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第三卷 第二話  カレーライス 2_鴨川食堂(鸭川食堂)_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
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  「まだ歩くの?」
  文則は、うらめしそうに信夫を見あげた。
  「もう少しやから頑張って歩きなさい」
  信夫はつないだ手に力を込めた。
  烏丸七条を北に歩き、ようやく正面通まで行きつき、期待と不安が入り交ざった複雑な気持ちを抱えながら、文則の手を握りなおした。
  「お店に入ったら、ちゃんとあいさつするんだよ」『鴨川食堂』の前まで辿たどりついて、信夫は居住まいを正した。
  「うん。カレーのいい匂いがするね」
  文則が鼻をひくつかせた。
  「こんにちは」
  ゆっくりと引き戸を開けて、信夫が敷居をまたいだ。
  「ようこそ。おこしやす」
  白衣姿の流が出迎えた。
  「こんにちは」
  文則が気をつけをして、大きな声を上げた。
  「孫を連れてきてしまいましたが、よかったでしょうか」信夫が流の顔を覗きこんだ。
  「大歓迎ですがな。ぼん、よう来てくれたな」屈かがみこんで流が文則の頭を撫なでた。
  「お話ししていたお椀をお持ちしました」
  信夫が手提げ袋を流に渡した。
  「ぼくが文則くんやね。辛いカレーやけど大丈夫なん?」こいしも流の隣に屈んだ。
  「うん。辛くなかったらカレーじゃないもん」文則が口を尖らせた。
  「うん、やなくて、はい、だろ」
  信夫が文則の頭を押さえた。
  「持って帰ってもらおと思うてたカレーは、お孫さん用に、辛さを少しだけ控えておきましたんで、ぼんには、それをお出ししますわ」立ちあがって、流が厨房に急いだ。
  「連絡もせずにいきなり連れてきて、失礼しました」信夫がこいしに頭を下げた。
  「いーえぇ。お会いできて嬉しいですわ」
  テーブルに二枚のランチョンマットを敷いて、こいしが笑みを返した。
  「よくこんな短期間で捜していただけましたね」文則を座らせてから、信夫がパイプ椅子に腰かけた。
  「お父ちゃんのことやから、間違いはないと思いますけど、もしも違うてたら、ごめんなさいね」
  こいしが文則に語りかけた。
  「うん、あ、はい。大丈夫です」
  文則が声を上ずらせた。
  「ほんまにおりこうさんやねぇ。おじいちゃんが言うてはったとおりやわ。けど、そんな緊張せんでええねんよ」
  こいしが文則の両肩をほぐした。
  「辛さに慣れさせておこうと思って、先週の日曜日に近所のカレー屋へ連れていったのですが、中辛をぺろりと平らげましたよ」
  「そうなんですか。うちよりおとなやわ。おねえちゃんはね、マイルドしか食べられへんのよ」
  こいしが耳元で声を小さくすると、文則が笑みを浮かべた。
  「うちの家内も同じでした。カレーだけやなくて、辛いもの全般を苦手にしていましたね。でも葉子はわたしに似たのか、かなりの辛党でした。寿司屋なんかでも、子どものころから多めに山葵わさびを入れてもらっていました。きっと文則もその血をひいているのでしょう」
  信夫が嬉しそうに話した。
  「こいし、そろそろ用意してくれるか」
  厨房との境に掛かる暖簾の間から、流が顔を覗かせた。
  こいしは紙ナプキンで先を包んだスプーンをランチョンマットの上に置き、氷水の入ったコップをその上に並べた。
  「どんなカレーが出てくるのかなぁ」
  文則が立ちあがって、厨房を覗きこんだ。
  「愉しみだね」
  信夫も文則と同じほうに視線を向けた。
  「味見したけど、ホンマに美味しいカレーやねんよ」こいしがサラダと漬物を並べる。
  「さあ、できたで」
  流がカレーを運んできて、文則の前に置いた。
  「そうそう、こんな感じのカレーでした」
  信夫が横から覗きこんだ。
  「すごくいい匂いがする」
  文則がカレーに鼻を近づけた。
  「お待たせしましたな」
  流は一礼してから、信夫の前にカレーを置いた。
  カレーライスは、ぼってりとした厚みのある立たち杭くい焼やきの器に盛り付けられている。
  皿にご飯を押し付けたように、平べったく広げられた盛り付けは、葉子が作ったのと同じだ。ほとんどトロミのない、サラサラのカレーソースがご飯に染み込んでいるところも、あの日と同じ。角切りの肉が五切れ、カレーライスの真ん中に載っているし、ミンチもちゃんと混ざっている。
  「ありがとうございます」
  信夫が腰を浮かせた。
  「熱いうちにどうぞ召し上がってください」
  流が目で合図を送り、こいしと一緒に厨房に入っていった。
  「おじいちゃん、食べてもいい?」
  紙ナプキンをほどいて、文則がスプーンを構えた。
  「ちゃんと、いただきます、を言ってからな。かなり熱そうだから火傷やけどしないように、ふーふーしながら食べるんだよ」
  信夫は手のひらを合わせてから、スプーンを手にした。
  「いただきます」
  文則は目を輝かせて、カレーを口に運んだ。
  「どうだ。美味しいか」
  信夫が訊いた。
  「うん。すごい美味しい。おじいちゃんも早く食べないと」口をもぐつかせながら、文則が答えた。
  「よし。おじいちゃんも食べるぞ」
  信夫があわててスプーンでカレーを掬すくった。
  スプーンを口に入れて、信夫が大きな声を上げた。
  「旨い。これだ、この味だよ」
  「びっくりしたぁ。おじいちゃん、そんな大きな声を出さないでよ」「ごめん、ごめん。そっくりな味だったから」「何にそっくりなの?」
  文則はスプーンを持つ手を止めた。
  「今朝、言っただろう。ママがおじいちゃんに作ってくれたカレー」「そうだった。ママのカレー……。美味しいね」文則がまたスプーンでカレーを掬った。
  ◆
  〈あの人、お父さんが思っているほど、悪い人じゃないよ。反対しててもいいから、式だけは出てくれないかな。ウエディングドレスを見せたいんだ〉〈今からでも遅くはないぞ。式場のキャンセル代くらい出してやるから〉向かい合ってカレーを食べたときのことを、信夫は思い出していた。
  〈昔から、言い出したらきかないお父さんだってことは、わかっているけどね〉葉子が哀かなしそうな声を出した。
  〈お前も同じじゃないか。絶対に後には引かない。きっと先で後悔するぞ〉ふたりは、途切れることなくスプーンを動かし続けた。
  〈このカレー、美味しいでしょ〉
  葉子は小指で目尻を拭った。
  〈ああ。こんな旨いカレー、あんな男に食わせるんじゃないぞ〉〈まだ、そんなこと言ってる〉
  呆あきれたように、葉子が肩をすくめた。
  〈やっぱり肉は旨いな〉
  〈お肉だけじゃなくて、お魚も食べないと身体からだに悪いわよ〉〈もう、この歳まで生きたんだから、あとは好きなものだけ食べるさ〉ほとんど空になった皿にスプーンを動かす音だけが響く。
  〈ごちそうさま〉
  葉子は食べ終えた皿を流しに持っていった。
  〈そのままでいいよ。お父さんが洗っておく。いつもやってるんだから〉〈そんなわけにいかないわよ〉
  水を流す音と葉子の背中が重なる。
  〈葉子〉
  〈なに? お父さん〉
  水を止めて、葉子が振り向いた。
  〈いつでも帰ってきていいぞ〉
  〈……。そんな弱い娘に育ててこなかったでしょ〉葉子は洗い終えた皿を、水切りかごに立てかけた。
  ◆
  「おじいちゃん、どうしたの?」
  信夫は文則の声で我に返った。
  「あんまり美味しいから、食べるのが惜しくなってな」「おじいちゃんが要らないんだったら、僕が食べてあげるよ」文則の皿には、ほとんどカレーが残っていない。
  「そんなに気に入ったのか。だったら、これも食べていいぞ」信夫がふたりの皿を入れ替えた。
  「よかったらお代わりをお持ちします。たんとありますさかい」気配を察知して、流が銀盆を持って、厨房から出てきた。
  「鴨川さん。頼んでおいて、こんな言い方もおかしいかもしれませんが、どうして、あの日と同じカレーを作れたんです? まったく同じ味なので驚いているのですが」「まずは、ゆっくり召し上がってください。お話はその後で」流が文則に視線を走らせた。
  文則の前にお代わりが置かれたのを見てから、改めて信夫はカレーを味わってみた。見た目だけではなく、味もまさしく葉子が作ってくれた、あの日のカレーと同じであることに、驚いている。
  どこか懐かしい味がするのは、このカレーのせいなのか、それとも葉子との時間を懐かしんでいるからなのか。きっとその両方なのだろうと思いながら、信夫はじっくりとカレーを味わい、ご飯のひと粒も残さず、皿を空にした。
  お代わりは少なめに盛ってくれたのだろう。文則は二皿目も平らげそうな勢いだ。
  「ママが作ってくれたカレー、すごく美味しかった」満ち足りた表情で、文則がスプーンを皿に置いた。
  「違うんだって。ママが作ってくれたカレーを、この食堂のおじちゃんが、そっくりに作ってくれたんだよ。ママが作ったんじゃない」「じゃあ、ママの真似っこってこと?」
  「まぁ、そんなとこやな。ママが作らはったカレーがあんまり美味しいから、おっちゃんが真似したんや」
  厨房から出てきて、流がコップに水を注つぎ足した。
  「そうかぁ。真似っこはダメだけど、美味しかったから許してあげる」「文則、そんな失礼なこと言うんじゃない。鴨川さん、すみませんね」文則をにらみつけてから、信夫は中腰になって頭を下げた。
  「ええんでっせ。真似ただけの料理はアカン。ぼんの言うとおりですわ」流が苦笑いした。
  「そろそろ種明かしをしていただけますか」
  水を飲み干して、信夫が流に向き直った。
  「文則くん、動物は好き?」
  こいしの問いかけに文則は目を輝かせる。
  「大好き。ゾウとかキリンとか」
  「猫はどう?」
  「猫も好き。毎日カズトくんの家の猫と遊んでる」「二軒隣の友だちの家によく遊びに行ってるんです」信夫が言葉を足した。
  「おねえちゃんと一緒に猫と遊ぼうか」
  「うん」
  言うが早いか、文則はすっと立ちあがった。
  こいしと文則が店から出て行ったのをたしかめて、流は信夫と向かい合って腰かけた。
  「こんなカレーで合うてましたか」
  「合うも何も、まったく同じ味でした。味だけじゃなく、見た目もそっくりなのに驚きました。手品を見せられているようです」
  信夫が息を荒くした。
  「これは或るお店のカレーでしてな。五年ほど前に店仕舞いしましたけど、京都の木屋町にあった『いんでぃか』というカレー専門店のレシピを再現したものなんですわ」「『いんでぃか』ですか。聞いたことがないですね。京都では有名な店だったんですか?」
  「知る人ぞ知る、という感じでしたな。わしも聞いてはおったんですけど、結局行けずじまいで」
  「葉子がなぜその店のことを?」
  信夫がテーブルに身を乗りだした。
  「順を追うて、お話しさせてもろてもよろしいかいな」「お願いします」
  信夫が背筋を伸ばした。
  「最初に訪ねたんは、女子寮の食堂でした。特別に入れてもらいましたんや。料理長と呼ばれてはるァ⌒チャンが、葉子さんのことをよう覚えてはりましてな。葉子さんは〈ァ~アサン〉と呼んではったみたいですが、その方から学生生活のことをあれこれお聞きしました」
  「実の娘のように可愛がってくれる人がいる、と言ってたのが、その人ですね。でも、くだらん男と付き合っていたとか、どうせろくなことじゃないでしょう?」信夫が眉をひそめた。
  「お嬢さんが付き合ってられた男性については、松林さんのお話のとおりでした。料理長さんも言うてられました。葉子さんみたいな聡明な女性が、なんであんな男に、と。このことだけはお孫さんに聞かせとうなかったんです。自分の父親が他人さんから悪ぅ言われてるてなこと、小さいお子さんでもええ気はしませんしな」「お気遣いありがとうございます。わたしも気を付けなくては」「その男性は学費にも不自由するほど貧しい暮らしぶりやったそうで、それを見かねた葉子さんは、家庭教師のアルバイトをして助けてあげてはったらしいんですわ」「馬鹿な娘だ」
  信夫が吐き捨てるように言った。
  「そのバイト先のお宅を訪ねてみましたんや。石いし原はらさんという方なんですけど」「お手間をかけました」
  「葉子さんはその当時、小学校五年生のお子さんを教えてはったそうで、その子のお母さんは、葉子さんのことをえらい褒めてはりました。まじめで礼儀正しいて」「そのことだけは厳しくしつけましたから」
  信夫が胸を張った。
  「家庭教師のアルバイトだけでは足らんかったようで、週末には別のアルバイトをしてはったんやそうです。それがさっきお話しした『いんでぃか』というカレー屋でしたんや」
  「葉子はそこでこのカレーを覚えたんですね」「週末だけというても、二年間勤めてはったみたいですから、見よう見まねで覚えはったんでしょう」
  「だけど、そのお店はもう無いんでしょ。どうやってこのカレーを?」「『いんでぃか』を葉子さんに紹介したのが、石原さんやったんです。『いんでぃか』の女主人と石原さんは同級生やったそうで、お店を閉めた後もずっと付き合いがありましてな」
  ひと息つくように、流がコップの水を飲みほした。
  信夫は次の言葉を待ちかねるように、流の口元をじっと見つめている。
  「『いんでぃか』の暖簾分けみたいな店が姫路にあることを教えてくれはったんです。昔の『いんでぃか』と同じカレーが食べられるて言うて。その姫路のお店も同じ『いんでぃか』という屋号なんですが、石原さんがそこのご主人を紹介してくれはりました」「姫路まで……。ご足労をおかけしました」
  「姫路いうても、京都からは新快速乗ったらすぐですがな。駅からはかなり歩きましたけど」
  流が姫路の『いんでぃか』の写真を見せた。
  「ァ》ャレなお店ですね」
  「不便な場所やのに、よう流は行やってました。他にはない味ですさかい、当然ですけど」
  「いつでもこのカレーが食べられるなら、わたしだって姫路まで行きます」「門外不出のレシピやと思いますが、特別にヒントだけ教えてもらいました。石原さんの紹介やから特別や、ていうて。そこに葉子さん流のアレンジを加えたのが、さっき食べてもろたカレーです」
  「ということは、これは『いんでぃか』と同じカレーではないんですね」信夫が空の皿を指した。
  「松林さんが魚を敬遠しておられることを、葉子さんは気にかけてはったようで、寮の料理長さんにも相談してられたそうです。魚だと分からずに食べられる方法を」「ひょっとして、このカレーに魚が?」
  信夫は目を丸くした。
  「『いんでぃか』のカレーは醤しょう油ゆを隠し味に使うことが最大の特徴ですけど、葉子さんは、そこに下味を付けたカツオのそぼろを加えはった。肉のミンチやと思うてはったんはカツオやったんです。元の京都の店もそうですけど、『いんでぃか』のカレーにミンチは入ってませんのや」
  「カツオですか」
  「料理長さんがアドバイスした料理を、カレー好きの父親が喜んで食べてくれたと、葉子さんは手紙で報告されていたようです」
  「それでカレーだったんですね」
  信夫が感慨深げにつぶやいた。
  「嫁ぐ前に、お父さんへのプレゼントやったんでしょうな」「鴨川さん」
  「なんです?」
  「わたしの行動は間違っていたんでしょうか。結婚は許さないまでも、結婚式には出てやるべきだったのでしょうか」
  信夫は瞳を真っ赤に染めている。
  「わしはただの食堂のおやじですさかい、難しいことは分かりまへん。人がすることに間違いやら正しいやら、とやかく言えるような人間と違いますしな。けど、わしも娘の父親です。わしは、どないなことがあっても、こいしを信じとります。こいしが伴侶に選んだんなら、どんな相手でもそれを受け入れるつもりでいます」流がきっぱりと言い切った。
  「そうあるべきだったんでしょうね」
  「食にA級もB級もありまへんけど、人間にも一流も三流もありまへん。みな同じです」「わたしはそこからして間違っていたんだ」
  信夫が唇を噛かんだ。
  「なんべんも言いますけど、間違いやとか、どうとかやおへん。かわいいお孫さんも授からはったんやから、それでよろしいがな。葉子さんが戻ってこられたら、やり直しもききますし」
  流が信夫の目を正面から見つめた。
  信夫は身じろぎひとつしない。
  「そろそろええかな」
  半分ほど引き戸を開けて、こいしが顔を覗かせた。
  「そろそろいいかな」
  口真似をして、文則がこいしの下から顔を出した。
  「ちょうどええとこに帰ってきた。入っといで。ぼちぼち家に帰る時間やて、おじいちゃんが言うてはったとこや」
  「本当にありがとうございました」
  立ち上がって、信夫が深々と一礼した。
  「ありがとうございました」
  傍らに立って、文則が頭を下げた。
  「ホンマにぼんはおりこうさんやな」
  流が頭を撫でると、文則は照れ臭そうにして信夫に身を寄せた。
  「これ持って帰って、またおじいちゃんにカレー作ってもらいや」こいしが白い紙袋を文則に手渡した。
  「ありがとうございます。先日の食事代も合わせてお支払いを」信夫が財布を取り出した。
  「よかったら、お持ちいただいたお椀とおあいこにしまへんか。物々交換ということで」「そんなことでいいんですか? お支払いにはとても足りないと思いますが」「まぁ、よろしいがな」
  「お言葉に甘えさせていただきます」
  信夫は拝むように手を合わせた。
  「瓶に入ったカレーと一緒に、簡単なレシピも入れておきました。またお孫さんに作ってあげてください」
  流の言葉を聞いて、文則が袋の中を覗きこんだ。
  こいしが引き戸を開けると、ひるねが鳴いた。
  「お世話になりました」
  敷居をまたいで、信夫が頭を下げた。
  「ママ、じゃないや。おねえちゃん、また来てもいい?」文則がこいしを上目づかいに見た。
  「エエに決まってるやんか。いつでも来てよ」こいしは思わず文則を抱きしめた。
  ひるねが文則の足元でじゃれついた。
  「一日も早ぅ、お嬢さんがお戻りになるよう祈っとります」信夫は大きくうなずいて、無言で一礼した。
  名残惜しいのか、文則が何度も振り返って手を振る。その度に信夫は小さく頭を下げる。
  ふたつの長い影が少しずつ小さくなっていき、やがて消えた。
  「なんか、切ないなぁ」
  店に戻って、こいしがつぶやいた。
  「人生っちゅうのは、そういうもんや。どんなわけがあっても罪は罪。ちゃんと償わんとな」
  「そらそうやけど」
  「いつかは必ず出てこれるんやから」
  流が仏壇の前に座って、線香に火を点つけた。
  「おかあちゃん。葉子さんが早ぅ出てこれるように祈ったげてな」隣に座って、こいしが手を合わせた。
  「どんなとこにおっても、生きて、顔見せてくれるだけでもええがな。なぁ掬子。死んだら終わりや」
  「おかあちゃんのカレーて、どんな味やったかなぁ」「掬子はな、あんまりカレーはじょうずやなかった。甘い甘いカレーやった」流が仏壇に笑みを向ける。
  「甘い甘いカレー、もう一回食べたかったなぁ」こいしが仏壇を見上げた。
 

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