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金縁の鼻眼鏡(2)
日期:2024-02-20 14:45  点击:284

 教授は何か学問的なむずかしい物を書いており、一年ばかり前に秘書をおく必要を感じ

ました。試みに最近雇った二人は駄目でしたが、三人目の大学を出たばかりのごく若い

ウィロビー・スミスという男がお眼鏡 めがね にかないました。彼の仕事は午前中は教授の口述

を書くことで、夜はたいてい翌日の仕事の足しになるような参考書を探したり文章を読ん

だりして過ごしていました。このウィロビー・スミスは少年時代アッピンガム校の生徒と

しても、長じてケンブリッジの学生としても恥ずかしからぬ青年です。私は彼の推薦状を

見たのですが、それには彼は昔から上品で落ちついており、勤勉家だし、欠点は全然ない

と書いてありました。それなのにこの青年が今朝がた、教授の書斎で殺されたとしか思え

ない死に方をしたのです」

 風はますますたけり、窓をきしらせた。ホームズと私は、この青年探偵が彼独特の話し

ぶりでゆっくりと要点を追って話す間、炉のそばにかじりついていた。

「かりにあなたがイギリスじゅう探したとしても、あんなに外からの影響を受けないで自

己流に自由にやっている家はみつかりますまい。何週間すぎようと誰ひとり庭の門をくぐ

るものはいません。教授はその仕事に没頭するために生きている。スミス青年は近隣の人

ともまったく交渉がなく、主人とまったく同様の生活をしている。二人の女も家から出な

い。庭男のモーティマーは車椅子を押している男ですが、軍人恩給を受けており、クリミ

ア戦役で戦った立派な男です。彼はこの家には住んでおらず、庭の反対側の端の三間ばか

り部屋のある小屋にいます。これでヨックスリー古荘の住人全部です。それから庭の門は

ロンドンからチャタムに通う公道から百ヤードほどのところで、掛け金さえはずせばすぐ

開き、誰でも容易に入れます。

 さて、では女中のスーザン・タールトンの証言をお聞かせしましょう。彼女だけがこの

事件で積極的にものが言えるんです。昼近い頃、十一時から十二時の間です。彼女はその

とき二階の表の寝室にカーテンを吊っていたそうです。コーラム教授はまだベッドにいま

した、というのは天候の悪い日は昼前にはめったに起きない習慣だそうで。家政婦は家の

裏手で何か忙しくやっていました。ウィロビー・スミスは居間として使っている彼の寝室

にいました。しかし女中はそのとき、彼が廊下を通って女中の真下になる書斎に降りて行

く音を聞きました。彼女はスミスを見てはいませんが、彼の早いしっかりした足音は間違

いようがないと言っています。

 女中は書斎のドアの閉まる音は聞きませんでしたが、一分かそこらすると恐ろしい叫び

声が下の部屋から聞こえてきたのです。荒々しい、しわがれたような、奇妙で不自然な声

で、男か女かわからなかったそうです。

 次の瞬間、重いドサリという音がして家じゅうに響きわたりました。そしてそれきり静

かになりました。女中は一瞬ギョッとして立ちすくみましたが、勇気を振い起こして階下

へ駆けおりました。書斎のドアが閉まっており、彼女はそれをあけてみました。すると中

にウィロビー・スミス青年が床に長々と倒れているのです。はじめ見たところ、どこにも

傷はないようでしたが、抱き起こして見ると首の下から血が流れ出ていました。とても小

さな傷でしたが、深く頚動脈 けいどうみゃく を絶ち切っていました。兇器は彼のかたわらの絨毯の

上にころがっていました。それは古風な、机の上などによくある、象牙の柄 え のついた、刃

のかたい小さな封蝋 ふうろう 用のナイフです。それはコーラム教授の卓上の備品のひとつでし

た。

 最初、女中はスミス青年はもう死んでいると思ったのですが、水さしの水を額にたらす

と、彼はちょっと目をあけて、《先生、あの女です》とつぶやきました。この言葉は誓っ

て間違いないと女中は言っています。彼は力をしぼって何か言おうとし、右手を宙に動か

しましたが、それきり彼は死にました。

 一方、家政婦も部屋にとんで来ましたが、彼の最後の言葉を聞くにはひと足おくれまし

た。スーザンを死体のそばにおいて、彼女は教授の部屋へ走りました。教授はあの叫び声

を聞いて、てっきり恐ろしいことが起こったのだとベッドの上にひどく動転した様子で

坐っていました。マーカー夫人も教授はたしかにまだ寝まきを着ていたと言っています。

 実際、彼はモーティマーの助けがなければ着がえはできず、モーティマーは十二時に来

るように言われておりました。教授はたしかに遠くで叫び声を聞いたが、それ以上何も知

らないと言っています。彼は青年の最後の言葉、《先生……あの女です》については何も

説明できませんでした。それは単なるうわ言ではないかと言っています。教授はウィロ

ビー・スミスに敵があるとは信じられないし、この犯罪の理由もわからないと言います。

教授はまず庭男のモーティマーを土地の警察へ走らせました。しばらくして警察署長から

私に迎えが来たわけです。私が行ったときには何も動かされてはいませんでしたし、家に

通じる道は誰も歩いてはいけないと厳重な命令が出されていました。シャーロック・ホー

ムズさん、あなたの日頃の説を実行してみるには実に良い事件ですよ。欠けているものは

何もありません」

「シャーロック・ホームズ氏がいないだけでね!」ホームズは幾分苦い笑みを浮かべなが

ら言った。

「さて、それじゃ伺いましょうか、君がどんな捜査をしたか」

「その前にホームズさん、この略図を見て下さい。ご覧になれば教授の書斎と、この事件

のいろいろな要点がわかりますし、これから私が話すことの参考にもなります」

 彼は、いま私がここに書くような略図をひろげてホームズの膝の上においた。私は立っ

てホームズの背にまわり、彼の肩ごしにのぞき込んだ。

「もちろん、これは非常に簡単な図ですから、私が大切だと思った点しか書いてありませ

ん。あとはご自身でおいでになればわかります。さて、第一に犯人が家にしのび込んだと

すると、どうやって彼、または彼女が入ったか? 疑いもなく庭の小道から裏口を通って

です。そこからは真直ぐ書斎に通じる廊下があります。ほかの道はどれももっと複雑です

からね。逃げ口も同じ径路でしょう。この書斎からのほかの二つの出口は、一つは階段を

おりてくるスーザンにふさがれるし、もう一つは真直ぐ教授の寝室に通じています。そこ

で私は、直ちに庭の小道に着目しました。この道はこの雨でしめっていますから、たしか

に足跡を残すはずです。


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06/26 13:48