とその時は思ったのだが、実はこれが思い違いだった。防柵のイバラの扉を閉ざしてたがいに握手をかわし、息を切らしながら泉のそばの地面に寝ころんだと思う間もなく、入口の外からひたひたという足音が、つづいて優しい哀願するような叫び声が聞こえてきた。ジョン卿がライフルを持って駆け寄り、扉をさっとあけた。そこでは生き残った小柄な赤いインディアン四人が地面に額をすりつけて、恐る恐るわれわれの保護を哀願していた。そのうちの一人が手をぐるりとまわして周囲の林を示した。そこら中に危険がひそんでいるということらしい。つづいて彼は前にとびだし、ジョン卿の脚に抱きついてその上に顔をすりつけた。
「いや、驚いたな!」ジョン卿はひげをしごきながら困りはてた表情で叫んだ。「ねえ――この連中をどうします? さあさあ、立って靴から顔をどけてくれよ」 サマリーが起きあがって愛用のブライヤーに煙草をつめていた。
「ついでに助けてやるべきだろうな」彼は言った。「きみのおかげで危く一命をとりとめた。まったく見事だったよ!」「まったく立派だった!」と、チャレンジャーが叫んだ。「称讃すべき行為だった。われわれ個人だけでなく、ヨーロッパの科学界全体がきみの行為に対して深く感謝せねばなるまい。口はばったいようだがサマリー教授とわしがあすこで死ねば、近代の動物学史に大きな穴があくところだった。マローン君ときみは実に立派な働きをしてくれたことになる」 チャレンジャーは例の父親のような微笑をわれわれのほうに向けた。しかし彼らの選ばれた子供たち、未来の希望が、髪をふりみだし、胸をはだけて、ぼろぼろの服をまとっているのを見たら、ヨーロッパの科学界もさぞかし驚いたことだろう。彼は肉の罐詰を膝にはさんで、大きなオーストラリア産マトンの肉片を指でつまんでいた。インディアンは彼の顔を見るなり、小さな叫び声を発してジョン卿の脚にしがみついた。
「こわがらなくていいんだよ」と、ジョン卿が目の前にあるもじゃもじゃの頭を軽く撫でながら言った。「こいつはあなたの容貌になじめないんですよ、チャレンジャー教授。まあ、それも不思議はないがね。よしよし、この人はわれわれと同じただの人間なんだよ」「そうだとも!」と、教授が叫んだ。
「それにしても、普通の人間といささか変わっていたのは幸運だったですな。もしあなたが猿人の王にあれほどよく似ていなかったら――」「ジョン?ロクストン卿、少しばかり言葉がすぎるとは思わんかね?」「でも、これは事実ですよ」「その話はもうよそう。きみの発言は見当違いでなんのことかわからん。われわれの当面の問題はこのインディアンたちをどうするかということだ。もし彼らの住んでいる場所がわかれば、家まで送りとどけてやらねばなるまい」「場所ならわかっています」と、わたしが言った。「彼らは中央湖の向こう岸の洞窟に住んでいます」「マローン君が場所を知っているという。そこはかなり遠いんだろうな」「たっぷり二十マイルはあります」 サマリーが捻うなった。
「わたしにはとても無理だ。猿人どもがまだわれわれを探している声が聞こえる」 なるほど、暗い林の奥のほうから猿人たちの騒々しい叫び声が聞こえてくる。インディアンたちがまたもやかぼそい泣き声を発した。
「すぐに移動しなきゃならん!」と、ジョン卿が言った。「マローン君、きみはサマリー教授を助けてやれ。荷物はインディアンに運ばせよう。さあ、連中に見つからないうちに出発だ」 半時間もしないうちに、茂みの中の隠れ場所に身をひそめた。キャンプのほうでは一日中猿人たちの興奮した叫び声が聞こえていたが、幸いわれわれのいるほうへはやってこなかったので、褐色の土人と白人の逃亡者たちは疲れきって長く深い眠りに入った。夕方うつらうつらしているとき、だれかがわたしの袖を引いた。チャレンジャーがかたわらにしゃがんでいた。
「きみは探検の日記をつけているが、いずれは出版するつもりなんだろうな、マローン君」と、彼はおごそかに言った。
「わたしは一介の新聞記者としてこの探検に加わったまでです」「その通りだ。さきほどジョン?ロクストン卿のばかげた発言をきみも聞いたと思う。例の――どこか似たところがあるという話だが――」「ええ、聞きましたよ」「言うまでもないが、このような意見を公表すれば――きみが軽率な文章を書けばという意味だが――わしの名誉にひどい傷がつくことになる」「もちろん事実以外は書きません」「ジョン卿の発言は往々にしてひどく気まぐれなところがある。それにあの男は未開人種が威厳と人格に対して抱く尊敬に、ばかげた理屈をつけたがる。この意味がわかるかな?」「ええ、よくわかりますとも」
「あとはきみの分別にまかせよう」それから、しばらく間をおいてつけ加えた。「猿人の王はなかなか立派なやつだった。男前がよくて、頭もいい。そうは思わなかったかね?」「実に立派でした」 教授は内心ほっとしたらしく、ふたたび眠りについた。