四
危うく日本の古代の踊りに言及するのを忘れるところであった、胡蝶舞と言って、舞い手が蝶に扮装し皇居で行われる習慣があった。現在でも時々踊られているのかどうかは知らない。それは習得するのが非常に困難だと言われている。適切に演じるには六人の舞い手が必要とされ、独特の形の動きをしなければならない──伝統的な規則に従って足運びや姿勢や仕草を続け ──そして鼓つづみと太鼓、小さな横笛と大きな横笛、西洋の牧神パンに知られていない姿をした複数の管を集めた楽器の音で、お互いが非常にゆっくり旋回する。
〔タンタロスの苦しみ〕
訳注:ギリシャ神話で神々の怒りを買ったタンタロスは、地下世界タルタロスへ落とされ果樹が近くに生える沼で拘束される。沼の水を飲もうとすれば引き、果実を取ろうとすれば、風が吹いて遠のく。欲しい物が目の前に有るのに手が届かない苦しみ。
〔発句ほっく〕
俳句。
〔Nympha pudica……〕
「慎み深いニンフは、神を拝して頬を染めた。」(あるいは、もっと普通の読み方では「ささやかな水は、お天道様と会って赤くなった。」)この行のニンフという言葉の二重の価値は──古典的な詩人達によって泉と泉や水の神の両方の意味で使用され──日本の詩人達が習慣とする、優雅な言葉遊びのひとつを思い出させる。
〔脱ぎかくる……〕
脱ぎかけるをもっと普通に書くなら「脱いで掛ける」か「脱ぎ始める」のどちらかの意味になる──この句に於いては 。更に大雑把ではあるがより効果的に、その句をこういった表現もできる「女が羽織をするりと脱ぐような──そんな風な蝶の風情だ。」比較対照のために、日本の衣類の説明を見ておかなくてはならない。羽織は絹の上着──袖の付いた外套の一種──男女に関わらず身に着けるが、この詩では通常豪華な色や生地の女の羽織を表現している。袖が広く裏地は明るく染めた絹が普通で、多色で綺麗に染め分けらている場合もよくある。羽織を脱ぐ際に、鮮やかな裏地が目に入る──そのような瞬間は華麗に羽ばたく蝶の動きに、よく例えられるのかも知れない。
〔鳥さしの……〕
鳥を捕る人の竿にはトリモチが塗り付けられていて、そこへしつこく止まることで虫は男が竿を使う邪魔をしていると、この詩節が暗示している──鳥はトリモチの蝶を見ることで警告を受け取れる。邪魔するは「妨げる」や「防止する」を意味する。
〔寝るうちも……〕
休んでいる間でさえ、蝶の羽は震えて見える瞬間が有るのだろう──その生き物が飛ぶ夢でも見ていたかのようだ。
〔起き起きよ……〕
芭蕉の句は、全ての日本の俳人の中でも最高である。この詩句は、春頃の喜びの感覚を示唆する意図が有る。
〔蝶とんで──……〕
文字通り「風の無い日」だが、ふたつの否定は日本語の詩歌では英語のように必ずしも肯定を暗示するとは限らない。この意味は、風は無いけれど目で見た限り蝶の羽ばたく動きはそよ風が強めに吹いていると示している。
〔落花らっか枝に……〕
仏教の諺ことわざによると、落花枝に返らず破鏡再び照らさず(「落ちた花は枝には戻らない、割れた鏡は二度と反射しない。」)、そう諺は言うが──今、落ちた花が枝に戻るのを見た、そう見えた……いや、ただの蝶であった。
〔散る花に──……〕
おそらく、桜の花びらがヒラヒラと軽やかに落ちる様をほのめかしている。
〔蝶は皆……〕
言い換えれば、その優雅な動きは長い袖の着物を上品に着飾った、若い娘の優雅さを想起させる……ある日本の古い諺は、鬼でさえ十八歳なら可愛いと明言している「鬼も十八、アザミの花」
〔むつましや──……〕
あるいはこの詩句をより効果的に表現すれば、こうなるかも知れない「お揃いの幸せ、どう言いますか?そうだな──もしかしたら来世のどれかで、野原の蝶のような転生をするはずだ、その時は睦まじくできる。」この詩は有名な詩人一茶による、妻との離縁の儀式で作られた。
〔撫子なでしこに、……〕
あるいは、誰たれの魂たま。(入力者注:ハーンの注釈では、霊や魂に対する表意文字の読み方は、二択の配慮を要求します。)〔蝶を追う……〕
文字通り、「蝶をそっと手に包む、そんな心をいつでも持っていたい」──言い換えれば、いつでも幸せな子供のように、簡単なことに喜びを見付けられるようになりたい。
〔大麦若葉……〕
古い大衆的な間違い──おそらくチャイナから輸入されている。
〔蓑虫みのむし〕
幼虫が作る覆いが、日本の百姓によって使い古された簑、つまり藁のレインコートに類似していることを、その名前が示している。辞書の描写が正確かどうかは知らないが、バスケット?ワームと完全に一致する──しかし、俗に蓑虫と呼ばれる幼虫は、実際にバスケット?ワームの覆いと非常によく似た物を自分で作る。
〔大根〕
非常に大きな白い根菜。「大根」は文字通り大きな根を意味します。
〔海棠かいどう〕
ハナカイドウ。
〔魔〕
悪霊。
〔アキコ〕
一般的な女性の名前。