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十一 このときだけはわたしも英雄(4)_失われた世界(失落的世界)_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
 わずか一フィートか二フィートの距離をおいて、ある顔がわたしをのぞいていたのだ。
顔の主はヤドリギのかげにいて、たまたまわたしと同時に顔をまわしたものらしい。それは人間の顔だった――少なくとも今まで見たどの猿よりも人間に近い顔だった。長い白っぽい顔で、にきびにおおわれ、鼻ぺちゃで、こわいまばらなひげのはえた下あごがぐいと突き出ていた。濃こく太い眉毛の下の目は獰猛どうもうそうで、口をあけて罵り声のような音をたてたとき、曲がった鋭い犬のような歯が見えた。一瞬その狂暴な目に憎しみと威嚇が読みとれた。やがて、閃光のように、深い恐怖の表情が浮かんだ。そいつがもつれ合った緑の葉の中に跳びおりたとき、ピシッピシッと枝の折れる音がした。赤っぽい豚のような毛むくじゃらの体がちらと見えたが、やがて葉と枝の渦の中に消えてしまった。
「どうした、何かあったのか?」と、下からジョン卿の声が聞こえた。
「見ましたか?」わたしは両手で枝にしがみつき、ぞっとしながら叫んだ。
「足を滑らしたような音がしたが、なんの音だい?」 わたしはこの猿人が突然風変わりな現われ方をしたことにショックを受けていたので、ひとまず木から降りて仲間にそのことを話すべきかどうかためらっていた。しかしこれだけ高く登っていながら、任務を果たさずに降りるのは情なさけないような気がした。
 そんなわけで、呼吸をととのえ、勇気をとり戻すために長い間休んだあとで、ふたたび登りにかかった。一度枯枝に体重をかけて両手で宙づりになるという場面もあったが、概して楽な登りだった。やがて周囲の葉もしだいにまばらになり、頬をなぶる風から判断して、どうやら森の木木のてっぺんから上に抜けだしたことがわかった。しかし一番高いところまで登りつめるまでは周囲を見ない決心をして、とうとうてっぺんの枝が体の重みでしなうところまでたどりついた。そこで手頃なふたまたの枝に安全に腰をおちつけて、この神秘にみちた台地のすばらしいパノラマを見おろした。
 太陽は西の地平線のすぐ上にあり、この日は特によく晴れた夕暮れだったので、台地のはずれまではっきりと見通すことができた。それは、この高さから見おろすと、長径約三十マイル、短径約二十マイルの楕円形をしていた。おおよその地勢は浅いじょうご型で、周囲からしだいに傾斜して中心部のかなり大きな湖にいたっている。湖は周囲がおよそ十マイルぐらいはあるだろうか、縁を厚いアシの茂みに囲まれ、湖面のところどころに黄色い砂洲がのぞいて、柔かい光の中で黄金色に輝いている。夕方の明りの中で、たとえようもなく美しい姿で横たわっていた。ワニにしては大きすぎるし、カヌーにしては長すぎる黒い物体が、砂洲の縁に無数に認められた。望遠鏡でそれらが生物であることだけは確認したが、どんな動物であるかはまるで見当もつかなかった。
 台地のわれわれが野営している側から、ところどころ空地をちりばめた下り坂の森林地帯が、中央の湖に向かって五マイルか六マイルつづいている。真下には例の禽竜の空地があり、少し先きに翼手竜の沼地らしい丸い森の切れ目が見える。しかし台地の正面はこれとまったく別の様相を呈している。そこでは外界をさえぎる玄武岩の崖と同じものが台地の内側にもあり、およそ二百フィートほどの断崖を形成してその下は森の多い斜面になっている。赤い絶壁の下、地面からかなり高いところに、無数の暗い穴があいているのが望遠鏡を通して認められた。これはおそらく洞窟の入口なのだろう。ある入口で何か白っぽいものが光っていたが、その正体はわからなかった。わたしはあたりが暗くなって細かいところの見分けがつかなくなるまで、木の枝に坐って地図を描きつづけた。それから、大木の下で今か今かと待っている仲間のところへ降りていった。このときだけはわたしも探検の英雄だった。自分一人で考えだし、自分一人でやってのけたのだ。その結果、未知の危険にさらされながら、一か月も手探りで歩きまわる無駄をはぶいてくれるに違いない地図を手に入れた。三人はかわるがわる厳粛な表情でわたしに握手を求めた。しかし、わたしの地図の細部について論じる前に、まず樹上で出会った猿人の一件を報告する必要があった。
「そいつはずっとあすこにいたんです」
「どうしてそれがわかる?」と、ジョン卿がたずねた。
「何か敵意を持つものにずっと見られていたような気がするからですよ。ぼくは前にもそう言ったでしょう、チャレンジャー教授」「そういえば確かにそんなことを言ったな。われわれの中で彼がそうしたものに敏感なケルト的特性を一番多くそなえているようだ」「テレパシーなどというものは――」と、サマリーがパイプをつめながら言いかけた。
「問題が大きすぎて今ここで論じるには不適当だ」チャレンジャーがきめつけた。それから、日曜学校の生徒に話しかける坊さんのような口調で、「ところでその動物は親指を掌に曲げられるかどうか見なかったかね?」「いや、気がつきませんでした」
「しっぽはあったかな?」
「ありません」
「足に把握力はあったかね?」
「そうでもなければあれほどすばやく枝の中に姿は消せないと思います」「南アメリカには、わしの記憶に間違いがなけれは――誤りがあったら指摘してくれたまえ、サマリー教授――約三十六種の猿が棲息しているが、類人猿がいることは知られていない。しかし、それが存在していることは間違いない。ただアフリカと東洋にしかいない毛におおわれたゴリラのような種族とは違う」(チャレンジャー教授を見ているうちに、その同族はケンジントンにもいるとつい口に出しそうになった)「これはひげをはやした色のないタイプだ。色がないということは、森の中に隠れ住む習性を示している。問題は彼が猿と人間のどちらにより近いかということだ。もし後者に近いとすれば、俗説に言うミッシング?リンク(類人猿と人間の中間にあったと想定される動物)にほぼ相当するだろう。とにかくこの問題を解決することがわれわれのさし当たっての義務というものだ」「いやいや、そうじゃない」サマリーがだしぬけに口出しした。「マローン君の思いつきと活躍によって(この言葉を引用せずにはいられない)地図が手に入った今、われわれの緊急の義務はこの恐ろしい場所から無事逃げだすことだと思う」「文明時代の肉なべか(旧約出エジプト記。モーゼにひきいられてエジプトを出たイスラエル人が、荒野に飢えて、エジプト時代のぜいたくな肉なべを引き合いに出しながら不満を述べる)」とチャレンジャー教授がうなった。
「いや、文明時代のインクつぼだ。われわれがこの目で見たことを記録し、あとの探検はほかの人間にまかせるのが義務というものだ。マローン君が地図を作る前はみなそれに賛成だったではないか」「それは、探検の成果が友人たちの手に届いたとわかれば、確かにわしの心も安まるだろう。どうやってここから降りるかについてはまだなにも考えが浮かんでおらん。しかし、これまでの経験では、わしのすぐれた頭脳をもってしても解決できない問題にであったためしがないから、明日になったら下へ降りる問題を考えてみると約束してもいい」 かくて問題は一応けりがついた。しかしその夜、焚火と一本のろうそくの明りで、失われた世界の最初の地図が書きあげられた。わたしが見張台から観察して大ざっぱに書きとめておいたものは、すべて関連のある場所に書きこまれた。チャレンジャーの鉛筆が湖の所在を示す大きな空白の上をさまよった。
「湖にはどう名前をつけるかな?」
「きみ自身の名前を永久にとどめてはどうかね?」と、サマリーが例によって皮肉な口ぶりで言った。
「わしの名前はもっとほかの、わしにしかできないことで後世に残ると信じている。山や川に名を冠すればどんなばかでもその無価値な名前を後世に残すことができるだろう。だがわしはそんな記念碑を必要としない」 サマリーが皮肉な笑いをうかべながら新たな攻撃に移ろうとしたとき、ジョン卿があわててさえぎった。
「湖に名前をつけるのはきみの役目だよ、マローン君。きみが最初の発見者だからね。かりに『マローン湖』とつけたとしても、だれも文句の言いようがないだろう」「よかろう。マローン君に一任しよう」と、チャレンジャー。
「ではグラディス湖としてください」おそらくこのときわたしの顔があからんでいたことだろう。
「中央湖とするほうがわかりやすくはないかね?」と、サマリーが言った。
「やっぱりグラディス湖にします」
 チャレンジャーがわたしの肩を持つような視線を向けて、からかい気味に大きな頭をふった。
「若い人は若い人だ。グラディス湖でいいじゃないか」

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