われわれはぴょこんと頭をさげ合って笑いを浮かべた。
「父が、新居の準備がととのうまで、ここに住んでもいいって言ってくれましたの」と、グラディスが言った。
「なるほど」
「すると、パラでわたしの手紙をごらんにならなかったんですの?」「ええ、全然」「まあ、お気の毒に! あれで何もかもおわかりになったんですのに」「手紙を読まなくてもよくわかりましたよ」「ウィリアムにはあなたのことをすっかりお話してあるんですよ。わたしたちの間には秘密なんてありませんわ。ほんとにお気の毒にね。でも、あなただってわたしを置き去りにして世界の果てまで行っておしまいになったぐらいですもの、それほどひどい打撃というわけでもないんでしょう? とにかく気を悪くしてはいらっしゃらないわね?」「もちろんですとも。その点はご心配なく。そろそろおいとまします」「何か飲物を召しあがっていってくださいよ」と小男は言い、なれなれしくつけ加えた。
「こんなことはしょっちゅうですよ。一夫多妻制にでもなれば別でしょうがね、おわかりでしょう?」彼のばかのような笑い声を背後に聞きながら、わたしはドアに向かった。
ドアの外へ出たとき、突然ある気まぐれな衝動に駆られて、神経質に呼鈴のボタンを見つめている恋の勝利者のところへ引きかえした。
「一つだけ質問に答えていただけますか?」
「道理にかなったものならね」
「いったいどんな手を使ったんです? 埋れた宝を探しだすとか、極地を探検するとか、海賊に仲間入りするとか、海峡の上を飛ぶとか、いずれ何かはやったに違いありません。
恋の魔術はどこにあったのです? どうやって手に入れたんですか?」 彼はみすぼらしい人のよさそうな間抜け面に当惑の表情を浮かべて、わたしのほうを見かえした。
「いささか立ち入ったご質問だとは思いませんか?」と、彼はたずねた。
「では、これだけで結構です。あなたはなんなのです? ご職業は?」「法律事務所で書記をしております。チャンサリー?レーン四十一番地、ジョンソン&メリヴェールの次席ですよ」「さようなら!」と答えて、わたしは夜闇の中に姿を消した。すべて失意の英雄がそうであるように、わたしの内部では悲しみと怒りと笑いが、まるで火にかけた鍋のように煮えくりかえった。
もう一つだけちょっとした出来事をつけ加えれば、わたしの文章はおしまいである。ゆうべわれわれ四人は、ジョン?ロクストン卿の部屋に集まって夕食をした。食後なごやかな雰囲気の中で一服しながら、過ぎ去った冒険の思い出話を楽しんだ。見なれた人々の顔や姿を、まったく違った環境の中で見るのは、なんとも妙な気分だった。押しつけがましい微笑を浮かべたチャレンジャー。その依沽地な目にたれさがった瞼まぶた、喧嘩腰のひげ、厚い胸をふくらませながら、サマリーに自然の法則を説いている。それからサマリー、お気に入りの短いブライヤーのパイプを、まばらな口ひげとごましおの山羊ひげの間にくわえ、くたびれた顔を熱心に突きだして、チャレンジャーの発言の一つ一つに疑問をぶっつけている。そして最後にわれわれの招待主だ。鷲わしのように鋭く彫りの深い顔、冷く澄んだ青い目、だがその底にはいつもいたずらっぽい輝きとユーモアをたたえている。以上がわたしの目にうつった三人の近影というところだ。食後ジョン?ロクストン卿は、例のバラ色に輝き、数多くのトロフィーを飾った私室で、われわれに話したいことがあるという。彼は前もって戸棚から出しておいた古い葉巻入れをテーブルの上に置いた。
「本来ならもっと前にお話しすべきだったかもしれませんが、実は自分の置かれた立場をもっとはっきり知っておきたかったのです。いたずらに希望を持たせて、あとでがっかりさせるのはよくないですからね。ところが今や希望ではなく、事実であることがはっきりした。翼手竜の群棲する沼地を発見した日のことをおぼえているでしょうな? あすこの地勢がわたしの興味をひいたのです。みなさんは気がつかなかったかもしれないから申しあげると、あの沼地は青い粘土のいっぱい詰まった噴火口でした」 二人の教授がうなずいた。
「さて、わたしの知るかぎり、世界中で青い粘土の詰まった噴火口がほかに一か所だけあります。それがキンバリーのデ?ビアーズというダイヤモンド鉱山なんですよ。だからわたしがダイヤモンドを連想したことは、容易に想像できるでしょう。そこであのいやらしい動物どもを近づけないような仕掛けを考えだして、小さなくわ??を持って一日楽しく遊びましたよ。そのとき掘りだしたのがこれなんです」 葉巻入れの蓋をあけて傾けると、豆粒から栗の実ぐらいまでの大きさの原石が二、三十個、テーブルにこぼれ出た。
「なぜそのとき話さなかったのだとおっしゃるかもしれない。まったくその通りだが、用心しないとだまされると思ったのです。この石は色や硬さがはっきりするまでは、図体ばかり大きくても、無価値かもしれないとね。そんなわけで黙って持ち帰り、帰国第一日にスピンク宝石店へ持って行って、ざっと磨いたうえで値踏みしてくれと頼んでおいたのです」 彼はポケットから丸薬入れをとりだし、わたしなどお目にかかったこともないような、すばらしい輝きをはなつダイヤモンドを一個テーブルに転がした。
「これがその結果です。スピンクの話だと、これ一個で少なく見積って二十万ポンドの値打ちがあるそうです。もちろんこれは四人で公平に分配すべきものだ。それしか考えられません。さて、五万ポンドを何に使いますかな、チャレンジャー教授?」「きみがどうしてもその寛大な分配方法を主張するつもりなら、長年の夢であったチャレンジャー博物館を創立したいね」「サマリー教授は?」
「教職から退いて、白亜層の化石の最終分類に時間をふり向けたいものだ」「わたしは装備のととのった探検隊を組織して、もう一度あのなつかしい台地を訪ねるつもりです」と、ジョン?ロクストン卿。「そしてきみの場合は、もちろん結婚費用にあてるんだろうね、マローン君」「結婚なんてまだですよ」わたしは哀れな微笑とともに答えた。「もしよかったら、ぼくを一緒に連れていってくれませんか」 ロクストン卿は無言で、テーブルごしに陽やけした手をさしのべてよこした。 (完)