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第二のしみ(4)_ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 ハドスン夫人が盆に婦人の名刺をのせて入ってきた。ホームズは一瞥 いちべつ して、目を見張

り、それを私に渡しながら、

「ヒルダ・トリローニー・ホープ夫人に、どうぞお上がり下さい伝えて下さい」

 この朝、すでに大政治家を迎える光栄に浴しているわれわれのつつましい部屋に、今度

はロンドンで最も美しい女性の来訪を受けることになった。私はかねてベルミンスター公

爵の末娘の美しさを聞いていたが、いくら説明を聞いたり、色のない写真を眺めたりして

も、あの微妙な実物の、名状しがたい魅力と美しい品格とは別種のものと思わざるを得な

かった。しかしこの秋の朝、私たちが見たものは、観察者を真っ先に印象づけるような、

飛び切り上等な美しさを発揮していはなかった。頬は愛らしかったが、感動で青ざめ、目

には輝きがあるが、それは熱を帯びた輝きであった。鋭敏な口もとは自制心の努力もあっ

て、固く結ばれ、ゆがんでいた。この美しい訪問客が一瞬、戸口の所で立ちすくんだと

き、まずわれわれの目に入ったのは、美しさではなく恐怖であった。

「夫がこちらに参ったのでございましょうか」

「はい、おみえになりました」

「ホームズさん、どうぞ私がこちらに伺いましたことを夫にお知らせにならないようお願

いいたします」

 ホームズは冷やかにお辞儀をして、手真似で椅子をすすめた。

「あなたのような方からそう言われますと、たいへんむずかしいご注文と申さねばなりま

せん。どうぞお坐りになって、どんなご希望ですかお伺いいたしましょう。でも私として

無条件の約束はいたしかねますことをご了承ください」

 彼女は部屋をずっと入って来て、窓を背にして坐った。それは威厳のある態度であっ

た……背が高く、優雅で、しかもきわめて女らしさがあった。

「ホームズさん」彼女は白い手袋をはめた手を握ったり開いたりしながら話し出した。

「こちらが率直にお話しいたしましたら、あなたもそうして頂けると思いまして。実は私

と夫の間には、一つのことを除きましては他は何事でも信頼し合って、かくしてはおりま

せん。その一つのこととは政治でございます。このことになりますと、堅く口を閉ざして

しまいます。何ひとつ私に申しません。さて、昨夜、私の家にたいへん悲しいことが起こ

りました。ある書類が紛失したのです。でもそのことが政治的なことなので、夫は何も打

ちあけてくれません。私としましては、そのことを完全に理解しますことが重要なので

す。政治家のほかに、真相を知っているはあなただけでございます。それでホームズさ

ん、本当のことを、そしてそれがどういうことになりますのか、どうぞおっしゃって頂き

とうございます。ホームズさん、どうかみなおっしゃって下さい。夫が黙っているように

と申したとしても、どうぞ気にかけないで下さい。私としましては、秘密を完全に知りま

すことが、最も夫の利益に役だつことと信じています。盗まれた書類は、何なのでござい

ましょうか」

「奥さん、おたずねの件は、私には不可能なのです」

 彼女はうめき、両手で顔をおおった。

「どうしてできないかは、奥さんも了解してもらわねばなりません。ご主人がこの問題で

あなたに打ちあけないのが適当だと思っているものを、職業上、秘密の約束で知り得たに

すぎない私が、真相を教えることができるものでしょうか。私におたずねになるのは、無

理というものです。ご主人にお聞きなさい」

「主人にはもうたずねました。私は最後の頼みとして、あなたの所へ参ったのでございま

す。何も明確にはおっしゃれないのでしたら、せめて一つのことだけ教えて頂ければ幸い

でございます」

「とおっしゃると?」

「この事件のために、夫の政治生活が打撃を受けることになりましょうか」

「そうですね、うまく収まりませんと、たいへん不幸な結果が生まれてくるでしょうね」

「ああ!」疑惑が明らかになったとでもいうように、深く息を吸い込んで、

「もうひとつだけ、ホームズさんお願いします。この災難の最初のショックで夫が見せま

した表情から判断いたしまして、この書類が紛失しますと、世間に何か重大な影響を及ぼ

すのでしょうか」

「ご主人がそうおっしゃったのなら、否定はいたしません」

「その影響とは、どんな性質のものなのでしょうか」

「いや、奥さん。あなたはまたまた私のお答えできないことをおたずねになっていらっ

しゃる」

「では、もうこれ以上ご迷惑はおかけいたしません。あなたがもっと自由なお気持でお話

し下さらなかったと申して、決しておとがめはいたしません。あなたのほうでも、私が夫

の意志に反してまで、夫の心配を分ちたいと思っておりますことを、どうぞ悪く思わない

で下さいまし。重ねてお願いいたしますが、ここへ参りましたことは、どうかご内聞 ないぶん に

して下さいますよう」

 夫人は戸口の所で振りかえったので、私はあの美しい悩ましげな顔、ハッとした眼ざ

し、一文字に結んだ口元などを、もういちど見ることができた。彼女はそれから出て行っ

た。

 ドアがしまって、夫人の衣 きぬ ずれの音が聞こえなくなると、ホームズは微笑を浮かべ

て、

「ねえ、ワトスン君、女性は君の専門だ。あの美しい夫人のもくろみは何だと思う? 彼

女は何が実際に欲しかったのだろう」

「言うことははっきりしていたし、彼女の心配もこれは当然だろう」

「ふん。あの様子や、態度や、かみ殺したような興奮や、落ちつきのなさや、質問すると

きの粘り強さなんかを考えてみたまえ。それに軽率には感情を表わさない家柄の生まれな

んだよ」

「たしかに相当、動揺していたね」

「また、自分がすべてを知ることが、夫にとっていちばんいいんだと言ったときの、あの

妙な真剣さを憶 おぼ えているだろう。あれはどういうつもりなんだろう。それに見ていたろ

うが、光線を背にして立っている、如才 じょさい ない手を使っていたろう。あれは表情を読みと

れないようにしたのだよ」

「そうだ。そういう椅子を選んだね」

「しかし女の動機というのは測りがたいものでね。同じ理由から僕が疑った《マーゲット

の女》のことを憶えているだろう。鼻の上にお白粉 しろい をつけていないこと……それが正解

だとわかったね。そんな流砂みたいなものの上に家が建てられるものかい。あんな些末 さまつ

な活動が、案外大きな意味を持つことがあるし、そうかといって、えらく異常な行動がヘ

ヤピン一本次第だったり、カールごてのためだったりする。ではまた、ワトスン君」

「おや、もう行くのかい」


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