五 質問!
チャレンジャー教授との最初の面会で受けた肉体的ショックやら、二度目の話合いにともなう精神的なショックやらで、チャレンジャー邸を出るころはくたくたの状態だった。
がんがんする頭の中で、一つの考えが脈打っていた。それは、教授の話には真実があること、それが途方もなく重大なこと、もしそれを記事にする許可が得られたなら、『ガゼット』は想像もつかないような特ダネをつかむことになる、ということだった。通りのはずれにタクシーがいたので、わたしはそれにとび乗ってまっすぐ社へ向かった。マッカードルは例によって自分の席にいた。「やあ」と彼の声が期待ではずんだ。「雲行きはどうかな? ひどい目に会ってるんじゃないかと思っていたんだ。まさか彼に乱暴されたんじゃあるまいね?」「はじめはちょっとやり合いました」
「なんという男だ! で、きみはどうした?」
「なに、そのうち彼もおとなしくなって、穏かに話し合いましたよ。ただ、何も収穫はありませんでした――少なくとも記事にできるようなことは」「さあ、それはどうかな。現にきみの目は彼に殴られてあざになっている、これは記事になるよ。われわれとしても暴力をのさばらせておくわけにはいかんじゃないか、マローン君。彼の反省をうながす必要がある。明日の社説で徹底的にたたいてやろう。きみが材料を提供してくれれば、あの男に永遠に消えない烙印らくいんを押してやる。ミュンヒハウゼン教授――というのは小見出しとしてどうかね? あるいは現代によみがえるサー?
ジョン?マンデヴィル(十四世紀ごろフランスで刊行された架空旅行記の著者といわれる)――カリァ」トロ(十八世紀イタリアで名を売った詐欺師)――とにかく歴史に名を残すペテン師、暴漢ならだれでもいい。奴さんのインチキぶりを世間にあばきたててやる」「わたしは反対です」
「なぜだ?」
「彼は詐欺師などじゃないからです」
「なんだと!」マッカードルがわめいた。「まさかきみは、奴さんのマンモスやマストドンや巨大な海蛇の話を信じているわけじゃないだろうな」「さあ、そんな話は初耳ですね。彼がそんなことを言ってるとは思いませんよ。しかし、彼が何か新しいことを知っているとは信じます」「ではぜひそのことを記事にしたまえ!」
「そうしたいのは山々ですが、なにしろ記事にしないという条件で秘密に教えてもらったもんですからね」わたしは教授の話をかいつまんで説明した。「ま、ざっとこういうことです」 マッカードルはまるっきり信じてくれそうもなかった。
「ところで、マローン君」と、やがて彼は言った。「今晩の講演会のほうは記事にしてもさしつかえあるまい。ウォルドロンはもう何度となく新聞に出ているし、チャレンジャーが今夜話すことはだれも知らないはずだから、おそらくほかの新聞は全然目をつけていないだろう。運がよければ特ダネものだ。いずれにせよきみに行ってもらって、詳しい記事にしてもらうとしよう。十二時までスペースをあけておくからね」 まったく忙しい一日だった。わたしはサヴィジ?クラブでタープ?ヘンリーと一緒に早目の夕食をとりながら、その日の出来事を報告した。彼は痩せぎすな顔に疑わしそうな笑いを浮かべながら聞いていたが、わたしが教授の話を信用したと聞いて大声で笑いだした。
「現実にはそんなことはおこらんさ。偶然に大発見をして、そのあと証拠を紛失してしまうなんてことはね。それは小説家の領分だ。あの男は動物園の猿の檻おりみたいに、頭の中にごまかしをいっぱい詰めこんでいる。みんな根も葉もないたわごとだよ」「しかしアメリカの詩人をどう思う?」「そんな人間は存在しなかったのさ」
「ぼくはスケッチブックを見たんだぜ」
「チャレンジャーが自分で描いたんだろう」
「ではあの動物も?」
「もちろんさ。ほかにだれが描く?」
「では、写真はどうなんだい?」
「写真だってあてにはならん。きみ自身鳥が一羽見えただけだと言ったじゃないか」「翼手竜だ」「彼がそう言ったんだろう。きみは暗示にかかったんだよ」「じゃ、骨は?」「最初のやつはシチューにでも入っていたんだろう。二番目のやつはそのためにでっちあげたんだね。ちょっとばかり頭がよくて、その方面の知識があれば、骨だって写真だって簡単に贋物を作れるさ」 わたしはなんだか心配になってきた。要するにわたしは早まりすぎたのかもしれない。
だが、そのときふとうまい考えが浮かんだ。
「どうだろう、きみも一緒に講演会へ行ってみないか?」 タープ?ヘンリーは考えこんだ。
「チャレンジャーは人気のある人物じゃない。彼と結着をつけたがっている人間はたくさんいる。ロンドン中で一番人に憎まれている男と言ってもいいだろう。医学生たちが会場で騒ぎだしたらおさまりがつくまい。騒ぎにまきこまれるのはごめんだね」「少なくとも彼の主張を聞いてやるのがフェアプレイというもんじゃないかな」「あるいはそうかもしれん。よし、今夜はきみのお伴をしよう」 会場に到着してみると、予想よりはるかに多くの聴衆が集まっていた。ずらりと並んだ電気自動車が白ひげの教授たちを吐きだす一方、もっと地位の低い歩行者の黒い流れが、アーチ形の入口にぎっしりとつめかけて、科学の徒ばかりでなく一般人も大勢混っているらしかった。座席に腰をおろすと同時に、若々しいはしゃいだ空気が大向こうからホールのうしろのほうまでみなぎっていることが感じられた。うしろをふり向くと、見なれた医学生らしいタイプの顔がずらりと並んでいた。明らかに各大病院からそれぞれ派遣されてきた顔ぶれだ。聴衆の態度は今のところ上機嫌だが、いたずらっぽい気分がみなぎっていた。科学講演会の前ぶれにはふさわしくない流行歌の熱っぽい合唱がわきおこり、野次は猛烈をきわめそうな気配だった。野次られるほうは迷惑千万にちがいないが、ほかの人間にとってはなかなか楽しい晩になりそうだった。
かくて、メルドラム老博士が有名なふちのめくれあがったァ≮ラ?ハットをかぶって壇上に現われたとき、早くも聴衆は声を和して「その帽子はどこで手に入れた?」とはやしたてたので、博士はあわててそれをぬぎ、こっそり椅子の下に隠してしまった。痛風病みのウォドリー教授がびっこをひきながら席につくと、会場中から足の具合はどうかという好意的な声がとび、明らかに彼を困らせた。しかし会場の反応が中でもすさまじかったのは、わたしの新しい友人チャレンジャー教授が、演壇上の前列のはしに定められた自分の席についたときだった。彼の黒いひげが演壇のはずれに現われるやいなや、どっと歓声があがったので、わたしはふとタープ?ヘンリーの予想が当たったのではないか、これだけ多くの人が集まったのは、講演そのもののせいではなく、有名なチャレンジャー教授が進行に加わるという噂が行きわたったせいではないかと心配になった。