「わたしはてっきり一巻の終わりだと思ったのだが、どうやら風向きが変わったらしいのだ。連中はしばらく。ペチャクチャやっていたが、やがて一人がチャレンジャーのそばに立ちあがった。きみは笑うかもしれないが、この二人が実によく似ているんだよ。自分の目で見たのでなければとても信じられんような話だがね。その年とった猿人は――どうやらそいつが首領株らしい――まるであから顔のチャレンジャーというところなのだ。教授の魅力の一つ一つを少しばかり強調すれば、そっくり老猿人ができあがる。ずんぐりしていて、肩幅が広く、分厚い胸、首なし、赤いひげ、ふさふさした眉毛、目のあたりにただよう『なんの用だ!』とでもいいたそうな尊大な表情、その他何から何まで驚くほどよく似てるんだ。猿人がチャレンジャーのそばに立って彼の肩に手をかけたとき、この珍妙な眺めが完璧かんぺきになった。サマリーはいささか興奮気味だったせいか、涙が出るほど笑いころげる始末でね。猿人たちも笑っていた――少なくともそれらしいしゃがれ声を発していたよ。それから連中は、われわれを引きたてて森の中を進んでいった。銃やその他には手を触れなかったが――おそらく危険だと思ったんだろうね――荷をほどいた食糧は全部さらっていった。サマリーとわたしは途中少々手荒な扱いを受けた――この傷と服の破れぐあいを見ればわかると思うが、連中の肌はまるで革のように固いもんだから、いばらの中だろうとなんだろうと一直線に進んでゆくんだ。ただしチャレンジャーだけは大いに楽をした。四人の猿人に肩の高さまでかつぎあげられて、まるでローマ皇帝みたいにふんぞりかえっていたよ。おや、あの音は?」 遠くのほうでカスタネットと思えないことのない、聞きなれない音がした。
「連中が行く!」わが友は二梃目の二連式エクスプレス銃に弾丸をこめながら言った。
「両方とも弾丸をこめておきたまえ、生けどりにされるのはおたがいまっぴらだからね。
あれは連中が興奮したときにたてる音なんだ。ぼくたちを見つけたらさぞ興奮することだろう。『竜騎兵第二連隊の最後の守り』はごめんこうむりたいからな。『こわばる両手に銃をとり、死傷者の輪に囲まれて……』てなことになったらばかばかしい。ほら、連中の声が聞こえるだろう?」「はるか遠くらしい」
「少人数ならどうってことはないが、捜索隊が森中に散っているに違いない。さて、災難のつづきを話そう。間もなく彼らはわれわれを自分の町へ連れて行った――木の枝と葉で作った一千軒ほどの小舎が崖のふちにある大きな森の中にあるのだ。ここからだったら三マイルか四マイルというところだろう。汚ならしいけだものどもはぼくの全身を撫でまわした。一生その汚れが消えそうもない感じだな。彼らはわれわれを縛りあげ――ぼくを縛ったやつはまるで甲板長ボースンみたいに手先きが器用なんだ――身動き一つできないようにして木の下に転がした。棍棒を持った見張りが一人立っているんだ。断わっておくが『われわれ』とはサマリーとぼくの二人だ。チャレンジャー先生は木の上でパイナップルを食べながら、わが世の春というしだいさ。もっともわれわれにもパイナップルを手に入れてくれたし、縄の結び目をゆるめてもくれたがね。彼が例の双生児の兄弟と一緒に仲よく木の上に坐って、割れ鐘のような声で『鐘を打ち鳴らせ』かなにかを歌っているのを見たら――というのも猿人たちはおよそ音楽と名のつくものならなんでも大好きらしいからだが――きみだってきっとふきださずにはいられない。もっとも、わかってもらえると思うが、われわれはあまり笑いたいような気分ではなかったがね。彼らは、もちろん限度はあるが、チャレンジャーには好きなようにふるまわせていたくせに、われわれに対しては明らかに一線を画していた。いずれにしてもきみが一緒につかまらずに記録を保管していると考えると、大いに心が慰められたよ。
さて、いよいよびっくりするような話があるんだ。きみは人間が住んでいるらしい痕跡や、かがり火、罠などを見たと言ったね。ところがわれわれはその土民をこの目で見たんだ。小さな体をした、哀れっぽくうなだれた連中だが、そんなふうになるのも無理のない理由があるのだ。この台地の半分――きみが洞窟を見た向こう側のほう――は人間が支配し、こちら側の半分は猿人が支配しているらしい。そして両者の間では常に戦争が絶えないんだ。ぼくにわかったかぎりでは、ざっとこんな状況だよ。きのうは猿人たちが人間を大勢捕虜にして連れてきた。あんな騒々しさにはお目にかかったことがない。人間は皮膚の赤い連中だが、みな噛まれたり引き裂かれたりして、歩くのもやっとの状態だった。猿人は即座に二人を殺した。一人は片腕を引きちぎられて――まったく野蛮な殺し方だった。人間のほうは体こそ小さいが勇気があり、泣声一つ洩らさなかった。とにかく胸の悪くなるような眺めだったな。サマリーは失神するし、チャレンジャーでさえやっとこらえている始末だった。ところで、連中は行ってしまったようだな」 耳をすましてみたが、森のしじまをかき乱すのは鳥の鳴き声だけだった。ジョン卿は話をつづけた。
「きみは命びろいをしたんだよ、マローン。連中がきみの存在をすっかり忘れてしまったのは、小人のインディアンたちをたくさん捕虜にしたせいなんだ。さもなきゃきっときみをつかまえにキャンプへ引っかえしていたと思うね。もちろんきみが言ったように、連中は最初から木の上でわれわれを見張っていた、だから一人足りないことはちゃんと知っていたらしい。ただ新しい獲物のおかげでそれを忘れてしまったんだね。だから今朝ぼくがきみをおこしたとき本来なら猿に襲われていたところなんだ。さてそのあとが大変だった。まったくなんて恐ろしい目にあったもんだろう。アメリカ人の骨を見つけた例の先きのとがつた竹やぶをおぼえているかい? あれがちょうど猿人村の真下にあるんだ。つまり捕虜の身投げ場所なんだよ。よく探せばきっと骨が山のように見つかるだろう。竹やぶの上には広い閲兵式場のような空地があってね、連中はそこで処刑の儀式をおこなうんだ。哀れな捕虜が一人ずつとびおりるわけだが、直接地べたに落ちてバラバラになってしまうか、竹で串刺しになるかが楽しい見物というわけさ。われわれも広場に連れだされてそれを見たが、猿人どもは一人残らず崖のふちに集まってくるんだ。インディアンが四人とびおりたが、まるでバターの塊りに編針でも刺すような具合だった。あの気の毒なアメリカ人の肋骨の間から竹がのびていたわけもこれでわかった。恐ろしいことだがたしかに面白い見物だった。つぎは自分がとび降りる番かもしれないという考えが浮かんだにもかかわらず、手に汗にぎって死のとびこみを見物していたよ。