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スリー・クォーターの失踪(4)
日期:2024-02-20 14:54  点击:277

「ワトスン君、当たってみる価値はあるぜ」ホームズは言った。

「もちろん正当な理由があれば頼信紙の綴りを見せろと言えるけれども、まだその段階ま

で進んでいないからね。こんな忙しい時間だから、顔を覚えられる気づかいもあるまい、

ひとつ当ってみようじゃないか」

「ちょっとお邪魔しますが」ホームズは窓口にいた若い女に物柔らかな様子で言った。

「昨日うった電報でちょっと間違ってしまって、まだ返事が来ないんです。おしまいに

こっちの名を書くのを忘れちまったらしいんですよ。ちょっと見て頂けませんでしょう

か」

 若い女は頼信紙の綴りをめくって、

「何時頃でした?」と聞いた。

「六時少し過ぎたころでした」

「どなたあてなんですか」

 ホームズは口に指をあてて、ちらと私を眺めて言った。

「最後の文句は《頼ムカラ》っていうんです」

 彼はいかにも内緒ごとのように声を低めて言った。「返事が来ないもんで、心配してい

るんです」若い女は一枚の頼信紙をひきはがして窓口に差し出した。

「これですね、名前がありませんわ」

「ああ、やっぱりね、返事が来ないわけだ。なんて僕はあわて者なんだろう。どうもあり

がとうございました。おかげで納得がいきました」

 ふたたび表に出ると、ホームズはくすくす笑いながらもみ手をした。

「それで?」私が聞くと、

「ワトスン君、一挙に前進したぞ。僕は電報を見るために七通りの計略を考えていたんだ

が、その第一回でうまくいくとは思わなかったよ」

「何がわかったんだい」

「捜査の出発点さ」ホームズは手をあげて辻馬車をとめた。

「キングズ・クロス駅まで」彼は言った。

「すると旅に出かけるのかい」

「そうだよ、どうやらケンブリッジに行かなきゃならないらしいよ。すべての徴候がその

方向を指しているんだ」

「ねえ君」私はグレイズ・イン通りを走らせていく馬車の上で尋ねた。

「なにか、この失踪の原因について当たりがついたのかね? 今まで扱って来た事件のな

かで、今度みたいに動機のはっきりしないのはなかったように思うんだが。金持の伯父の

資産について情報を得ようとして誘拐したと、本当に考えているんじゃなかろうな?」

「いやたしかに、ワトスン君、たいして根拠のある説明だとは僕も思っていないさ。でも

あの苦々 にがにが しい老人には最も効果のある説明だと思ったからね」

「そりゃ、たしかにそうだったよ。しかし君は本当はべつに考えがあるんだろう」

「いく通りにもいえるけれどね。だいたい事件が大事な試合の前夜に起こって、しかも

チームになくてはならぬ人間がその中心人物だというのは、君だって奇妙で、暗示的だと

は思うだろう。もちろん、これは偶然かもしれない。それにしても興味あることだよ。ア

マチュア・スポーツでは賭けはないことになっているが、実はかなり多くの人が賭けてい

るからね。だから競馬ゴロが騎手を買収するみたいに、選手を誘拐することも考え得るこ

とだ。これが第一の説明だが、第二に、あの青年は今でこそ貧乏だが、莫大 ばくだい な財産を相

続するのがわかっているから、身代金目当てに仕組んだことだと考えることもできる」

「しかし、それじゃ電報の説明にはならんよ」

「その通りだよ、ワトスン君。あの電報こそがわれわれに与えられている唯一のものだ。

だから当然あの電報を等閑視 とうかんし してはならない。今こうしてケンブリッジに向かってい

るというのも、あの電報を打った目的を明らかにするためなんだ。現在の捜査段階では漠

然としているが、夕方までに万事明らかになるか、数段前進するかしなければオヤオヤだ

よ」

 古い大学町にわれわれがついたときはもう暗くなっていた。ホームズは駅で辻馬車を雇

い、レズリー・アームストロング博士の宅へと命じた。

 数分の後、馬車は繁華な通りに面した大邸宅の前にとまった。招じ入れられてから、だ

いぶん待たされて診察室に通された。博士が机の向こうに坐っていた。

 私がレズリー・アームストロングの名前を知らなかったといえば、いかに私が本来の職

業をおろそかにしているかがわかる。今は私は彼がケンブリッジの医学部の主任教授であ

るばかりでなく、科学の多くの分野にわたってヨーロッパじゅうに名の聞こえた人物だと

知っている。しかしそうした立派な履歴は知らなくても、一瞥 いちべつ して、その角ばった重々

しい顔、太い眉の下の考え深そうな目、石のようにがっしりした不屈な頤 おとがい を見れば、強

い印象を受けない人はあるまい。深みのある人柄で、敏活な精神の持ち主、厳格で克己心

こっきしん に富む……そのように私はレズリー・アームストロング博士を感じた。彼はホームズ

の名刺を手にして、あまりよいご機嫌ではなさそうな顔つきでわれわれを迎えた。

「お名前は存じております、シャーロック・ホームズさん。ご職業についても知っており

ますが、私としてはあまり賛成しかねるものの一つですな」

「そのことについてなら、世のすべての犯罪人も先生と同意見ですね」ホームズは冷静に

言った。

「あなたのご努力が犯罪を防ぐことに向けられる限り、一般の支持を受けられることは当

然と思いますが、そうした目的なら公の組織で充分ではないかと思います。探偵というあ

なたの職業にしばしば批判の目が向けられる点は、探偵はとかく個人的な秘密の問題にま

で口ばしを入れ、隠しておきたい家庭内の内緒ごとまでほじくり出すからです。あなた方

はそうやって時間をつぶしていらっしゃるが、されるほうの身になってみれば、あなた方

より忙しいのですよ。言ってみれば、この今にしたって、私はあなた方に会っているひま

には論文を書いていたいのだ」

「たしかにお説の通りかもしれません、先生。しかし論文よりも私たちとの話のほうが重

大なことであるかもしれません。ちょっと申し上げたいのですが、私たちは今、先生が非

難なさったこととはまったく反対なことをやろうとしているのです。つまり警察沙汰にな

れば、当然一般にも知られてしまうような個人的な問題を、内輪で片づけようとしている

のです。ですから先生は私どもを、正規軍の警察に先立って仕事を済ませてしまおうとす

る不正規の前線工兵とお考え下さるとよいのです。私はゴドフリー・スターントン君につ

いてお尋ねしようとおうかがいしたわけです」

「彼のどんなことです?」

「先生は彼をご存じでいらっしゃいますね?」

「ごく親しい間柄です」

「行方不明になったことはご承知ですか」

「え、行方不明!」しかし博士の不愉快気な顔つきはいっこう変わらなかった。

「昨夜ホテルを出て、それきり行方がわかりません」

「いや、また帰って来るにきまってますよ」

「明日は大学のラグビーの試合があるわけなんですがね」

「私はそんな子供じみたゲームには全然関心がありません。私は彼をよく知っているし、

好きな青年だから、行方不明になったことはおおいに心配だが、ラグビーの試合なんて私

には何の興味もありませんね」

「スターントン君の行方捜査にご協力いただけませんか。どこにいるかご存じないでしょ

うか」

「そんなこと、もちろん知りませんよ」

「昨日からお会いになっていらっしゃいませんね」

「全然」

「スターントン君という人は身体は丈夫な人ですか」

「いたって丈夫ですね」

「病気をしたことはありませんでしたか」

「知らないですね」

 ホームズは博士の眼前にひょいと一枚の紙をさし出して言った。


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06/02 07:56