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スリー・クォーターの失踪(2)
日期:2024-02-20 14:53  点击:296

 ゴドフリーとは彼が部屋に入る前にひとこと、ふたこと話しましたが、なんだか顔色が

悪く、心配事でもあるように見えました。何があったか、と聞いたのですが、いや何とも

ない……ただちょっと頭が痛いんだと言うだけでしてね。僕はおやすみを言って彼と別れ

ました。

 半時間ほどたって門番がやって来て、鬚 ひげ を生やして荒っぽい表情の男が、ゴドフリー

に手紙を持って会いに来たと知らせて来ました。彼はまだ寝てはおらず、手紙を彼の部屋

に持っていったそうです。ゴドフリーは手紙を読むと牛殺しの斧 おの でなぐられでもしたよ

うに椅子の上にひっくりかえったそうで、門番は驚いて僕を呼びにこようとすると、ゴド

フリーーはそれを止めて水を一杯飲み、どうにか落ちついたというのです。

 それから彼は階下に降りて、広間で待っていた男と二、三言葉をかわし、そのまま二人

で出ていきました。門番が最後に二人を見たときには、二人ともストランドのほうへ街を

走って行ったということです。

 今朝になってもゴドフリーの部屋は空っぽで、ベッドには寝た形跡もなく、彼の持ち物

は昨夜の通り全部そのままでした。ちょっとの間に見知らぬ変な奴と出かけたまま、何も

連絡がないわけで、僕にはもう帰って来るように思えません。ゴドフリーは骨の髄 ずい まで

スポーツマンですから、よくよくの原因がなければ、練習をさぼったり、主将に迷惑かけ

たりなんぞしないはずです。なんだか彼はもう永久に帰っては来ず、二度と会えないよう

な気がするのです」

 シャーロック・ホームズは最大の注意をもって、この奇怪な話を聞いていた。

「それで君はどうしました?」ホームズは尋ねた。

「ケンブリッジへ電報を打って、あっちで彼について何か聞かないか問い合わせてみまし

た。しかし誰も知らないという返事なんです」

「ケンブリッジに帰ろうと思えば帰れたのですか」

「ええ、十一時十五分という遅い汽車がありますから」

「しかし君の確かめた範囲では、その汽車には乗っていないんですね」

「ええ、誰も見かけたものはいないのです」

「それから君はどうしました?」

「マウント・ジェイムズ卿に電報を打ちました」

「マウント・ジェイムズ卿とはなぜです?」

「ゴドフリーは孤児でしてね。マウント・ジェイムズ卿がいちばん近い親戚になるんで

す。……たしか伯父さんにあたるんです」

「なるほど、それは新しい糸口だ。マウント・ジェイムズ卿といえば、イギリスでもたい

した富豪だね」

「ゴドフリーはそんなこと言っていました」

「で、君の友だちと卿とは近しい間柄なんだね?」

「そうです。ゴドフリーは卿の相続人なんですよ。じいさんはもう八十近いし……おまけ

にひどい痛風なんです。指の関節で撞球 どうきゅう のキューをこすってチョークを節約するくら

いの男だとかいう話です。とにかくたいしたけちんぼで、ゴドフリーにはびた一文もくれ

ないんだそうですよ。しかし死んじゃえば全部ゴドフリーのものになるわけですがね」

「マウント・ジェイムズ卿からは、返電がありましたか?」

「いいえ」

「君の友だちが、マウント・ジェイムズ卿のところへ行くような動機でもあるのですか

ね」

「そうですねえ、ゆうべは彼は何か思い悩んでいたし、もしそれが金に関係のあることな

ら、僕は彼が伯父さんから金をもらったという話は聞いたこともないけど、大金持でしか

もいちばんの親戚なんだから、行くってこともあり得るんじゃないですか。ゴドフリーは

じいさんを嫌っていましたし、なろうことなら行きゃしませんでしょうがねえ」

「うん、それはすぐわかりますよ。かりに君の友だちがその親戚のマウント・ジェイムズ

卿のところへ行ったとするなら、次に、そんなに夜遅く荒っぽそうな顔つきの男が来たた

めに彼がひどく動揺したことについて、説明していただきたいが」

 シリル・オーヴァートンはもう手を頭にあてて、「そいつあ、僕にも全然わかりませ

ん」

「そうですか、今日は別段用もないから、喜んでこの事件を調べてみましょう」とホーム

ズは言った。「君は友だちのことはさておいて、試合の準備をしたほうがよいと僕は思い

ますね。君も言ったように、そんなふうに彼がいなくなったというのは万止むを得ざる事

情があったからでしょうし、同じ必要で彼は当分、行ったきりかもしれませんよ。一緒に

ホテルに行ってみましょう。門番が新しい手がかりを提供してくれるかもわかりませんか

らね」

 シャーロック・ホームズは身分の低い証人でも、固くさせない術においては老練だっ

た。彼はゴドフリー・スターントンがいなくなってしまった部屋で、あっというまに門番

の知る限りのことを話させてしまった。

 ゆうべ訪ねて来た男は紳士ふうではなかったが、といって労動者ふうでもなかった。そ

の男は門番の表現によると「えたいの知れぬ奴」で、五十がらみの、鬚 ひげ は半白で、顔色

の悪い、じみな服を着た男だったという。門番は男が手紙をさし出した際、その手が震え

ているのを認めていた。

 ゴドフリー・スターントンはその手紙をポケットにつっこんだ。スターントンはその男

とは広間で握手はしなかった。二人はちょっと話し合っていたが、門番が聞きつけた言葉

はただひとこと、「時間」ということだけだった。それから二人は前に述べたような様子

で急いで出ていったのだ。広間の時計がちょうど十時半を指していた。

「ところでね」ホームズはスターントンのベッドに腰をおろしながら言った。

「君は昼間の門番さんだね、違う?」

「はい、十一時までなんです」

「夜勤の門番さんは何も知らないんだろうな?」

「はい、劇場からお帰りの遅いお客が一組ございましたが、ほかにはどなたも」

「昨日は君、一日じゅう働いていたの?」

「さようでございます」

「スターントンさんには、べつに手紙も来なかったかい?」

「一通、電報がまいりました」

「ほう! それは面白いぞ。何時頃だった?」

「六時頃でございました」

「受け取ったとき、スターントンさんはどこにいたかね?」

「あの方のお部屋でした」

「彼が電報を開いたとき、君はいたの?」

「もしやご返事でもお打ちになるかと思いまして」

「うん、それで?」

「ご返事をお書きになりました」

「それ、君が打ったのかい」

「いいえ、ご自分でお打ちになりました」

「でも彼は君のいる前で書いたんだろう?」

「はい、でも私はドアのところに立っておりましたし、あの方は机に背をむけてお書きで

した。書き終えますと《いいよ、君、僕が打つから》とおっしゃいまして」

「彼は何で書いていた?」

「ペンでした、はあ」

「頼信紙はテーブルの上のあれだね」

「さようでございます、いちばん上の一枚を」

 ホームズは立ち上がって頼信紙の綴りをとり上げ、窓のそばで表面を注意深く調べた。

「彼が鉛筆で書いてくれているとありがたかったんだが、まあ」ホームズはそう言って、

がっかりしたように肩をすくめて頼信紙をほうり出した。

「ワトスン君、君もちょいちょい見たことがあると思うが、鉛筆の書きあとは下の紙まで

通るものさ……それがために幸福な結婚が破談になったことさえあるぐらいだ。ところが

これには全然あとが残っていない。しかしありがたいことに、彼は先のふとい鵞 が ペンで書

いているから、きっとこの吸取紙には何かあとが残っているよ。ほら、あった、これだ

よ!」

 彼は一枚の吸取紙を破ってわれわれにさし出した。それはわけのわからないものであっ

た。


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06/26 14:03