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十八 ポワロの演説_ABC殺人事件(ABC谋杀案)_阿加莎·克里斯蒂作品集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3338
  十八 ポワロの演説
  フランクリン·クラークは、つぎの日の午後三時にやって来ると、遠まわしに様子を探るようなことをしないで、まっすぐに要点にはいった。
  「ポワロさん」と、かれは口を開いて、「わたしは、不満なんです」「どうしたのです、クラークさん?」「あのクロームという人は、確かに、なかなか有能な警官だとは思いますが、率直にいって、あの人には腹が立ちますよ。あの、おれが一番よく知っているというそぶりときたら! チャーストンへおいでになった時に、ここにいらっしゃるあなたのお友だちの方には、胸にあることをいろいろ申しあげたのですが、兄のことで、いろいろ片づけなければならないことがありましたので、いままで、思うようにならなかったのです。わたしの考えというのはこうなんです、ポワロさん、物事は怠けずに――」「ヘイスティングズが、いつもそういうんですよ!」「――前進しなければいけないということなんです。つぎの犯罪に対して、備えなければいけないと思うのです」「すると、つぎの犯罪が起こると、あなたは思うんですね?」「あなたは、お思いにならないんですか?」「思いますとも」
  「結構です、それなら。わたしは、用意をしたいと思うのです」「あなたの考えを、はっきり聞かしてください」「わたしの提案は、ポワロさん、特別な部隊のようなものを――あなたの指揮のもとで働く――部隊を、殺された人たちの友人や、縁者たちでつくろうということなんです」「それは、いい考えですね!」「賛成してくだすって、心からうれしく思います。わたしたちの頭を一つにしてあたれば、きっと、なにかに行き当るという気がするのです。それにまた、つぎの警告が来た場合、わたしたちのうちの一人が、その場に居合わせれば――まあ、そんなことはないとは思います――が、以前の犯罪の現場の近くにいたことのある人間を、それと認めることができるかもしれません」「お考えは、よくわかりました。わたしも賛成です。しかし、お忘れになってはいけないことは、フランクリンさん、ほかの被害者の縁者や友人たちが、ほとんど、あなたのような身分の人たちではないということです。みんな、勤めている人たちで、あるいは、短かい休暇ぐらいは取れるかもしれませんが――」フランクリン·クラークは、話をさえぎって、いった。
  「そうなんですよ。わたしだけが、勘定を引き受けられる位置にいる、ただ一人の人間です。わたし自身も、特別に金持ちというわけではありませんが、兄が金持ちでしたから、結局は、わたしもそういうことになるでしょう。それで、いまも申しあげたように、特別な部隊を編成して、そのメンバーには、その助力に対して、いままで取っておられたのと同じ額を支払うばかりでなく、もちろん、手当もつけ加えるということを提案したいのです」「その部隊は、誰々で編成したらいいとお考えでしょう?」「そのことは、もうかなり考えてあります。実をいうと、わたしは、ミス·ミーガン·バーナードに手紙を書きました――事実、この考えは、一部は、あの人の考えでもあるのです。
  わたしの案として、わたし自身、ミス·バーナード、死んだ娘さんの許婚者だったドナルド·フレイザー君という人たちではどうでしょう。それから、アンドーバーの婦人の姪めいがいますね――住所は、ミス·バーナードが知っています。あのご亭主の方は、役に立たないだろうと思います――いつも飲んだくれているという話ですから。それからまた、バーナード家の――お父とう さんとお母かあ さんも――積極的な闘たたか いには、すこし年をとりすぎているように思うのです」「ほかに?」
  「そうですね――ええと、ミス·グレイがいます」その名前を口にした時、かれは、すこし赤くなった。
  「ほう! ミス·グレイがね?」
  この短かい言葉の中に、ポワロほどたくみに、やさしい皮肉のニュアンスをこめることのできる人は、誰もいないだろう。三十五年ほどの年月が、フランクリン·クラークから消えてしまって、かれは、急にはにかみ屋の小学生のようになってしまった。
  「そうです。ご存じのとおり、ミス·グレイは、二年以上も兄のところにおりました。あの人は、あの地方のことも、あの辺の人々のことも、なんでも知っています。わたしは、一年半も離れていましたので」ポワロは、かれが気の毒になったのか、話題を変えて、「東洋に行っておいででしたか? 中国ですか?」「はあ、兄のために、いろいろ買う品物を捜して、あちらこちらまわっていました」「さぞおもしろいことがあったでしょうね。ところで、クラークさん、わたしは、あなたの考えに大賛成です。きのうも、ヘイスティングズに、関係者たちの結合こそ必要だと、いっていたばかりなんです。みんなの思い出したことを集めて、その要点を比較してみること――つまりは、一つのことを話し合って――話して――話して――なんべんでも、繰り返して話すことが必要なんです。ちょっとした、罪のない言葉から、はっと思うようなことが出てくるかもしれないのです」それから数日して、この「特別部隊」が、ポワロの部屋に集まった。
  重役会の会長のように、テーブルの上席についたポワロの方を向いて、みんなが、かしこまって腰をおろすと、わたしは、一座を見渡して、わたしの第一印象を、あらためて確かめたり、改めたりした。
  中でも、三人の娘たちは、一番目をひいた。ソーラ·グレイのとりわけすばらしい美しさ、ミーガン·バーナードの、レッド·インディアンのように奇妙に顔の表情ひとつ動かさない、強い暗さ――小ざっぱりと黒のコートとスカートに身を包んで、可愛らしい、利口そうな顔をしたメアリー·ドローワー。二人の男性についていえば、フランクリン·クラークの方は、大柄で、日に焼けた褐色の顔で、話好き、ドナルド·フレイザーの方は、無口で、物静かで、興味ある対照でおたがいを引き立たせていた。
  ポワロは、もちろん、この好機を逃さずに、小演説をやってのけた。
  「紳士淑女のみなさん、今日ここにお集まりいただいたわけは、よくご存じのことと思います。警察は全力を尽して、犯人の捜査にあたっております。わたしもまた、別の方法で、最善をつくしております。しかし、わたしには、個人的関心をお持ちの方々――被害者について個人的利害をお持ちの方々と申してもよろしいが――こうした方々が親しく集まるということは、外部の者の皮相な調査からではとうてい得られないような効果をあげると思われるのであります。
  いま、わたしどもは、三つの殺人事件を――一人の老婦人と、一人の若い令嬢と、一人の年配の紳士との、三つの殺人事件を持っております。ただ一つの事柄が、この三人の人々を結びつけております――すなわち、同一の人物が、この人々を殺したという事実であります。このことは、同一の人物が、三つの異なった場所にいて、必ず多くの人々によって見られているということであります。この男が、かなり強度な段階の狂人だということは、いうまでもありません。かれの外見やふるまいが、狂人であるというなんの暗示を与えないということも、同様に確実であります。この人物――わたしは、この男と申しますが、男であるかもしれないし、女であるかもしれないということをお忘れなく――この人物は、狂気の持つ、あらゆる悪魔的な狡猾こうかつ さを備えているのであります。この男は、これまでのところ、完全にその形跡をくらますのに成功してまいりました。警察当局は、ある漠然とした徴候はつかんでおりますが、それによって行動しうるようなことは、なにもつかんではいないのであります。
  しかしながら、漠然としたものでなく、確実な徴候が実在しなければなりません。ここで、一つ特別な点をあげてみますと――この殺人鬼は、ベクスヒルに真夜中に着いて、都合よく海岸で、Bではじまる娘さんを見つけ出したというわけではなく――」「その点にはいらなければなりませんか?」発言したのは、ドナルド·フレイザーだった――その言葉は、なにか心の中の煩悶はんもん のために、かれの体から絞り出されたような気がした。
  「あらゆる問題にはいってみることが必要なのですよ、ムッシュー」と、かれの方を向いて、ポワロはいった。「あなたがここに出席しておられるのは、細部の点を考えるのを拒否して、あなたの感情をそっとしておくためではなくて、必要ならば、事件の奥底にまではいりこんで、その感情を痛めつけもしなければならないのです。前にも申しましたように、ベッティ·バーナードを、ABCの犠牲者としたものは、たんなる偶然ではなかったのであります。犯人の側には、慎重な選択が――したがって、前もって計画があったのにちがいありません。いいかえれば、犯人は、あらかじめ、その土地を偵察したのにちがいないのです。それには、犯人自身、前もって知っていたいろいろな事実――アンドーバーで犯罪を犯すのに一番都合のいい時間とか――ベクスヒルで犯罪を演じたということとか――チャーストンにおけるカーマイケル·クラーク卿の習慣とかいう事実があったのです。ですから、わたしとしては、この男の正体をつきとめるのに役立つ、どんな徴候も――ごくわずかのヒントすらも――ないと信じるわけにはいかないのであります。
  ここで、わたしは、一つの仮説を立ててみましょう。それは、誰か――あるいは、みなさんのすべてが――知っていることに気がついていない、なにかを知っていられる、と、いうことであります。
  遅かれ早かれ、みなさんの相互の協力によって、なにかが明かるみに出てくるでしょうし、夢にも思ってみなかったような意味を持ってくるだろうと思います。ちょうど、はめ絵
  のようなもので――みなさんは、めいめい、一見、なんの意味もないようなかけらをお持ちになっているのですが、それらを合わせてみると、全体の絵の一部分だということがはっきりする、そういうようなものを持っておられるということなのです」「言葉だけですわ!」と、ミーガン·バーナードがいった。
  「え?」と、ポワロが聞き返すように、かの女を見た。
  「あなたのいまおっしゃったことですの。ただ言葉じゃありませんか。なんの意味もありませんわ」かの女は、あの一種のすてばちな、暗い熱情をこめていいはなったので、かの女の個性がはっきりわかるようになった。
  「言葉というものは、マドモアゼル、観念の着物にすぎないものなのですよ」「そう、あたし、意味だと思いますわ」と、メアリー·ドローワーがいった。「ほんとにそう思いますわ、お嬢さん。いろいろなことを何度も話しているうちに、進む道がはっきりしてくるということは、よくあるものですわ。どうしてそうなったのか、自分でも気がつかないうちに、気持ちの方がはっきりきまってしまうことだって、よくあるものですわね。話すってことは、いろいろなことを、どこかへ導いてくれるものですわ」「かりに『言葉すくなければ後累こうるい またすくなし』だとしても、われわれは、ここで大いに話し合わなければなりませんね」と、フランクリン·クラークがいった。
  「いかがです、フレイザーさん?」
  「わたしは、むしろ、あなたのご意見を、どう実地に応用するか、疑問だと思いますね、ポワロさん」「あなたは、どう思うの、ソーラ?」と、クラークがたずねた。
  「あたくし、話し合うという原則は、いつでも正しいことだと思いますわ」「どうでしょう」と、ポワロが口を開いて、「殺人事件の起こる前の、ご自分の記憶を、みなさんで思い出していただけませんでしょうかね。まあ、さしあたり、クラークさんにお願いしましょうか」「ええと、待ってくださいよ。兄のカーが殺された日の朝、わたしは、舟に乗って出かけました。鯖さば を八匹釣りました。入江は、とてもいい気持ちでした。昼食は、家でとりました。アイルランド式シチューだったようにおぼえています。それから、ハンモックで昼寝をして、お茶を飲みました。手紙を二、三通書きましたが、ポストの締切り時間に間に合わなくて、ペイントンまで、車で出しに行きました。それから、夕食をして、そして――恥ずかしがらずに、いいますが――いつも子供の時に好きだった、E·ネスビットの本を読み返しました。そこへ、電話がかかってきて――」「それから先は結構です。ところで、よく思い返していただきたいんですが、クラークさん、その朝、海へ出かけて行く途中で、誰かにお会いになりませんでしたか?」「たくさん、会いました」「その人たちについて、なにか思い出せませんか?」「いまは、たった一つも思い出せませんね」「ほんとうですか?」
  「ええと――待ってくださいよ――思い出しました。すばらしく肥ふと った女の人で――縞しま の絹のドレスを着ていて、いったいどうしたんだろうと不思議に思いました――子供を二人、連れていましたがね――それから、海岸では、フォックス·テリアを連れた青年が二人いて、犬に石を投げてやっていましたっけ――あ、そうだ、黄色い髪の娘が一人、泳ぎながら、きいきい金切り声をあげていました――おかしなものですね、いろいろなことが思い出されてくるというのは――まるで、写真の現像のようですね」「あなたは、立派な実験の材料ですよ。ところで、その日、もっと遅くなって――庭ではどうでした――郵便局へ行く途中は――」「庭番が水をやっていました……郵便局へ行く途中ですか? あぶなく自転車に乗った人を轢ひ くところでした――ばかな女がよたよたしながら、仲間に大声でわめいているんですよ。それだけだと思いますね」ポワロは、ソーラ·グレイの方を向いて、
  「ミス·グレイ?」
  ソーラ·グレイは、澄んだ、はっきりした声でこたえた。
  「朝のうちに、カーマイケル卿と手紙の用事をすませまして――家政婦と話しました。午後は、手紙を書いてから、針仕事をしたと思います。思い出すってことは、むずかしいことですわね。でも、ほんとうにふだんと変わらない日でしたわ。床には、早くはいりました」ちょっと驚いたことには、ポワロは、それ以上たずねようとはしなかった。そして、かれは、いった。
  「ミス·バーナード――あなたは、最後に妹さんにお会いになった時のことを思い出せますか?」「妹の死ぬ二週間ぐらい前だったと思いますわ。土曜から日曜にかけて、あたし、帰っていました。すばらしいお天気でしたので、あたしたち、プールで泳ぎにヘイスティングズまでまいりました」「その間、おもに、どんなことをお話しでした?」「あたしの思っていることをいってやりました」と、ミーガンはいった。
  「ほかには、どんなことを? 妹さんは、どんなことを話しました?」娘は、思い出そうとして、眉まゆ を寄せた。
  「あの子は、お金に困っているといっていました――帽子と、夏の服を二着買ったからですわ。それから、ドンのことをちょっと……ミリー·ヒグリーがきらいだともいっていましたわ――あのカフェにいる仲間の娘のことですわ――それから、カフェの主人の、メリァ◇という女のことを、二人で笑ってやりましたわ……ほかには、なにもおぼえていませんわ……」「妹さんは、ほかの――ごめんなさい、フレイザー君――ほかの、会うはずになっている男のことを、いいませんでしたか?」「あたしには、いわないでしょう」と、冷淡に、ミーガンはいった。
  ポワロは、顎の角張った、赤毛の青年の方を向いて、「フレイザー君――ひとつ、思い出していただきたいんですがね。きみは、あの運命の晩に、カフェへ行ったといいましたね。きみのはじめの考えでは、そこで待っていて、ベッティ·バーナードが出て来るのを見張っているつもりでしたね。そこで待っている間に、きみの注意した人間のことを、誰か思い出せませんか?」「あの辺ときたら、とてもたくさんの人が歩いていましたのでね。思い出せませんね、誰も」「失礼だが、思い出そうとしておいでなんですか? どんなに心が夢中になっていても、目は見ているものなんですよ、機械的に――知らず知らずのうちに、しかも、適確に……」青年は、頑強がんきょう に繰り返すだけだった。
  「誰も思い出せませんね」
  ポワロは、ため息をついて、メアリー·ドローワーの方を向いた。
  「あなたは、伯母さんから、たびたび、手紙を受けとっておいででしたね?」「はい、受けとっていました」「最後の手紙は、いつでした?」
  メアリーは、ちょっと考えていた。
  「事件の二日前でした」
  「なんと書いてありました?」
  「老いぼれの悪魔がやって来たから、耳の痛いことをいって追っ払ってやった――ごめんなさい、こんないい方をして――水曜日に、わたしが来るのを待っているって――その日が、わたしの公休だものですから――そして、二人で映画を見に行こうって、書いてありました。ちょうど、わたしの誕生日のはずでしたから」なにか――おそらく、そのささやかなお祝いの日を考え出したからだろう、不意に、メアリーの目に涙が浮かんだ。かの女は、ぐっとむせび泣きをこらえて、そのことをあやまった。
  「きっと、わたしを許してくださいますわね。ばかなまねはしたくないと思っているんです。泣いたって、どうにもならないんですもの。でも、伯母さんのことを思っただけですわ――それと、わたしのこと――二人ともどんなに楽しかったろうと思うと、どうしても、気が転倒してしまうんです」「あなたのお気持ちは、よくわかりますよ」と、フランクリン·クラークがいった。「人間の心をとらえるのは、いつも小さなことなんです――それと、とりわけ、なにか楽しいこととか、贈り物とか――なにかすばらしい、自然なことなんですね。わたしは、一度、女の人が轢かれるところを見たのをおぼえています。その人は、新しい靴くつ を買ったばかりだったんですね。その人がその場に倒れていて――破れた包みから、おかしな恰好かっこう の、踵かかと の高いスリッパがのぞいているのを見た時――わたしは、ふっと妙な気になりました――とても、そういったものが哀れに見えたんです」ミーガンが、不意に、熱にうかされたように話し出した。
  「それ、ほんとうだわ――おそろしいほどほんとうだわ、同じようなことが、ベッティにもあったの――死んでから。母さんがあの子に靴下を買って来たんです、贈り物に――それも、事件のあったその日に買ったんです。かわいそうに、母さんは、すっかりおかしくなってしまって、気がついてみると、その靴下に向かって泣いているんです。母さんは、とめどもなくいっているんです。『ベッティに買ってやったのに――ベッティに買ってやったのに――それなのに、あの子は、もうこの靴下を見ることさえできないんだ』って」かの女自身の声も、いくらかふるえていた。かの女は、身を乗り出すようにして、フランクリン·クラークをまっすぐに見つめていた。二人の間には、突然の同情が――苦しみの中に濃く友愛が生まれていた。
  「わかります」と、かれはいった。「ようくわかります。こういうことというものは、忘れようとしても忘れられないことなんですね」ドナルド·フレイザーは、不安そうに、身をもじもじと動かしていた。
  ソーラ·グレイが話題を変えた。
  「なにか、計画を立てなくてもよろしいんですの――これから先のために?」と、かの女はたずねた。
  「むろんですとも」フランクリン·クラークは、平常の態度にもどって、「わたしの考えでは、その時が来たら――というのは、四番目の手紙が来たら、ということですが――わたしたちは、力を合わせなければいけません。それまでは、まあ、めいめい一か八ばち か、やってみちゃどうでしょう。いかがでしょう、ポワロさん、捜査に役立つとお考えになるようなことが、なにかございましょうか?」「すこしばかり申しあげてみましょう」と、ポワロがいった。
  「どうぞ。書きとめておきましょう」かれは、ノート·ブックをひろげた。「どうぞ、おっしゃってください、ポワロさん。第一は――?」「わたしは、女給のミリー·ヒグリーがなにか役に立つことを知っていそうに思います」「第一――ミリー·ヒグリー」と、フランクリン·クラークは書きつけた。
  「かの女に近づくには、二つの方法があるかと思います。ミス·バーナード、あなたは、攻撃的接近とでもいうのをやってみるんですね」「それが、わたしの柄に合っているとお思いなんですのね?」と、ひややかに、ミーガンはいった。
  「あの娘に喧嘩を吹っかけるんです――あの娘が、妹さんをきらっていたことを、ちゃんと知っていたというんです――それから、妹さんが、あの娘についてあなたに話したことを、みんな、いってやるんです。わたしが間違っていなければ、大変な泥仕合どろじあい がはじまることは請け合いです。そこで、あの娘は、妹さんについて頭にあることを、洗いざらいぶちまけるでしょう! そこから、なにか役に立つ事実が飛び出してきますよ」「そして、第二の方法は?」「それはね、フレイザー君、あなたがあの娘に、関心を持っているような様子を見せるというのは、どうですか?」「そんな必要があるんですか?」
  「いや、なにも必要だというわけじゃありません。探究の可能な線の一つだというだけです」「わたしがやってみましょうか?」と、フランクリンが問いをかけた。「わたしは――ええと――かなり広い経験を持っているんですよ、ポワロさん。その若い婦人に、わたしがどんなことができるか、やらせていただきたいですね」「あら、あなたには、あなたの領分でなさることがおありのはずでしょう」と、ソーラ·グレイが、いくぶん、きつい調子でいった。
  フランクリンは、心持ち顔を伏せて、
  「そう」と、かれはいった。「ありますね」
  「それにしても、いまのところ、向こうで、あなたにやっていただけることは、そうたくさんあるとは思えませんね」と、ポワロはいった。「マドモアゼル·グレイの方が、いまのところでは、ずっと適しておいでのようで――」ソーラ·グレイが、かれの言葉をさえぎって、「ですけど、ねえ、ポワロさん、わたくし、もうデボンを引きあげましたのよ」「え? よくわかりませんでしたが」「ミス·グレイは、親切にも、後始末の手助けに、残っていてくれたのです」と、フランクリンはいった。「ですが、当然、ロンドンで職につくのを望んでいるので」ポワロは、鋭い視線を、順々に相手の方に向けた。
  「クラーク夫人は、いかがですか?」と、かれはたずねた。
  わたしは感心して、ソーラ·グレイの顔がかすかに染まるのを見ていたので、あやうく、クラークの返事を聞きもらすところだった。
  「かなり悪いのです。ところで、ポワロさん、デボンまでいらして、嫂あによめ に会っていただくわけにはいきませんでしょうか? 嫂は、わたしが出かける前に、ぜひ、あなたにお目にかかりたいといっておりましたのですがね。もちろん、かの女は、二日もつづけて人にお会いできないということも、よくありますが、もし、それでも、おいでいただけるのでしたら――ええ、もちろん、費用は、わたしがお持ちいたします」「承知しました、クラークさん。明後日では、いかがでしょう?」「結構です。では、看護婦に知らせておきます。そうすれば、適当に刺戟剤しげきざい を用意しておいてくれますでしょう」「ところで、こんどは、あなたのことだけど」といいながら、ポワロは、メアリーの方を向いて、「あなたには、たぶん、アンドーバーでいい仕事ができるかと思うんですがね。子供たちにあたってごらんなさい」「子供たちですか?」
  「そうです。子供たちは、よそから来た者には、どうしてもしゃべろうとはしないものなんです。しかし、あなたは、伯母さんの住んでいた町では、みんながよく知っているでしょう。あのあたりには、たくさん子供たちが遊んでいたから、伯母さんの店に出入りした人間を見ているかもしれないでしょう」「ミス·グレイとわたしとは、どうしたらいいでしょう?」と、クラークがたずねた。「というのは、わたしがベクスヒルに行かないとしてですが」「ポワロさん」と、ソーラ·グレイがいった。「三番目の手紙の消印は、どこになっていましたでしょう?」「プトニーです、マドモアゼル」
  かの女は、考えながらいった。「南西第十五局、プトニー、そうでしたわね?」「珍らしく、新聞が正確に書きましたね」「そうしてみると、ABCは、ロンドンの人間ということになりますわね」「その文面からでは、そうですわね」「とにかく、奴をおびき寄せなくちゃなりませんね」と、クラークがいった。「ポワロさん、わたしが広告を出してみたら、どうでしょう――まあ、こんなふうに。『ABC、急を要す、HP〔エルキュール·ポワロ〕がきみに向っている。口止め料百ポンド、XYZ』まあ、これほどろこつにしなくても――でも、趣向はおわかりでしょう。これなら、奴をおびき寄せられるかもしれませんよ」「見込みはありそうですね――そう」
  「奴に、わたしを射とうという気を起こさせられるかもしれませんな」「そんなこと、とても危険で、ばかげていると思いますわ」と、鋭い口調で、ソーラ·グレイがいった。
  「どうでしょう、ポワロさん?」
  「まあ、やってみても、害にはならないでしょう。ABCは、なかなか悪がしこい奴だから、その手にはのらないだろうと、わたしは思いますよ」ポワロは、ちょっと微笑した。
  「ねえ、クラークさん、あなたは――こういってはなんだが――心底は、まだ子供みたいな方ですね」フランクリン·クラークは、ちょっときまり悪そうな顔をした。
  「では」と、かれは、ノート·ブックを見ながら、いった。「仕事にかかりましょう。
  第一――ミス·バーナードは、ミリー·ヒグリーにあたる。
  第二――フレイザー君は、ミス·ヒグリーにあたる。
  第三――アンドーバーの子供たち。
  第四――新聞広告。
  どれも、あまりいい方法だという気もしませんが、なにもしないで待っているよりはましでしょう」かれは、立ちあがった。そして、二、三分後には、会は解散した。
 

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