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夏の日の夢 3_小泉八云_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
 妖精のような女主人が戻ってきて、もう用意ができましたよと言って、その細い両手で私の旅行鞄を持ち上げようとした。が、とても重いので、私が遮った。すると、彼女は笑い、私が自分で鞄をお持ちしても構いませんのにと言った。代わりに、背中に漢字の付いた半纏を着た海の生き物に命じた。私は彼女に深くお辞儀し、彼女は大したおもてなしもできませんでしたが、こんなつまらないところでよろしかったら、またお出かけ下さいませと言った。それから、「車屋には七五銭だけお払い下さいまし」と言った。
 私は人力車に乗り込んだ。二?三分もすると、この小さな灰色の町は、背後の曲がり角に消えた。私は海岸を見下ろしながら、白い道に沿って進んでいる。右手には薄茶色の崖があり、左手には海と空間とが広がっている。
 無限の光の中を見入りながら、海辺沿いに長いこと揺られながら進んでいった。あらゆるものが青い色に染まっている――巨大な真珠貝の中心に向かって行っていくような、そんな驚くべき紺碧の色である。光り輝いている青い海が、うつろな青い空と、電気の火花となって、融け合っている。肥後の山々の広大な青い幻のような山影が、紫水晶の塊のようにギザギザした頂いただきをして聳え立っている。何という透き通った青さなのだろう! この青に統一された色は、沖合の一つの大きな頂の上に絶えず渦巻いて、高く浮かんでいる、わずかな夏雲によって破られるだけである。それは海面に白雪のようにきらめく光を投げかけている。はるか沖合いをゆく何艘かの船は、後ろに長い糸――まったく霞んだ輝きの中でただ一つの鮮明な線――を曳いているようである。それにしても、何と神々しい雲であろうか! それは涅槃ニルヴァーナへ向かう道程でひと休みしている、白雲の精なのだろうか? あるいは何百年もの昔に浦島の小箱から流れ出た白い霧なのだろうか?
 私の魂が小さな虫となって、青い夢の中に飛び立っていった。――太陽と海の間――一四〇〇年の夏の光る幻影を通って、住之江の浜にブーンと戻ってきた。私は自分の下で船底がかすかに揺れ動くのを感じた。そこは雄略帝の御世であった。すると、乙姫様が、鈴のような声で言った。「さあ、父の宮殿へいっしょに参りましょう――そこはいつも青いのですよ。」「イツモ青イノハ、何故デスカ?」と私は訊ねた。「私が雲の全部を箱の中に閉じこめているからですよ。」「デモ、ワタシ、家ニ帰リマスノ必摇、リマス。」と、私はきっぱりと答える。「ならば、車屋に七五銭だけお払い下さいまし。」
 ここで、はっと目が覚めた。今日は明治二六年の夏の一番暑い土用の日だ。――現代いまである証拠に、道路の脇には電柱が並んでいるし、車屋は、相変わらず、空や山頂や海の同じ青い眺めの中、宇土半島沿いの海の傍そばを軽やかに走っている。ただ、もう白い雲は消えていた!――道路の近くには、もう崖はなかったが、かわりに遠方の丘辺りまで広がっている麦畑や水田があった。電信柱にしばらく注意を奪われた。というのは、一番上の線に、そしてその線にだけ、たくさんの鳥の群れが止まっており、皆が皆とも道路の方を向いていて、私たちが近づいても驚きもしなかったからである。鳥たちはじっとしたまま、たんにある現象が過ぎ去るかのように、私たちを見下ろしているのだった。何百羽も並んで止まっており、ずっと何キロにも渡って長く連なっていた。
どうしてこんな風に止まっているのだろうか? 何を見ていて、何を待っているのだろうかと考えたが、分からなかった。並んでいる奴を驚かそうと、時々帽子を振ったり、叫んでみたりした。それによって、わずかの鳥がバタバタと飛び上がったが、前と同じ格好で同じ電線の位置に止まった。他の大多数の鳥たちは、私を相手にもしなかった。
 車輪の鋭い回転の音も、ドーン、ドーンと腹に響くような音にかき消されるようになった。ある村のはずれにさしかかったとき、私は開けっ放しの納屋の中で裸の男たちが、たくさんの太鼓を叩いているのを見た。
「オーイ、車屋サン!」と、私は叫んで、「アレデス。アレハ何デスカ?」と訊ねる。
車屋は、停止もせずに、叫んで答えた。
「どこでん、今は、同じこつばやっとります。もうずいぶんなとこ、雨が降っちゃおりまっせんけん、雨乞いばしよるとです。そんために、太鼓ば打ちょっとです。」 他のいくつかの村も通り過ぎたが、そこでも大小様々な太鼓を見たし、音も聞いた。
そして、水田の遙か向こうの、見えない村々からも、太鼓の音が山彦のように響き、こだましていた。
 

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