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二十一 犯人の人相_ABC殺人事件(ABC谋杀案)_阿加莎·克里斯蒂作品集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337
  二十一 犯人の人相
  ポワロが人間的要素と呼んでいたものが、この事件から、再び消えはじめたのは、そのとたんだったように、わたしは思う。それはちょうど、人間の心が純粋の恐怖に耐えられないために、わたしたちは、普通の人間的関心を抱くことを、一時やめてしまったようなものだった。
  わたしたちは、誰もかれも、四番目の手紙が来て、Dの殺人計画の予定の場面を知らせて来るまでは、どう手をつけることも不可能だと感じていた。その待つという気分が、緊張をやわらげていたのだった。
  しかし、いまや、白い固い紙面から嘲弄ちょうろう している活字体の文字とともに、再び、悪漢の捜査がはじめられたのだ。
  クローム警部が、警視庁からやって来た。そして、かれがまだいる間に、フランクリン·クラークと、ミーガン·バーナードとがやって来た。
  娘は、かの女もベクスヒルから来たのだと説明した。
  「あたし、クラークさんに、ちょっとお聞きしたいことがあったものですから」かの女は、しきりに気を使って、自分の行動を説明したり、いいわけをしたりしているようだった。わたしは、たいして重要とも思わずに、その事実を心にとめていた。
  当然、わたしの頭は、手紙のことでいっぱいで、ほかのことはみんな、頭から追っぱらわれてしまった。
  クロームは、どうやらこの事件に、いろいろな関係者が出て来るのを、あまり喜んでいないような気が、わたしはした。かれは、極端にお役人風かぜ を吹かしはじめ、ちゃんとした意見をいわなくなった。
  「この手紙は持って行きますよ、ポワロさん。もし、写しを取っておおきになるのでしたら――」「いや、いや、そんな物はいりません」
  「あなたの計画は、どうですか、警部?」と、クラークがたずねた。
  「かなり広汎こうはん なものですよ、クラークさん」「こんどこそ、奴をつかまえなけりゃなりません」と、クラークがいった。「実はね、警部、わたしたちは、この事件にあたるために、わたしたち自身の組織をつくりましたよ。関係者たちの部隊というわけです」クローム警部は、この上もない慇懃いんぎん な態度でいった。
  「はあ、そうですか?」
  「なんですね、あなたは、素人しろうと というものをたいしたものと思っていらっしゃらないようですね、警部?」「あなた方には、われわれと同じようなたよる手が、まあないでしょう、クラークさん?」「わたしたちには、わたしたちの考えがありますよ――から手じゃありませんよ」「はあ、そうですか?」「あなたご自身の職務も、あまり楽ではないようですな、警部。事実、また例のABCの奴に、してやられたという気がするじゃありませんか」クロームは、その前の方法が失敗したような時には、ともすると、それにあおり立てられて、演説口調くちょう になるということに、わたしは気がついていた。
  「今回の、われわれの講じました処置について、公衆が、あまり批評することはあるまいと、わたくしは考えます」と、かれはいった。「あの愚か者は、今回は、十分な警告を与えてくれました。十一日というのは、来週の水曜日までやって来ないのであります。新聞で宣伝戦をやるにも、たっぷり時間があります。ドンカスターは、完全に警戒されるはずです。
  名前がDではじまるすべての人は、男女の別なく警戒するでしょう――それだけでも、相当に効果があります。その上、われわれは、相当大がかりに、町じゅうに、警官を配置するはずです。これは、すでに、全イギリス警察署長の賛同を得て、準備が整っております。全ドンカスターが、警察当局も市民も一体となって、一人の男を捕えるばかりになっています――ですから、適当な幸運さえあれば、当然、われわれは、奴をつかまえます!」クラークは、落ちつき払って、いった。
  「あなたが競技好きの人じゃないということは、すぐわかりますね、警部さん」クロームは、じろじろと相手を見つめて、「どういうことです、クラークさん?」
  「おやおや、つぎの水曜日には、ドンカスターで、セント·レジャーの競馬があるということを、ご存じないのですか?」警部の顎あご が、だらんとさがった。こんどだけは、お馴染なじみ の「はあ、そうですか?」も出てこなかった。そのかわりに、かれは、こういった。
  「そのとおりでしたな。そうです。そいつは、事態がこみ入りますね……」「ABCは、ばかじゃありませんね。たとえ、気ちがいだとしてもね」わたしたちは、状況を考えながら、一、二分の間、みんな黙りこんでいた。競馬場の群衆――熱狂した、スポーツ好きのイギリスの大衆――限りない混乱の場面。
  ポワロは、口の中でつぶやいた。
  「うまい手だな。やっぱり、よく考えたものだな、こいつは」「わたしの考えでは」と、クラークがいった。「殺人は、競馬場で起こるでしょうね――たぶん、競馬の行われている最中に」その瞬間、かれのスポーツ好きの本能が、頭の中で、瞬間的な快楽を味わっているようだった……。
  クローム警部は、立ちあがって、手紙を取りあげた。
  「セント·レジャーとは、うるさいことですね」と、かれもしぶしぶ認めた。「運が悪いですね」かれは、出て行った。廊下の方で、なにかしゃべっている人の声が聞こえた。とすぐに、ソーラ·グレイがはいって来た。
  かの女は、心配そうにいった。
  「警部さんの話じゃ、また手紙が来たということですけど、こんどは、どこですの?」表は、雨が降っていた。ソーラ·グレイは、黒いコートと、スカートと、毛皮とをつけていた。その金髪の頭の一方に、小さな黒い帽子がのっかっていた。
  かの女が話しかけたのは、フランクリン·クラークに向かってだった。そして、まっすぐ、かれのそばへ行って、その腕に片手をかけて、返事を待っていた。
  「ドンカスター――しかも、セント·レジャーの日なんです」わたしたちは、討議をするために席についた。わたしたちみんなが、現場にはりこむつもりでいたのはいうまでもなかったが、競馬のあるということが、前もって練っていた計画をめちゃめちゃにしてしまったことは確かであった。
  がっかりした気持ちが、わたしを襲った。いくら事件に対するめいめい個人の関心が強くても、結局のところ、このたった六人というような小さなグループで、いったい、なにができるというのだろう? 慧眼俊敏けいがんしゅんびん な、無数の警官が、犯人が事を企てそうな、あらゆる地点を警戒するにちがいない。それに、たかが六人ぽっちの目が加わっても、どれだけのことができるというのだろう?
  まるで、わたしの考えにこたえるように、ポワロが声をあげた。かれは、適切にいえば、学校の校長先生か、坊さんのような口調でいった。
  「みなさん」と、かれはいった。「わたしたちは、力を分散させてはなりません。わたしたちは、わたしたちの考えに秩序と筋道とを立てて、この事件に接近して行かなければなりません。真実の外側ではなく、内側に目を向けなければなりません。わたしたちは、自分に向かって――みんな、めいめいが――自分は、犯人について、なにを知っているか? と、聞いてみなければなりません。そして、捜し求めている男のモンタージュ写真をつくりあげなければなりません」「わたくしたちは、かれについて、なんにも知っていませんわ」と、どうしようもないというように、ソーラ·グレイがため息をついた。
  「いや、いや、マドモアゼル。そうじゃありません。われわれは一人残らず、かれについて、なにかを知っているのです――もしも、わたしたちが、自分の知っていることがなにかということに、気がつきさえすれば、知っている事柄はいまこの場にあるのだと、わたしは信じます、もし、それさえ、手に入れられるとしてのことですが」クラークは、首を振って、「わたしたちは、なんにも――あの男が年よりなのか、若いのか――色が白いのか、黒いのか――なんにも知らないのです! わたしたちのうち、誰一人として、かれに会ったこともなければ、話したこともないのです! わたしたちは、みんなが知っていることを、洗いざらい、何度も何度も、話し合いました」「洗いざらいというわけではありません! たとえば、ここにいらっしゃるミス·グレイは、カーマイケル·クラーク卿が殺された日に、誰も見知らぬ人間を見かけもしなかったし、話しかけもしなかったと、そうおっしゃいましたね」ソーラ·グレイは、うなずいた。
  「そのとおりですわ」
  「そうですか? クラーク夫人が、わたしたちにおっしゃったところによると、マドモアゼル、あなたが正面玄関の階段のところに立って、一人の男と話しているのを、窓から見たというのですがね」「あの方が、見馴れない人と話をしているわたくしを、ごらんになったんですって?」娘は、心底から驚いたようだった。確かに、あの清純な、澄んだ目つきは、誠実以外のなにものでもあるはずがない。
  「クラーク夫人は、お間違いなすったにちがいありませんわ。わたしは、けっして――あら!」その叫び声は、いきなり――かの女の口から飛び出した。まっ赤な波が、かの女の頬ほおにあふれた。
  「思い出しましたわ、いま! なんてばかなんでしょう! すっかり忘れてしまってましたわ。でも、たいしたことじゃないんです。靴下を売り歩いている人がいるでしょう、ああいう人の一人で――ほら、兵隊あがりの人ですわ。とってもしつこいんですの。やっと、追っ払ってやりましたわ。わたくしがホールをぬけようとしていると、戸口のところへ来たんです。ベルも鳴らさずに、わたくしに話しかけたんです。でも、まったく悪いことをするような人じゃありませんでしたわ。それで、わたくしも忘れていたんでしょうね」ポワロは、両手で頭をかかえて、体を前後にゆすっていた。かれは、激しく、ぶつぶつとひとり言をいっていたので、ほかの者はなんにもいわずに、じっとかれを見つめているだけだった。
  「靴下」と、かれは、つぶやいていた。「靴下……靴下……靴下……これだな……靴下……靴下……これが決め手だな――そうだ……三月前、それから、あの日……それから、いま。
  よし、わかった!」
  かれは、しゃんと身を起こして、切迫した目つきで、わたしを凝視した。
  「おぼえているだろう、ヘイスティングズ? アンドーバーの店で、二階へあがったね。椅子の上に、新しい靴下が一足あったね。そして、いま、二日前に、わたしの注意を呼び起こしたものが、なんだったか、わたしにはわかる。あなたでしたよ、マドモアゼル――」かれは、ミーガンの方に顔を向けて、「あなたは、お母さんが泣いていたと話して聞かせたでしょう、お母さんが新しい靴下を妹さんに買ってやったって、しかも、殺されたその日に……」かれは、ぐるっと、わたしたちを見まわした。
  「おわかりでしょう? これが三度も繰り返された、同じ手がかりです。これは、偶然の一致ではありません。マドモアゼルが話して聞かせた時、その話がなんかとつながりがあるなという気が、わたしにはしたのです。いま、どういうつながりがあったのか、はっきりしました。アッシャー夫人の隣りのファウラー夫人がいった言葉。しょっちゅう、いろいろな物を売りつけにやって来る人たち――それから、靴下のことも話に出ました。いってください、マドモアゼル、そうでしょう、あなたのお母さんが、その靴下を買ったのは、店ではなくて、戸口へ売りに来た者からだったのでしょう?」「そうです――そうです――母は、行商の人から買ったのです……いま、思い出しましたわ。母は、足を棒にして歩きまわって、商売をしなけりゃならないみじめな人たちが、かわいそうだとかなんだとか、いっていましたわ」「しかし、どんなつながりがあるのでしょう?」と、フランクリンが叫ぶようにいった。
  「そういう男が靴下を売りに来たからといって、なんの証拠にもならないじゃありませんか!」「確かに、みなさん、これは偶然の一致でなんかあるはずがありません。三つの犯罪――そして、そのたびに、靴下を売って歩きながら、その土地の様子を探っている、一人の男がいるのです」かれは、くるっと、ソーラの方に向き直って、「いってください! その男の人相をいってください」かの女は、ぼう然と、かれを見て、「いえませんわ……どういったらいいでしょう……眼鏡めがね をかけていた、と思います……それから、着古した外套がいとう を……」「もっとくわしく、マドモアゼル」「前かがみになっていました……わかりませんわ。ほとんど見なかったんです。目につくような種類の人ではありませんでした……」ポワロは、重々しくいった。
  「確かに、あなたのいうとおりでしょう、マドモアゼル。この殺人事件の全秘密は、あなたの、その犯人の人相の描写にかかっているのです――というのは、疑いもなく、その男が犯人だからです!『目につくような種類の男ではなかった』そうです――それに、疑いはありません……あなたがいまおっしゃった、その言葉こそ、犯人の人相なのです!」

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