「チャレンジャー教授」と、厳粛な声を感動でふるわせながら呼びかけた。「わしはきみにお詫びせねばならん。まったくわしがまちがっていた。どうぞこれまでのことは水に流してくれたまえ」 りっぱな言葉だった。二人の教授ははじめて心のこもった握手をかわした。はじめてまぎれもない翼手竜の姿を認めたことによって、実に多くの進歩を見たのである。この二人の和解を思えば、ふいになった夕食も惜しくはない。
しかし台地の上に先史時代の動物が存在するとしても、その数は決して多くないらしく、翌日からの三日間にふたたび姿を見かけることはなかった。その間われわれは、崖の北と東側にあって石ころだらけの荒地と野鳥の群がる荒れはてた沼地が交互にくりかえす不毛の地を横断した。その方角からだと台地はまったく近寄りがたく、切り立った崖の下に固い岩棚がなかったら引きかえすよりほかはなかったところだ。亜熱帯性のどろどろ腐った湿地に何度も腰まではまりこんだ。なお悪いことに、そこらは南アメリカで最も攻撃的な毒蛇、ジャラカカ蛇の繁殖地だった。この恐ろしい生物が腐った沼の表面にくねくねと鎌首をもたげて、何度もわれわれのほうに向かってくるので、常に散弾銃の狙ねらいを定めておかなければ、とても身の危険を防げたものではなかった。泥沼のある場所にじょうご型の深みがあって、そこでは青ざめた緑色の苔が腐っていたが、この悪夢のような思い出はおそらく永久に忘れられないだろう。その場所が毒蛇の巣らしくて、斜面という斜面は蛇で足の踏み場もないほど、しかも人を見た瞬間にとびかかるのがジャラカカの習性なので、それらが一匹残らずくねくねとわれわれのほうに立ち向かってきた。こんなに数が多くては一々射っていても間に合わないので、さっさと逃げだしてもうこれ以上は息がつづかないというところまで走りつづけた。走りながらうしろを向いて、アシの間に見え隠れする恐るべき追跡者の鎌首がどこまで近づいたかを見たときのあの恐ろしさは、いつまでも忘れられそうにない。今製作している地図の中で、ここをジャラカカ沼と名づけた。
進むにつれて崖は赤味を失い、チョコレート色に変わっていた。台地上の植物はずっとまばらになり、高さも三百ないし四百フィートと低くなったが、依然登れそうな場所は見当たらなかった。むしろ最初にたどりついた部分の崖よりもかえって手ごわそうだった。
岩壁のけわしさはわたしが石ころだらけの荒地で撮った写真にもはっきり示されている。
「とにかく」みんなで状況を検討し合っているとき、わたしは言った。「雨はどこかを伝って流れ落ちているんだから、岩の間にその水路があるはずですよ」「この若い友人はなかなか頭のひらめきが鋭いようだ」と、チャレンジャー教授がわたしの肩を叩いた。
「雨はきっとどこかへ流れてゆくはずです」と、わたしはくりかえした。
「彼は現実をつかんでいる。ただ問題なのは、われわれがこの目で確かめた結果、岩の表面にそのような水路が全然見当たらないということだ」「とすると、水はどこへ流れているんです?」「外側へ流れださないとしたら、地中へしみこんでいると考えるしかないだろうな」「では台地の中央に湖でも?」「わしはそう思うね」
「その湖は昔の噴火口かもしれん」サマリーが言った。「もともとこの台地の形成そのものが火山性だ。だがそれはともかく、台地の表面は内部に傾斜していて、中央部にはかなりの水がたまっているにちがいない。それがどこか地下の水脈を伝わって流れだし、例のジャラカカ沼に注いでいると考えたほうがいいだろう」「さもなければ蒸発によって一定の水量が保たれる」とチャレンジャーが意見を述べた。
それをきっかけに二人の学者はお定まりの科学的論議に入りこんでいったが、われわれ素人にとってはシナ語も同然でチンプンカンプンだった。
六日目に崖の周囲をまわり終わって、孤立した三角岩のそばの最初の野営地へ帰ってきた。一行は失望していた。これ以上は考えられないほど綿密な調査を行なった結果、どんなに元気のいい人間にも登れそうな場所はないということがはっきりしたからである。メイプル?ホワイトが矢印で示してくれた登り口も、今はまったく通行不可能だった。
さて、今後われわれはいかにすべきか? 食糧のほうは銃で仕止めた獲物で補っているおかげで結構ながもちしているが、それもいつかは補給の必要がでてくる。あと二か月もすれば雨期が訪れて、テントも洗い流されてしまうだろう。岩は大理石よりも堅く、これだけの高さに通路を刻みつけることは時間と資材が許さない。その夜は一同が憂鬱な顔を見合わせながら、物も言わず寝床にもぐりこんだのも不思議がなかった。わたしは眠りにつく寸前の光景を今もはっきりおぼえている。チャレンジャーが巨大な食用蛙のような恰好かっこうで火のそばにうずくまって両手で大きな頭を抱えこみ、明らかに考えごとにふけっていたらしく、わたしがおやすみなさいと声をかけても全然気がつかないらしかった。
ところが朝目をさましたときのチャレンジャーはまったくの別人だった。全身に満足感と喜びがみなぎっている。彼は朝食に集まったわれわれを前にして、目に作りもののへりくだった表情を浮かべた。
「わしは諸君にいかように非難されてもいたしかたないと思っている。だがどうかそれを口に出してわしに恥しい思いをさせないでいただきたい」とでも言いだしかねない態度だが、それとはうらはらに意気揚々とひげを突きだし、胸をはり、片手を上着のポケットに突っこんだままだった。その恰好でトラファルガー?スクエアの空いた柱脚を飾り(そこにはネルソン提督の銅像がある)、ロンドンの街に新たな恐怖を加えることを時おり空想しているのかもしれない。
「わかったユーレカ!」彼はひげの間で白い歯を輝かせて叫んだ。「諸君、喜んでいただきたい。問題は解決しましたぞ」「登り口を発見したんですか?」
「まあそう言ってもよかろうな」
「どこです?」
答えるかわりに、彼は右手の尖塔のような岩を指さした。
それを見た瞬間、われわれは、少なくともわたしはがっかりして顔を伏せた。その岩が登はん可能なことはすでにチャレンジャーも保証している。問題はそれと台地の間にある恐ろしい深淵だ。
「しかしとうてい向こうへは渡れないでしょう」と、わたしは溜息をついた。
「少なくとも岩の頂上までは登れる。そこまでたどりついたら、わしの工夫がまだ底をついていないことをお目にかけられるかもしれん」 食後隊長が持ってきた登山用具の包みをといた。彼はその中から、長さ百五十フィートの丈夫で軽いロープの束、アイゼン、ハーケンなどを取りだした。ジョン卿は経験を積んだ登山家だし、サマリーも何度か急な山を登っているから、岩登りの新米は事実上わたしだけだった。しかし体力と活気が経験不足を補ってくれるだろう。