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金縁の鼻眼鏡(4)
日期:2024-02-20 14:46  点击:228

 翌日は暴風もやんでいたが、旅をするにはいささかつらい朝であった。長い陰気なテム

ズ河の下流地帯と、じめじめした沼地に冷たい冬の陽 ひ が上がった。こうした眺めは、われ

われの共同生活のはじめの頃にアンダマン島人を追跡したことを思い出させた。長い退屈

な旅の末、われわれはチャタムから数マイル離れた小さな駅に降り立った。田舎 いなか 宿屋で

馬車の支度をしてくれる間に、われわれは大急ぎで朝食をとった。

 ヨックスリーの古荘についたときには、われわれはすぐ仕事にかかれるだけの準備を終

えていた。庭の門には警官が待っていた。

「やあ、ウィルスン、何かニュースはあったかい?」

「いえ、何もありません」

「見かけぬ奴を見たという報告は?」

「ありません。駅では、昨日は見知らぬ人の出入りはなかったそうです」

「宿屋は調べたかい?」

「はい、変な奴はひとりもおりませんでした」

「そうか、チャタムへ歩くという手もある。何者がとまるか、見つからずに汽車に乗るか

知れたもんじゃないからね。ホームズさん、これが昨夜私の言った庭の道ですよ。昨日こ

こに足跡がなかったといったのは間違いありません」

「草の上に跡があったというのはどちら側かね」

「こっちです。この道と花壇との間の細い草の上です。今はもうわかりませんが、たしか

にありました」

「そうですか。誰か通ったに違いない」ホームズは草の上にかがみ込んで言った。「例の

ご婦人は注意深く歩いたに違いない。でなけりゃ、一方は道に足跡が残るはずだし、片側

は柔かい花壇だから、もっとはっきり跡が残るだろう」

「そうなんですよ。こいつは相当のしたたかものですぜ」

 私はちらとホームズの顔をみた。

「君は、奴は逃げるときもここを通ったらしいと言ったね?」

「ええ、でなきゃ逃げようがありません」

「この狭い草地の上をね」

「もちろんですよ、ホームズさん」

「ふうむ! それは注目すべき行動だよ。非常に注目すべきだ。ところで道はこれで充分

だから、先へ行ってみよう。この庭の戸はいつも開けっぱなしなんだね。それじゃこの訪

問者は、中に入るのはわけなかったわけだな。彼女はきっと殺す下心はなかったんだよ。

もし殺 や るつもりなら、なにも机の上のナイフなんか使わずに、自分で凶器を持って来るは

ずだ。彼女は椰子の上敷があるから足跡を残さないで、この廊下を進んだ。いつの間にか

この書斎へやって来たと。どのくらいここにいたかは、判断の方法がない」

「ほんの数分ですよ。忘れてましたが、家政婦のマーカー夫人がその少し前……十五分前

だと言ってますが……ここを片付けていたそうです」

「そう。それで限定できるね。ご婦人はこの部屋に入って何をしたか? 彼女は机に近づ

いた。何のために? 抽出しの中が目あてじゃない。盗む値打ちのあるものが入っていた

なら、鍵がかかっていたはずだからね。いや、あの木製の戸棚の中のものが目あてだ。ほ

ら! 表面に引っかいたあとがあるぞ。ワトスン君、マッチをつけてくれないか。ホプキ

ンズ君、なぜこのことを言わなかったのだね」

 彼が調べている引っかき傷は鍵穴の真鍮 しんちゅう の右側からはじまって、四インチばかりニ

ス塗りの表面を傷つけていた。

「気がついていましたよ、ホームズさん。でも鍵穴のまわりにはいつも傷があるものです

からね」

「いや、これは新しい……ごく最近の傷だ。傷の部分の真鍮が光っているじゃないか。古

い傷だったらほかの表面と同じ色のはずだ。このレンズで見てごらん。ニスがまだ両側に

盛り上がっているよ。ところでマーカーさんはいませんか」

 悲痛な顔つきの年とった婦人が部屋に入って来た。

「あなたは昨日の朝、この箪笥にはたきをかけましたか」

「はい」

「この傷にお気づきでしたか」

「いえ、気がつきませんでした」

「そうでしょうね。はたきをかけたら、ニスの粉なんか飛んでしまいますからね。箪笥の

鍵はどなたがお持ちですか」

「旦那様が時計の鎖につけておいでです」

「普通の鍵でしょうか」

「いえ、チャブ鍵でございます」

「結構です。マーカーさん。お引きとり下さい。さあ、少し前進したぞ。ご婦人はこの部

屋に入って箪笥をあけたか、あるいはあけようとした。彼女が箪笥に夢中になっている間

に、ウィロビー・スミス青年が部屋に入って来た。彼女はあわてて鍵をひっこめようとし

て、戸に引っかき傷を作ってしまった。スミスが女をつかまえたので、女は手近にあった

ものをつかんでスミスの手から逃れようと彼を打った。それがたまたまナイフだったとい

うわけだ。この一撃が彼の致命傷だったわけだ。スミスは倒れ、女は目あてのものを盗む

か、失敗するかして逃げる。女中のスーザンさんはいますか? あなたが叫び声を聞いて

その直後に、このドアから誰かが逃げ出すなんてこと、できますかね」

「いえ、できないはずです。階段を降りる前に上から見通しで、誰も見ませんでしたも

の。第一、誰か逃げたならドアのあく音が聞こえたはずでございます」

「それじゃ逃げ口はこれだ。女は入って来たときと同じ出口から逃げたんだ。このもうひ

とつの廊下は教授の寝室に通じているのだったね。途中どこか出口があるかね」

「ございません」

「それじゃ行って教授にお目にかかろう。おっと、ホプキンズ君! これは重要だぞ。非

常な手がかりだ。教授の部屋への廊下にも椰子表の上敷がしいてあるぜ」

「そうですよ。それがどうかしましたか」

「事件の手がかりになるとは思わないかね? うん、まあいいさ。あえて主張はしますま

い。僕が間違っているとしよう。しかしこれは非常に興味をそそるね。さあ、行って教授

に紹介してくれたまえ」

 庭に通ずる廊下とちょうど同じくらいの長さの廊下をたどると、行きどまりに二、三段

の階段があり、それを上がると、すぐ部屋になる。ホプキンズがノックして教授の寝室に

通してくれた。それはずいぶんと広い部屋で、おびただしい書物が詰まり、棚からはみ出

たのが隅々に積んであったり、棚の上に並べられてあったりしていた。部屋の中央にベッ

ドがあり、枕に支えられて、この家の主人が起きていた。


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06/26 13:57