります。私もバニスターも断言できるのですが、表面はなめらかでよ

ごれがついていませんでした。ところがそのときにはおよそ三インチほどの、はっきりし

た切り込みがあります。ただひっかいたなんてものではなく、明らかに切り込みなので

す。そればかりでなく、テーブルの上には何か《おがくず》のような粒を含んだ、ねり粉

か粘土の小さなかたまりまで見つかりました。私はこのような形跡は、用紙を調べまわし

た男が残したものだと確信しました。足跡はありませんし、その男の身元がわかるような

証拠は、ほかに何もありませんでした。

 私がどうにも考えあぐねてしまったとき、突然幸運にもあなたがこの町に滞在してい

らっしゃるのを思い浮かべ、お任せしたいものだとまっすぐにやって来たのです。ホーム

ズさん、お助け下さい。私の苦しい状態はおわかりいただけると思います。その男を見つ

けださなくては、新しい試験問題が用意できるまで試験を延ばさなければなりません。延

期については理由を説明しなくてはならないとなると、いまわしいスキャンダルが起こる

でしょう。そうなれば学寮だけでなく大学全体のほうへも暗雲 あんうん をなげかけます。とりわ

け私は事件を穏便 おんびん に賢明に解決したいと思っているのです」

「できるかぎり調査いたしましょう。喜んでお手伝いいたしますよ」ホームズは立ち上が

り、外套を着た。「この事件はちょっと面白いですね。校正刷りが届いてから、あなたの

部屋を訪ねた人はいませんでしたか」

「ああ、来ました。若いドーラットラースというインド人の学生ですが、同じ階に住ん

でいる学生で、試験のことでいくつか細かいことを尋ねに入って来ました」

「受験を申し込んでいるんですね」

「そうです」

「それで用紙はテーブルの上にあったのですか」

「記憶する限りでは、巻いてあったと思います」

「しかし校正刷りだとはわかりますね」

「たぶん、わかるでしょうね」

「ほかに入って来た人は?」

「ありませんでした」

「校正刷りがあなたの部屋にあるってことは、だれか知っていましたか」

「印刷所以外には知らなかったと思います」

「バニスターという男は知っていましたか」

「いやたぶん、知らなかったでしょう。だれも知らなかったですよ」

「バニスターは今どこにいます?」

「彼はひどく具合が悪いのです。まったく可哀そうな奴です。私は椅子にもたせたきりに

しておきました。それほど大急ぎでこちらに伺 うかが ったのですよ」

「ドアはあけたままで来ましたか」

「まず試験用紙をしまいこんで、鍵をおろして来ました」

「それじゃソームズさん、そのインド人の学生が、巻いてある紙を校正刷りだと知らな

かったなら、用紙をいじりまわした男は、それがあるとは知らずにあなたの部屋に入り、

偶然見つけたことになりますね?」

「そう考えられます」

 ホームズは得体の知れぬ微笑をうかべた。

「では、出かけるとしようじゃありませんか。ワトスン君、これは君に関係なさそうだ

ぜ。心理的なことで肉体的なことじゃない。……まあ、いい。来たければ来たまえ。さて

ソームズさん、お申し出どおりにいたしましょう」

 わが依頼者の部屋は長くて低い格子窓がついていて、古い学寮の苔 こけ むした中庭に面し

ていた。ゴシックふうなアーチ型のドアを入ると、踏みへらした石造りの階段があった。

一階にはソームズ氏の部屋があり、二階から上は各階ごとに一人ずつ、三人の学生がい

た。われわれが事件の現場に着いたときには、すでにあたりはうす暗くなっていた。ホー

ムズは立ち止まって熱心に窓を眺めた。次に窓に近づくと爪先立ち、首をのばして部屋を

のぞきこんだ。

「その男はドアから入ったに違いない。窓はガラス一枚分の仕切りがあくだけですから

ね」案内の先生が言った。

「おやおや!」ホームズはソームズ氏の顔を見て奇妙な笑いをうかべた。「さて、ここで

調べることがないようでしたら、中へ入りましょう」

 ソームズ講師は外側のドアの鍵をはずすと、われわれを導き入れた。ホームズが絨毯 じゅうた

を調べている間、私たちは入口に立って入らずにいた。

「どうも何の痕 あと もないようだな。こんな乾燥する日にはなにも見つかりそうもないな

あ、あなたの召使いはよくなったようですね。椅子に坐らせておいたままだというお話で

したが、どの椅子ですか」

「そこの窓ぎわにあるやつです」

「それですか。この小テーブルのそばのですね。どうぞお入り下さい。絨毯の調べは済み

ましたよ。まず小テーブルを調べてみようじゃありませんか。もちろん何が起こったかは

はっきりしている。その男は入って来て、中央のテーブルから一枚一枚試験用紙を取って

いった。それを窓ぎわのテーブルに持っていった。そこからなら、あなたが中庭をよこ

ぎって来れば見えるから逃げおおせられます」

「実際は逃げられなかったでしょうよ。私は横門から入って来たのですから」

「ああ、それはいい! まあいずれにせよ、それも考えていたでしょう。用紙を見せて下

さい。指紋は全然ありませんね。そうです、彼はこの紙を最初にもっていった。たぶん略

字をつかったでしょうが、それで写しとるにはどのくらい時間がかかるでしょう。まあ十

五分はかかるでしょうね。それから最初のを払い落として次のをつかんだ。二枚目を写し

ている最中にちょうどあなたが帰って来た。そこで大急ぎで退却しなければならなくなっ

た。まったく慌てふためいてですね。何しろ、侵入したということがすぐにわかってしま

うのに、紙をもとに戻しておく時間もなかったんですからね。あなたがお入りになったと

き、階段を急いで昇っていく足音のようなものは聞かなかったですか」

「いいえ残念ながら」

「そうですか。彼は物すごい勢いで書いていたので鉛筆を折ってしまいました。ですから

ご承知のように、またとがらせなくてはならなかったのです。ワトスン君、これは面白い

よ。普通の鉛筆じゃないんだ。大きさは普通だけれども芯 しん が柔らかく、木の色は暗青色

で製造所の名が銀文字で入れてある、あと一インチ半ほどしか残っていない。ソームズさ

ん、そんな鉛筆をお捜し下さい。そうすれば犯人はつかまります。もっとお役にたつに

は、彼は大きな、なまくらナイフを持っていると申し上げましょう」

 ソームズ氏はこの流れるようなホームズの説明にいささか気 おされたようだった。


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06/27 00:39