八、平家蟹へいけがに
読者は拙著「骨董」の中に、背中の甲羅の様々な皺しわが怒れる顔の輪郭に似た、平家蟹の記述を見付けることができる。下関では、この珍しい生き物の乾燥した標本を販売している……平家蟹は壇之浦で滅んだ平家の戦士の怒れる霊魂が形を変えたものだと言われている。
しおひには
勢揃えして、
平家蟹
浮き世のさまを
横に睨みつ。
〔潮が引いて(浜辺の上に)整列した平家蟹は、この哀れな世界の見せ掛けを斜めに睨む。〕
西海に
沈みぬれども、
平家蟹
甲羅の色も
やはり赤旗。
〔長らく前に(平家は)西の海へ沈んで滅びたけれど、平家蟹は上の甲羅にまだ赤い色の旗を誇示する。〕
負け戦いくさ
無念と胸に
はさみけん──
顔もまっかに
なる平家蟹。
〔敗北の痛みからハサミは胸で成長したのだと思う──平家蟹の顔でさえ(怒りと恥で)真紅になる。〕
味方みな
押しつぶされし
平家蟹
遺恨を胸に
はさみ持ちけり。
〔全ての(平家の)関係者は、すっかり潰され、心の中の遺恨から、ハサミは平家蟹の胸で成長する。〕