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第二のしみ(8)_ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 夫人はいたく驚いて、その美しい顔からさっと血の気がひいた。目は光沢を失い、よろ

めいた。気絶するなと思っていると、非常な努力で、衝撃から立ち戻ると、限りない驚愕

きょうがく と憤激で顔いっぱいにしながら、

「あ、あなたは侮辱なさいますのね」

「さあ、さあ、奥さん、そうおっしゃっても無益なことです。お手紙をお出し下さい」

 彼女は呼鈴のほうへ跳んで行った。

「執事に送らせましょう」

「ベルを鳴らすのはお止しなさい。そうしませんと、スキャンダルを起こさせまいとする

私のせっかくの努力も、おじゃんになってしまいます。手紙をお出しなさい。そうすれば

万事うまくゆくのです。私の申した通りになさいますと、万事うまく収めることができま

すが、反対なさいますと、あなたのことをあばかねばなりません」

 彼女は堂々と挑戦的に立ちつくし、その姿は威厳をみせ、目はホームズの心を読みとろ

うとするかのように凝視 ぎょうし していた。手は呼鈴の上においているが、鳴らすのを控えてい

た。

「あなたはおどかそうとなさいますのね。ここへ参って、女をおどかそうとなさるのは、

あまり男らしいことじゃございませんわ。何か知ってらっしゃるようなことをおっしゃい

ますけれど、それはどんなことでございますか」

「まあ、お坐りになって下さい。そんな所でお倒れになったら、怪我をなさいますよ。お

坐りになるまではお話しいたしません。そう、ありがとう」

「ホームズさん、五分間だけ猶予 ゆうよ いたします」

「一分で結構です、奥さん、あなたがエデュアルド・ルーカス氏宅をお訪ねになったこと

や、この文書を、彼に渡したことを存じております。また昨夜、あなたが巧妙なやり方で

その部屋に行かれたことや、絨毯の下の隠し場所から、手紙をお取りになったことも存じ

ております」

 彼女は蒼白な顔で彼を見つめ、何か言おうとして、二度まで唾 つば をのんで、ようやく、

「あなたは気ちがいです! ホームズさん、あなたは気ちがいです」と彼女は叫んだ。

 彼はポケットから、一枚の小さな厚紙をとり出した。それは女の肖像を顔だけ切りとっ

たものであった。

「これが必要になるかもしれないと思って、持ち歩いていたのですが、巡査に見せたら、

この人だと言ってましたよ」

 彼女は息切れがして、頭を椅子の背にもたせた。

「さあ、ヒルダさん。あなたは手紙を持っていらっしゃいます。問題はまだ収拾できるん

です。私はあなたにご迷惑をかける気持はありません。私の義務は、紛失した手紙をご主

人の手許に帰すことで終るのです。どうぞ私の言うことをきいて、素直な気持になって下

さい。それがあなたの唯一の好機なのです」

 彼女の勇気はたいしたものだった。今に及んでもなお自分の敗北を認めなかった。

「もういちど申し上げますが、あなたは何か勘違いをしておられるのじゃないでしょう

か」

 ホームズは椅子から立ち上がった。「ヒルダさん、お気の毒です。私もあなたのために

全力を尽しました。でもそれはみな無駄だということがわかりました」

 彼は呼鈴を鳴らした。執事が入って来た。

「トリローニー・ホープさんはご在宅ですか」

「一時十五分前にお帰りの予定です」

 ホームズは時計を見た。

「もう十五分ですね。よろしい、待ちましょう」

 執事が部屋を出るや否や、ヒルダ夫人はホームズの足許にひざまずいて、両手をのばし

た。仰向いた美しい顔は、涙で濡れていた。

「許して下さい、ホームズさん、許して下さい」彼女は熱狂的な哀願をして、「どうぞ主

人にはおっしゃらないで! あの人を愛しております。夫の生活にひとつでも暗い影を投

げたくございません。これを知りましたら、夫の気品の高い心をどんなに傷めることでご

ざいましょう」

 ホームズは夫人を立たせた。

「この最後の瞬間に、あなたが迷いをさまして下さったのはありがたいことです。さ、時

間がございません。手紙はどこにあるのでしょう」

 彼女は書き物机のほうへ走り寄って、鍵をはずし、長い青い封筒を取り出した。

「ここにございます。あ、こんなものが目につかなければよろしかったのですが」

「はて、どうやって返しましょうかね。早く何とか方法を考えなくちゃ! 文箱はどこに

ありますか」

「まだ夫の寝室にございます」

「何と幸運なめぐり合わせ! 早く奥さんここへ持って来て下さい」

 すぐに彼女は手に赤い平たい箱を持って現われた。

「前にどうやって開けましたか。合い鍵をお持ちですね。そう、もちろん持っておられる

はずです。お開け下さい」

 胸の奥からヒルダ夫人は小さな鍵を取り出した。箱は開かれた。中には書類がぎっしり

詰められていた。ホームズはその中の奥のほうへその青い封筒を押しこんで、中をしめ、

鍵をかけ、主人の寝室へ持ち帰った。

「さあ、もう準備ができました。まだ十分あります。あなたのことはかばってあげましょ

う。そのお返しに、残りの時間は異常な事件の真相を率直にお話しして頂きたいのです」

「ホームズさん、何もかもお話しいたしましょう。私は夫を少しでも悲しい気持にさせる

くらいなら、右手を切り落したほうがよいと思っているくらいなのです。ロンドンじゅう

で私ほど夫を愛した女はございますまい。でも夫が私のしました行ないを……止むなくし

ました行ないを知りましたら、許してはくれませんでしょう。名誉というものをたいそう

重んじる人なので、忘れもしませんし、心得ちがいも許してくれません。ホームズさん、

お許しください。私の幸福や、夫の幸福や、私たちの生活がかけられているのです」

「早くおっしゃって下さい。時間がないのです」

「ホームズさん、私が結婚前に書きました軽率な手紙……甘い女の、一時の衝動で書きま

した手紙がございます。悪いことは何も書いてなかったつもりですが、夫は罪悪だと思う

かもしれないのです。もし夫が読みましたら、信頼は永久に失われます。書きましてから

数年は経ております。そのことはみな忘れられたことだと思っておりましたのに、この

ルーカスという男から、お前の手紙を手に入れたから、これを夫に見せるつもりだと言っ

てよこすのです。

 私は慈悲を嘆願しました。あの男は、私が、夫の文箱に入っている、これこれの文書を

渡せば、私の手紙を返してやるというのです。そこにあることを、役所におりますスパイ

から聞いて、知っていたのでございます。渡しても、夫に何の迷惑を与えることはないと

言います。ホームズさん、私の立場になってお考え下さい。どういたせばよかったでしょ

う」


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