入口のところでもぜいぜい四十フィートほどの広さしかなかったのだが、進むにつれてその幅が急速にせばまり、ついに急角度で行きづまりになってしまった。それから先きは平らでなんの手がかりもなく、とても登りには適さない。開拓者が示そうとした場所がここでないことは明らかだった。われわれは奥行きがせいぜい四分の一マイル程度のこの裂け目をまた入口まで引きかえした。それから、ジョン卿の鋭い目が探し求めていたものをたずねあてた。頭上高く、暗い影の中でもひときわ暗い丸いところが見えた。まぎれもなく洞穴の入口である。
崖の下のその場所は岩のかけらが積み重なっていて、よじのぼるのにそれほど苦労はなかった。そこまでたどりついたとき、疑問は完全に氷解した。単に岩穴の入口というだけでなく、壁にはまたまた矢印が認められたのだ。これこそメイプル?ホワイトと彼の不幸な友人が発見した登り口にちがいない。
われわれはひどく興奮していて、テントへ戻るどころか、ただちに最初の探検を実行しなければ気がすまなかった。ジョン卿のナップザックに懐中電燈が入っていたので、彼が黄色い光の輪で足もとを照らしながら先頭に立ち、われわれは一列になってそのあとから進んだ。
洞穴は明らかに水蝕によってできたものらしく、壁はなめらかで足もとには玉石が転がっていた。ちょうど人間一人が腰をかがめて通れるぐらいの広さである。およそ四十五ヤードほど水平に進んだのち、四十五度ぐらいの登りになった。やがてこの登り道はさらにきつくなり、よつんばいになって進む手足の下でゆるんだ石ころがくずれ落ちるようになった。突然ジョン卿が叫び声を発した。
「行きどまりだぞ!」
彼の背後に群がったわれわれの目の前に、黄色い光に照らされて、行手を天井までふさいでいる玄武岩の壁が浮かびあがった。
「天井が落ちたんだ!」
岩のかけらをいくつか掘りかえしてみたが無駄だった。かえって大きな岩がゆるんで傾斜した通路を転がりだし、われわれを押しつぶしてしまうおそれがあった。いくらがんばってみたところで、この障害物をどかすことはできそうにもなかった。メイプル?ホワイトがかつて登った道も、今は役に立たないのだ。
われわれは口もきけないほど気落ちして、足を引きずりながら暗いトンネルをテントのほうへ戻ってきた。
ところが洞穴の中にいるうちにある事件がおこった。その後の事件と考え合わせて、これにはかなり重要な意味があった。
洞穴の入口から五十フィートほどさがった割れ目の一番低いとこで、ひとかたまりに集まっているとき、突然大きな岩が転がりだし、すさまじい勢いでわれわれの横を走っていった。すんでのところで命を落とすところだった。岩がどこから降ってきたのかわれわれには見えなかったが、洞穴の入口にいた混血の従者たちもそれが上のほうから落ちてくるのを見たというから、崖のてっぺんから降ってきたものにちがいなかった。しかし上を見ても、崖の上をおおっている緑のジャングルの中では、何も動く気配がない。ただこの岩がわれわれを狙って投げおろされたものであることは確かである。とすると、これは人間の仕業、それも台地の上にいる悪意を持った人間の仕業ということになる!
われわれはこの新しい局面と、それがわれわれの計画に及ぼす影響で頭をいっぱいにしながら、急いで岩の割れ目から引きかえした。これまでも楽観を許さない状況なのに、自然の妨害に加えて人間の故意の反対にでくわすとなれば、まず成功の望みはなくなってしまう。しかしながら頭上わずか数百フィートの高さにある美しい緑の崖の縁を見上げるとき、その奥をきわめないうちにロンドンへ帰ることを考えた者は一人としていなかった。
状況を検討し合ったすえ、最善の方法は崖にそってさらに進み、頂上へのほかの登り口を探してみることだという結論に達した。崖はすでにかなり低くなっており、方向も西から北に変わっていたから、これが円周の弧と考えられるなら、ぐるりと一まわりしても大した距離ではなかった。最悪の場台でも数日後には出発点に帰りつくだろう。
その日一日で二十二マイルほど進んだが、別に変わったこともおこらなかった。アネロイド晴雨計から判断して、カヌーを乗りすててからかれこれ海抜三千フィートほどの高さまで登りつづけた計算になるようだ。気温や植物相にかなりの変化が見られる。熱帯旅行につきものの恐るべき虫の被害も、今はだいぶ少なくなった。時おりヤシの木を見かけるし、ヘゴの木はいくらでもあるが、アマゾン特有の樹木は姿を消している。ヒルガオ、トケイソウ、ベゴニアなどの花は、この殺風景な岩山の中でイギリスを思いださせて、なかなか楽しい眺めだった。ストレータムのある別荘の窓の植木鉢に咲いている赤いベゴニアと同じ種類のものも見かけた――がどうやらわたしは個人的な回想にひたりすぎたようだ。
その夜――台地めぐりに出発した最初の日のことだが――ある偉大な経験がわれわれを待っていた。それはわれわれが今や身近かにせまった驚異に対して、まだいくぶんなりとも疑問を抱いていたとすれば、それを永遠に解消してしまうような経験だった。
親愛なるマッカードル氏よ、あなたはこの手紙を読まれたときおそらくはじめて、『ガゼット』がわたしを無意味な企てのために派遣したのではないこと、チャレンジャー教授の許可がえられしだい世に発表する想像もつかないような特ダネをつかんだことを理解されることと思います。もちろんわたしはわたしなりにイギリスへ証拠を持ち帰るまでは、この記事を発表するつもりはありません。さもないと永久に新聞記者の中のミュンヒハウゼンと非難されかねないからです。おそらくこの点についてはあなたも同意見で、こうした記事がかならず呼びおこす批判と疑いの大合唱に対抗できるめどがつくまでは、『ガゼット』の信用を賭けるようなことを望まないだろうと信じております。ですから『ガゼット』の大見出しになること疑いなしというこの不思議な事件の報告も、時期がくるまでは編集長のひきだしに保管していただかねばなりません。
とはいうものの、それはほんの一瞬の、それも一度かぎりの出来事であり、われわれの確信の中で尾を引いているにすぎなかった。
事件というのはこうである。ジョン卿がアジュティ――豚に似た小さな動物である――を一頭仕止めてきて、半分をインディアンたちに与え、残りをわれわれが食べるために焚火で焼いていた。日が暮れたあとで肌寒く、われわれは火のそばにかたまっていた。月こそなかったが星明りで平原をやや先きまで見通すことができた。そこへ、突然夜の闇の中から、飛行機のような音をたてて何物かがさっと襲いかかってきたのだ。一瞬われわれ四人の頭上に革のような翼の屋根がおおいかぶさり、長い蛇のような首、猛々しく貧欲な赤い目、驚いたことに小さくてまっ白な歯のはえた巨大なくちばしがちらとわたしの目についた。それは一瞬のうちに飛び去り――同時にわれわれの夕食も消えていた。幅十二フィートもある巨大な黒い影が空中に舞いあがり、怪鳥の翼にさえぎられて星も見えなくなったが、やがて頭上の崖のかなたに姿を消した。一同は火のまわりに坐ったまま、ハーピイ(ギリシャ神話。女の姿をし、鳥の翼と爪を持つ怪物)に襲いかかられたローマの詩人ウェルギリウスの英雄たちのように、驚きのあまり口もきけなかった。やがて最初に口を開いたのはサマリーだった。