なおも登り道を行くと、やがて越えるのに二日はかかりそうな岩の突きでた斜面にさしかかった。植物相はふたたび変わって、目につくのはゾウゲヤシとすばらしいランの氾濫だけになった。その中には教えられて名を知ったランの珍種ヌットニア、ヴェクシラリアだとか、見事なピンクの花をつけたカトレア、深紅のァ∩ントグロッサムなどという種類も混っていた。ところどころ川底が小石で、両岸をシダの茂みでおおわれた小川が、音をたてて浅い山峡を流れ下り、岩の散らばった沼の岸にこの上ない野営地を作っていた。そこでとれる背びれの青い魚は、ちょうどイギリスのマスぐらいの大きさで、夕食のいいごちそうになった。
カヌーをおりてから九日目、およそ百二十マイルも進んだかと思われるころ、まわりに木が見えなくなった。もっともその前から木がだんだん低くなって、灌木の茂み程度になってはいたのだが。そのあたりは一面隙間なしの竹やぶばかりで、インディアンの小刀や鉈鎌なたがまで切り開かなければ通れそうもなかった。一時間に二度の割で休憩しながら、朝の七時から夜の八時までたっぷり一日働いて、どうにかこの障害物を乗り越えることができた。およそこれほど単調でうんざりするような作業は想像もできなかった。竹やぶが最もまばらなところでさえ、十ヤードそこそこしか先きが見えないところへもってきて、たいていいつも目の前はジョン卿のコットン?ジャケットの背中、両側は一フィートほどのところに黄色い壁が見えるだけなのである。上のほうからはナイフの刃のように細い日光がさしこみ、頭上十五フィートほどのところでは、青空をバックにしてアシの葉先きが揺れていた。こんなやぶの中にどんな動物が棲むのかわからないが、時おりすぐ近くで大きな動物がガサゴソする音を聞いた。ジョン卿は音のぐあいから野牛の一種だろうと判断した。夜の訪れとともに、ようやくこの竹やぶを細い帯のように切り開き、長かった一日の重労働でくたくたに疲れきった体で、すぐに野営の準備をした。
翌朝も早いうちに出発した。周囲のようすはまたまた一変した。ふりかえると、川筋のようにはっきりした竹やぶの壁が見える。前方は広々とした平坦地で、それがヘゴの茂みの点在するゆるやかな登り坂になり、全体に丸味をおびて、長い鯨くじらの背中のような屋根で終わっていた。正午ごろこの屋根に達すると、向こう側は浅い谷になっており、谷の向こうはふたたびゆるやかな登りになって、低い、ゆるやかにカーヴした地平線までつづいていた。この最初の丘を登っているとき、重大らしくもあり、そうでもなさそうな感じもするある事件がおきた。
途中で傭った二人のインディアンと共に隊の先頭を進んでいたチャレンジャー教授が、突然立ちどまって興奮の面持で空を指さした。その方角に目を向けると、一マイルかそこらはなれたところで、巨大な灰色の鳥のようなものがゆっくりと地面から舞いあがり、低く一直線に滑るようにしてヘゴの茂みのかげに消えてゆくのが見えた。
「あれを見たかね?」と、チャレンジャーが興奮して叫んだ。「サマリー君、見たかね?」 同僚の教授は鳥のようなものが消えた一点をじっと見つめていた。
「あれがなんだというのかね?」
「まちがいない、翼手竜だ」
サマリーが冗談じゃないという顔で吹きだした。「たわごとはいいかげんにしたまえ! あれは確かにコウノトリだった」 チャレンジャーは口もきけないほど立腹した。黙々と荷物をかついでまた歩きだした。
ところがジョン卿がわたしに追いすがった。顔つきがいつになく真剣だった。彼はツァイスの双眼鏡を手に持っていた。
「あれが茂みの向こうへ消える前に焦点を合わせたんだ」彼は言った。「翼手竜だと言いきる自信はないが、スポーツマンの名誉にかけて、あんな鳥は生まれてこの方一度も見たことがない」 こういう次第である。われわれはいよいよ秘境の入口に到着して、隊長の言う失われた世界の監視人にでくわしたのだろうか? 報告に手心は加えないから、読者はこの事件を自分の目で見たも同然である。それ以上特筆すべきことは何もおこらなかったから、目下のところこの事件は解釈のしようがない。
さて、読者諸君(この手紙がイギリスに届けばの話だが)、わたしは大河をさかのぼり、イグサの幕をくぐり抜け、緑のトンネルを通り、ゾウゲヤシの長い丘を登り、竹やぶの障害を越え、ヘゴの生い茂る平原を横切って諸君をここまで案内した。ついに目的地は目の前に全貌を現わした。二つ目の尾根を越えたとき、ところどころヤシの生えたでこぼこの平原と、つづいて写真で見おぼえのあるそびえたつ赤土の断崖を前方に見たのだ。これを書いている現在も、断崖は目の前にあり、写真と同じ場所であることは絶対まちがいない。一番近いところは現在の野営地からおよそ七マイルばかりで、ゆるやかにカーヴしながら見わたすかぎりつづいている。チャレンジャーは品評会で入賞したクジャクのように意気揚々と歩きまわり、サマリーは沈黙がちだが内心ではまだ疑っている。いずれわれわれの疑問もとけるだろう。腕に折れ竹を突き刺したホセが、ここで引きかえすと言ってきかないので、無事国に届くことを祈りながら彼にこの手紙を託することにする。今後も時間の許すかぎり書きつづけたい。手紙の理解に多少とも役立つかと考えて、旅の略図をここに同封する。