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四 前代未聞の大事件(2)_失われた世界(失落的世界)_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337
「これから南アメリカについて話すつもりだが、批評はさし控えてくれたまえ。最初に断わっておくが、これから話すことは、わしの許可がないかぎりどんな形でも公表してもらっては困る。しかもこの許可が与えられる可能性は、まず絶対あるまい。よろしいかね?」「これはまたずいぶん厳しい条件ですね。納得のゆく説明さえ聞かしてもらえれば――」 彼はノートをテーブルに戻した。
「それじゃ話は終わりだ。早々に引きとっていただくとしようか」「いや、待ってください。どんな条件でものみます。目下のところ、それ以外に方法はなさそうですからね」「その通りだ」
「わかりました。約束します」
「名誉にかけて?」
「名誉にかけて」
 相手の無遠慮な目に疑わしそうな表情が浮かんだ。
「そうは言っても、わしはきみの名誉について何も知らんからな」「誓って言いますが」わたしはかっとなって叫んだ。「あなたもずいぶん勝手な熱をふく方だ。こんな侮辱を受けたのは生まれてはじめてです」 彼はわたしの反応に当惑するどころか、かえって興味を持ったらしかった。
「丸い頭か」彼はつぶやいた。「専門的に言えば短頭、灰色の目に黒い髪、黒人の血が混っているらしい。ケルト人だと思うが、どうかね?」「アイルランド人です」「純粋アイルランド人かね?」
「そうですとも」
「さもあろう。それで納得がゆく。ところで、きみはわしの秘密を守ると約束したな?
その秘密というのは、まだ結論まではほど遠い段階なのだ。しかしきみにだけは二、三興味ある事実を教えてあげよう。まず最初に、きみもおぼえているだろうが、わしは二年前南アメリカへ旅行した――やがては世界科学史上の古典的旅行となるべきものだった。旅行の目的は、ウォレスおよびベイツの結論を実証することだったが、この目的は彼らの報告した事実を、まったく同一の条件下で観察しないかぎり果たされたとは言いがたい。わしの探検行がそれ以外の成果をあげなかったとしても、それはそれで特筆すべきことだったろう。ところが、現地にいる間に、ある興味深い事件がおこって、まったく新しい探求の道を開いてくれたのだ。
 きみも知っているだろうが――いや、こんな無学な時代だから、あるいは知らんかもしれないが――アマゾン川流域地方はまだごく一部しか探検されておらず、大部分は地図にも載のっていないような無数の支流がアマゾンに注いでいる。この人跡未踏の奥地をたずねて、そこの動物を調査するのがわしの仕事だった。わしはこの調査によって、わしの一生を意義あらしめるはずの、動物学上の偉大な記念碑的著作の数章分に相当する資料を手に入れた。仕事を終わって帰る途中、とあるインディアンの部落で一夜をすごすことになった。その部落は、名前と位置はひとまず伏せておくが、ある支流が本流に注ぐ地点にあった。原住民はクカマ?インディアンといって、いたっておとなしいが未発達の種族で、まあその知能は平均的ロンドン子と似たり寄ったりというところだったかな。わしは川をさかのぼる途中でその連中の病気をなおしてやったものだから、連中もわしの人柄に感心していたらしく、部落へ戻るのを今や遅しと待ちかまえておった。部落民の手真似てまねから察するところ、急病人が出てわしの手当てを受けたがっているらしい。わしは酋長しゅうちょうに案内されて一軒の小屋へおもむいた。小屋に到着した瞬間、わしを呼んだ病人は息を引きとったことを知った。驚いたことに病人はインディアンではなく、白人だった。白人も白人、髪は亜麻色でしらこ???の徴候まで示している。ボロを身にまとい、見る影もなく痩せ衰えて、長い間の苦労を歴然と物語っておった。土民たちの説明から理解できたかぎりでは、この男は連中のまったく知らない人間で、今にも倒れそうな状態で森の中からひとりふらりと部落にまぎれこんで来たらしい。
 寝床のそばに男のナップザックがあったので、中身を調べてみた。中の名札に名前が見つかった――メイプル?ホワイト、ミシガン州デトロイト市レーク?アヴェニュとある。
この名前に対して、わしはいまだに敬意を抱かずにはいられない。やがてわしの研究が世に認められたとき、この名前にわしと同等の栄誉が与えられると言っても決して言いすぎではあるまい。
 ナップザックの中身から判断するに、この人物が感興を求める画家にして詩人であることが明らかだった。詩の断片がいくつか出てきた。わしは自分に詩のよしあしを判断する能力があるとは思わないが、それにしてもさほどすぐれた詩とも思えなかった。それから川の風景を描いた平凡な絵や、絵具箱、クレヨン箱、絵筆、今わしのインク?スタンドにのっている曲がった骨、バクスター著『蛾と蝶』、安物の輪胴式拳銃、それにわずかな弾薬などが出てきた。身のまわりの品はもともとなかったのか、途中でなくしてしまったのだろう。以上がこの奇妙な放浪のアメリカ人の財産のすべてだった。
 帰ろうとしたとき、ボロボロの上着の胸から何かがはみ出しているのにふと目がとまった。それがこのスケッチブックだったのだが、そのときすでにごらんのように汚れておった。だがこの遺品がわしの手に入ってからというものは、シェークスピアの初版本よりも大切に扱ってきたつもりだ、ま、これを手にとって、一ページずつ何が描かれているかよく見てみたまえ」 彼は葉巻をくわえて椅子いすにもたれかかり、何一つ見のがさない鋭い目で、この記録が生みだす効果の観察にとりかかった。
 わたしは意外な事実の期待に胸をときめかせながらスケッチブックを開いた。もっともその事実がどのような性質のものかはまるで見当がつきかねたが。しかし、第一ページに関するかぎりこの期待は裏切られた。とっくりのセーターを着たひどく太った男の絵があって、その下に『郵便船上のジミー?コルヴァー』と説明があるだけだったからだ。つぎにインディアンとその生活を描いた小さなスケッチが数ページつづいた。つぎはシャベル帽をかぶった太っちよの陽気な坊さんと、痩やせこけたヨーロッパ人が向かい合って坐っている絵で、説明は『ロザリオでクリストフェロ師と昼食』とあった。なおも女や子供たちのスケッチが数ページつづき、それから、『砂洲の海牛』『海ガメとその卵』『ミリティ椰子やしの下の黒アジュティ』などという説明のついた一連の動物の絵がきた。この黒アジュティというのは、豚に似た動物だった。そして最後に、鼻の長い、ひどく不気味なとかげ類のスケッチが、見開きいっぱいに描かれていた。結局わたしにはなんのことかわからないので、教授にその旨白状した。
「これらはきっとクロコダイルなんでしょうね?」「アリゲーターだ! アリゲーターと言いたまえ! 南アメリカに本物のクロコダイルなぞいるはずがない。クロコダイルとアリゲーターのちがいは――」「つまり、何も不思議な点は見当たらないというつもりだったんですよ――あなたがおっしゃったことを裏書きするようなことという意味ですがね」 教授は穏かに微笑した。
「ではつぎのページを開いてみたまえ」
 それでもなおわたしは驚かなかった。今度のは大ざっぱに彩色した一ページ大の風景画で、それも風景画家が将来もっと本格的な作品に仕上げるつもりでスケッチを試みた、という程度のものにすぎなかった。羽毛のような植物でおおわれた薄緑の前景がしだいにのぼり坂になって赤黒い断崖で終わっている。崖は前に見たことのある玄武岩げんぶがんの地層に似て、奇妙にうねった線を描いていた。この崖は切れ目のない壁になって背景に横たわっている。その一か所に、孤立したピラミッド状の岩があって、てっぺんに大きな木が一本生えている。岩壁に割れ目が入ってできたものらしかった。それらの背景は、熱帯の青い空だった。植物が細い緑色の線になって赤茶けた崖のてっぺんをふちどっている。
つぎのページも同じ風景を描いた水彩画だが、このほうは細部がはっきり見えるほど対象に近づいて描いたものだった。
「どうだね?」と教授がたずねた。
「たしかに奇妙な地層だとは思います。しかしわたしは地質学の専門家じゃないから、驚くべきものだという気はしませんね」「驚くべきことだ!」と、彼はわたしの言葉をくりかえした。「実にユニークな地層だ。
信じられんほどだよ。このような可能性を想像した人間は一人としておるまい。ではそのつぎだ」 わたしはページをめくるなり驚きの声を発した。一ページ大にわたって、見たこともない奇妙な動物が描かれていた。阿片アヘン中毒者の悪夢というか、精神錯乱の妄想というべきか。頭は鳥類だが、胴は太ったとかげに似ている。長く引きずったしっぽには上向きのとげがずらりと並び、こんもりと丸味をおびた背中には、大きな鋸のこぎり状のひだがくっついていて、まるで一ダースものにわとりのとさかを交互に植えつけたようだ。この動物の前には、人間の姿をしたこっけいな小人というか一寸法師のようなものが立って、その化物を眺めていた。
「さあ、これをどう思うかね?」と、教授が得意そうに両手をこすり合わせながら叫んだ。
「恐ろしい――グロテスクとしか言いようがありません」「だが彼はなぜこんな絵を描いたのかね?」「商売上の手、ですか」
「おやおや、きみはその程度の想像力しか持ち合わせないのかね?」「では、あなたのお考えは?」「もちろんこの動物が実在するということだ。つまり、この絵は実物の写生だということさ」 それを聞いてふきだしそうになったが、とたんにまたもやとっ組み合ったまま廊下に転がり出る光景が目に浮かんだ。
「ごもっともです」わたしはばかをからかうような調子で答え、こうつけ加えた。「しかし、正直なところ、この小人がどうも腑ふにおちません。もしこれがインディアンだとしたら、アメリカ大陸にもピグミー族がいることの証明になると思いますが、これはどう見ても陽よけ帽をかぶったヨーロッパ人ですよ」 教授は怒った野牛のようにいきりたった。「きみは実に我慢のならん男だ。可能性に関するわしの見解を勝手に拡大しおって。大脳の不全麻痺! 精神の愚鈍! 実際驚くべきことだ!」 しかしわたしを怒らせようとしても無駄だった。実際、この男に腹を立てるとなると、四六時中腹を立てていることになるから、エネルギーの浪費である。わたしはうんざりした笑いを浮かべるだけで満足した。「この男があまりに小さいんで驚いたんですよ」と、わたしは言った。
 

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11/28 09:15