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二 チャレンジャーと会って運をためしたまえ(2)_失われた世界(失落的世界)_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
 そこまで考えて、わたしはクラブに入った。ちょうど十一時をまわったところで、ラッシュにはまだ間があるが、それでも広い部屋の中はかなりの混雑ぶりだった。わたしは、暖炉のそばの肘掛椅子ひじかけいすに坐っている長身の、痩やせて骨ばった男の姿に気づいた。わたしが椅子を近づける気配を感じて、その男がふりかえった。これこそ、誰をおいても会っておくべき人物――『ネーチャー紙』のタープ?ヘンリーだ。乾からびた骨と皮ばかりの生物だが、胸の底には暖い人間味が通っていることを、彼を知る人間ならみな知っている。わたしはいきなり用件を切りだした。
「チャレンジャー教授について何か知っているかい?」「チャレンジャーだって?」と科学者らしく非難するように眉まゆをひそめた。「南米からでたらめな作り話を持ち帰った男だよ」「どんな話かね?」
「奴やっこさんが発見したと称する不思議な動物についての愚にもつかないたわごとさ。
今はもう撤回したと思うよ。とにかく公表はしてないね。ロイター通信のインタビューのとき、大騒ぎが持ちあがったんで、とても無理だと見たんだな。学者としての信用問題
だった。奴さんを信じる気になった人間も一人、二人いたようだが、間もなく本人のほうからとりさげさ」「どうやって?」
「我慢のならない無礼な仕打ちを見せつけてね。気の毒に、動物学会のウォドリーもその口だった。ウォドリーはメッセージを送ったんだ。『当動物学会会長はチャレンジャー教授に深甚なる敬意を表するとともに、次期総会にご出席賜らば、この上なき名誉と心得るものであります』とね。それに対する返事は、とても口にはだせないようなものだった」「いわないつもりかい?」「そう、下品な文句を削らしてもらえば、だいたいこんなところだな。『チャレンジャー教授は貴動物学会会長に深甚なる敬意を表するとともに、貴下がくたばってくれればこの上なき名誉と心得るものであります』」「そいつはひどい!」
「そうとも、ウォドリーもきっとそう叫んだにちがいないよ。会の席上、彼は口惜くやしそうに言ったっけ。『科学の研究交換に関するわたしの五十年の体験において――』あの老人にはたいへんなショックだったにちがいないな」「ほかに何か知ってることは?」「ぼくは細菌学者さ。九百倍の顕微鏡の世界に生きている。肉眼で見えるものは、たとえなんであれ、ぼくの関心を惹ひかないのさ。可知の世界のはずれからやって来た開拓者としては、一歩研究室の外へ出て、きみたちのように大きいばかりでできそこないのみっともない生物に接触すると、てんで場ちがいな気がしてならないんだ。それに、ぼくは元来公平な人間だから、スキャンダルの噂などする柄ではないが、それでも科学座談会などでは何度かチャレンジャーの噂を耳にしている。なにしろ奴やっこさんはだれも無視できない存在だからね。噂によるとたいそう頭のいい男で、エネルギーを充電したバッテリーみたいなものだそうだが、喧嘩っぱやくて、意地の悪い物好きで、しかも人を人とも思わぬところがあるそうだ。南米探検の一件では、いろんな贋にせの写真まででっちあげたらしいよ」「物好きだといったが、彼が特に興味を持っているものは?」「かぞえきれないほどだが、最近はワイスマン学説と進化論にこっているらしい。たしかその問題で、ウィーンの学会で大騒ぎをやらかしたはずだよ」「要点を説明してもらえないかな?」「今はだめだ。しかし学会報告の翻訳がある。事務所でファイルしてあるよ。一緒にくるかい?」「願ったりかなったりだ。いや、おかげで助かったよ。遅すぎなければ、これから一緒に行きたいね」 三十分後、わたしは新聞社の編集室に坐って、大冊とにらめっこをしていた。『ワイスマン対ダーウィン』というページが開かれ、『ウィーンにおいて激しい抗議。活発な討論』という小見出しがその下に並んでいる。科学教育をないがしろにしてきたわたしには、議論の内容全体をつかむのは無理な相談だったが、それでもイギリスの教授がきわめて戦闘的な態度で自説を主張し、大陸の同学者たちをすっかり怒らせてしまったらしいことは理解できた。かっこつきの表現がたくさんある中で、まず「異議あり」「会場騒然」「全出席者より議長に要望」という三つがわたしの目をとらえた。記事のほとんどの部分が、意味のわからなさ加減では中国語で書かれているも同然だった。
「きみ、こいつを英語に訳してくれないか」わたしはいとも情なさけない口調で仲間に頼みこんだ。
「だって、そいつは翻訳じゃないか」
「それじゃ、ひとつ原文でためしてみるとするか」「素人しろうとにはちょっとむずかしすぎるんだよ」「人間らしい考えを伝えてくれるきちんとした文章が一つでもあれば、ぼくの仕事には十分役に立つんだがな。ああ、これこれ、これなら役に立ちそうだ。おぼろげながら意味がわかるような気がする。写しとっておくとしよう。これだけがぼくをあの恐るべき教授に結びつける命綱だからな」「ほかに何か手伝うことは?」
「そうさね、教授に手紙を書こうと思うんだ。ここで文面を考えて、ついでにきみのアドレスも使わしてもらえば、それらしい雰囲気も出ようというもんだ」「奴やっこさんがここへ怒鳴どなりこんできて、家具をめちゃくちゃにこわすかもしれんよ」「いやいや、手紙を見せるよ――喧嘩を売るつもりはないから安心してくれたまえ」「そうか、これがぼくの机と椅子だ。便箋はそこにあるだろう。ただし投函する前に見せてくれよ」 手紙はかなり骨が折れたが、われながらなかなかの出来栄えだったと思う。わたしは見事な筆蹟に内心得意になりながら、批評家然と構えている友人の細菌学者に、声高に読んできかせた。
「親愛なるチャレンジャー教授
 貧しき科学の徒として、わたしはダーウィンとワイスマンの相違に関するあなたの考察に、かねてから並々ならぬ関心を抱きつづけてきました。最近、ウィーンにおけるあなたのすばらしい講演を再読する機会を得て、――」「大嘘つきめ!」と、タープ?ヘンリーが咳いた。
「――当時の記憶を新たにしております。あの明晰にして称賛すべき主張は、おそらくこの問題に終止符を打つものだと思います。しかしながら、一か所だけ気になるところがあります――すなわち、『わたしは、個々の遺伝基質は、何代にもわたってじょじょに形成された歴史的建造物を所有する小宇宙である、などという、我慢のならない独断的主張に、強く抗議するものであります』という個所ですが、それ以後の研究成果と照らし合わせて、この主張を修正なさるおつもりはないのでしょうか? これはいささか言いすぎだとはお思いになりませんか?もしお許しが得られるならば、この問題について並々ならぬ関心を抱いているわたしは、直接お目にかかってお話しするのでなければ十分に説明をつくしがたいようないくつかの示唆を、お伝えいたしたいと存じます。ご都合よろしければ、明後日(水曜日)午前十一時にお訪ねいたす所存です。
 深甚なる敬意をこめて、
 エドワード?D?マローン」
「どう思う?」わたしは得意満面でたずねた。
「まあね、きみの良心が痛まないのなら――」
「まだ良心に見捨てられたことはないさ」
「しかし、どうするつもりなのかね?」
「まずとにかく敵地に乗りこむことだ。いったん部屋に入りこめば、あとはなんとかきっかけがつかめるさ。なんなら全部白状してしまってもいい。教授がスポーツマンなら、悪い気はしないだろう」「悪い気はしないだって! だが悪い気がするのはきみのほうだぞ。鎖くさりかたびらか、アメリカン?フットボールのユニフォームでも着て行くがいい。では、おやすみ。教授に返事を出す気があれば、水曜の朝にはここに返事が届くだろう。なにせ乱暴で喧嘩っぱやい危険な男だから、一度でも会ったことのある人間からはみな嫌われている。また彼とつき合ったことのある学者は、例外なく嘲笑を浴びせているぐらいだから、まあ返事などこないほうが無難かもしれないね」

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11/24 13:52