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第二章 開かずの間(8)_女王蜂(女王蜂)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
「いや、このひとたちはここまでじゃ。文彦君がいっときも早く、お姉さまにおちかづきになりたいと駄々をこねるのでな。ここまでお迎えにきたわけじゃが、体が弱いで、天城越えや船はちと無理じゃろう」「おばさん、ぼく、向こうまでいっちゃいけませんか」 遊佐青年が赧あかくなりながら口くち籠ごもった。すると言下に文彦が、金切り声をあげて、「駄目だよ。駄目だよ。そりゃア狡ずるいよ。遊佐さんはここまで来るんだっていけないんだ。みんな二十五日の晩に、お姉さまにあうことになっているんじゃないか。それを遊佐さんだけが出しぬいて……狡いよ。狡いよ、フェヤーじゃないよ。駒井さんや三宅さんにいいつけてやるから」「お坊っちゃま」 蔦代がたしなめるのもききいれないで、「蔦、おまえはだまっておいで。遊佐さんがあんまりずうずうしいんだもの。抜けがけの功名で、お姉さまの歓心を買おうとしてるンだよ。そんなこと駄目の皮さ。お姉さまが君なんか好きになるもンか」「あっはっは、文彦君、もういい、もういい。遊佐さん、あんなに真まっ赧かになってるじゃないか。もう堪忍してあげなさい。蔦ちゃん、文彦君はつかれているから癇かんが立つんだ。向こうへつれてって休息させてあげなさい」 なるほど、文彦は額に蒼あおい癇筋を立てている。色の白い、美び貌ぼうの少年なのだが、母に似て、いかにも小造りで顔色も冴えなかった。
 蔦代が文彦をなだめながらホールを出ていくと、遊佐三郎もきまり悪げに、こそこそとその場を立ち去った。
「あっはっは、これで邪魔者がいなくなったから、ゆっくり相談できる。金田一さん、あんたはいつでも出発できるでしょうな」「はあ、ぼくはいつでも……」「じつはさっき下田へ電話をかけて、汽艇ランチを一艘そうあつらえておいた。下田からは定期の連絡がないのでな。汽艇は明日の午ひる過ぎ、二時ごろにでるという。だからわれわれは明日朝飯を食うと、すぐ出発せねばならん。かまわんかな」「ぼくはかまいませんが、すると島へつくのは夕方になりますね」「うん。だから、明日の晩はうちへ泊まって、大道寺へ出向くのは明後日の朝じゃな」「お宅へ泊まる……?」「ああ、そう。何もおどろくことはない。わしはあの村の出身でな。自慢じゃないが九十九家といえば、島では大道寺家につぐ家柄じゃ。わしは当主の弟になる」 金田一耕助はまたあやしい胸騒ぎを覚える。
 九十九龍馬。──あうのはこんどがはじめてだが、名前はかねてから聞いていた。戦後メキメキと頭をもたげてきた怪物のひとりで、一種の霊力をもって、政界や財界の上層部で、ふしぎな勢力をもっている。一説によるとかれの勢力はすべて、圧倒的なその肉体の魅力からくるといわれている、どんな婦人でもいちどかれの肉体にふれると、その擒とりこにならずにはいられず、それらの婦人を通じて、かれは政界や財界の上層部にくいいるのだというのである。ことの真偽はさておいて、かれもまた戦後派的傑物にはちがいないのだ。
「そうでしたか。あなたは月琴島の出身でしたか。ああ、それで……蔦代さんとは昔なじみなんですね」「ああ、そう、わしが島を出たころは、あれはまだ十六、七の小娘だったな」「じゃ、智子さんのお母さんなども御存じで」「うん、よく知ってる」「あの事件、──智子さんのお父さんの変死事件が起こったころには、あなたは島に……」 九十九龍馬は耕助の顔をギロリと見ると、「ああ、いたよ。金田一さん、あんたの聞きたいことはようわかっとる。わしが島を出たのはあの事件が原因じゃったよ」 九十九龍馬は急に熱っぽい調子になって、聞かれもしないことまでしゃべり出した。
「金田一さん、わしは琴絵に惚ほれていたんじゃ。ああ、もうぞっこん首ったけだった。
そして、己うぬ惚ぼれじゃないが、琴絵の亭主になるのは、自分よりほかにないと思うていた。なぜといって、島で大道寺と縁組できるのは、九十九の家よりほかにないし、琴絵
はひとり娘でわしは次男じゃ。わしは大道寺家の婿養子になるつもりだった。琴絵のお父ッつぁまもその肚はらだったし、琴絵もまんざらではなかったのだ。わしの名前の龍馬の馬は琴絵のお父ッつぁまの鉄馬の馬をもろうたくらいじゃからな。ところがそこへ現われたのが、あのいまいましい若僧よ。そいつが琴絵とちちくりおうて孕はらませよった。
わしはそのとき気が狂いそうだったが、そのうちにそいつが崖がけから落ちて死んだので、わしはまた希望をもちはじめた。腹の子ぐるみ、わしは琴絵を嬶かかアにするつもりだったが、どっこい、そうはいかなんだ。琴絵はいまの大道寺の主人と夫婦になったで、わしは絶望のあまり島を出奔したのじゃ。あっはっは、間はざま貫かん一いちは失恋して高利貸しになったが、わしは行者になって女をおもちゃにしとる。あっはっは」 怪行者、九十九龍馬の空虚なわらい声をきいたとき、金田一耕助はまた、何かしらあやしく胸の乱れるのをおぼえたのである。
「ああ、お客様、ここにおいででございましたか」 女中の静に声をかけられて、金田一耕助は椿林のなかで、夢からさめたように立ち止まる。
「皆さま、あちらでお待ちでございます。何もございませんが、お午ひるでございますから……」「ああ、そう」 座敷へかえってみると、お膳ぜんの支度ができていて、九十九龍馬はゆったりとくつろいでいる。祖母の槙まき、智子、神尾秀子もお膳について、金田一耕助を待っていた。
「失礼しました。あまり景色がよいものですから……伊豆七島、それから三原山の煙がよく見えますね」 お膳について、「ときにそちらのお話は?」「ああ、だいたい打ち合わせができた。明日の朝、島をたつことにして、下田から汽艇に迎えにきて貰もらうことにした」「それは、それは……」「これでこっちの話はすんだが、金田一さん、これからあんたの話があるのじゃないか」「いえ、ぼくは別に……」「あっはっは、かくさんでもええ。誰かがまた、大道寺さんにつまらんことをふきこんだとみえる。あんたは十九年まえのあの一件を、むしかえしに来なすったんじゃろ。おばさん、神尾先生、いままでだまっていたが、金田一さんというのはな、日本でも有名な探偵さんじゃ」

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