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夏の日の夢 4_小泉八云_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
 また、浦島のことを考えはじめている。この伝説が、日本民族の想像力に与えた影響を浦島(劇)の一部として記録している絵や詩やことわざについて私は考えている。かつて、とある宴会の席で見たのだが、出雲の踊り子が――小さな漆塗りの箱を抱えて、踊っていたが、大団円のあの悲劇の瞬間にその中から、京都の香こうの霧が立ちのぼった――ことを考えていた。私は、古い美しい舞踊について考えていた。――また、それゆえに何代にもわたる踊り子たちも消えてしまったことを考えていた。――それゆえに抽象の煙について、また具体的な煙――私が七五銭払うべきと言われた車屋の履き物が巻き起こしている煙――について考えはじめていた。また、そのうち古い人間はどれくらいの埃ほこりとなるのだろうか、とか、物事の恒久の秩序においては、心の動きは埃の動きよりもより大きな結果をもたらすのだろうかなどと考えていた。だが、その時、私の先祖ゆずりの道徳感が警告を発した。このため、自分ではこう考えてみることにした。つまり、一千年も生き延びることができる物語は、時を経るにしたがって、より新鮮な魅力を得て、その中にある真実のゆえに生き残っているのではないか、と。しかし、一体どんな真実があるのか? 今のところ、この問の答えを見い出すことはできていない。
 非常に暑くなってきたので、私は叫んだ。
「オーイ、車屋サン! ワタシ、喉、渇キマシタ。水、欲シイデス。」 彼は走りながら答える。
「長浜の村ん中に、大きな湧き水がありますたい。こん先の、そげんに遠くなかですけん。そこんとは、ほんに良か水ですたい。」
 私はまた叫ぶ。
「オーイ、車屋サン!――アノ小鳥タチハ、ナゼイツモ、コッチ側バカリ向イテイル、デスカ?」
 彼は走りつつも、少しスピードを落として、答えた。
「鳥は、たいがい、風の来る方ば向いて止まりますと。」 おう、そうだったと、まず自分のうかつさに、ついで自分の忘れっぽさに呆れた。
――そういえば、少年の頃、どこかで同じようなことを言われたことを思い出した。おそらく、浦島の謎もまた、忘れっぽさが作り出したものなのだろう。
 再び、浦島のことを考えた。乙姫様が宮殿の中で、美しく着飾って、あてどなく、帰りを待ちわびている――そこへ「雲」が戻ってきて、無慈悲にも起こったことを話した――そして、長い正装した服を着た海の生き物たちは、愛らしいものの不器用であるが、乙姫様をしきりと慰めようとしている。しかし、本当の物語では、これらのことはどれもなかった。人びとが同情するのは浦島の方であるようだ。そこで、私はつぎのように、自分なりに考えてみた。
 浦島を哀れむのは、全体、正しいと言えるのか? もちろん、浦島は神によって惑わせられている。神によって惑わせられていない者はいるか? 惑いのない「人生」なぞあるのだろうか? 浦島は惑わせられたが、神の目的を疑って、ついに箱を開けた。それから、何のトラブルもなしに往生した。人々は彼のために浦島明神なる神社まで建立している。なぜ、そんなに浦島に同情するのか?
 西洋では、まったく異なって取り扱われる。西洋の神々に従わなかったあかつきには、私たちは生かされ続けて、後悔の極みからその外延に至るまで、さらにどん底までを完璧に思い知らされることになる。私たちは、まさしく最も良い時期に全く満足がいくように、死ぬことを許されてはいないのだ。いわんや、死後に自分自身の権利として、小さな神になることも認められていない。浦島が現身神たちとかなり長く生きた後、どうして浦島が行った愚行に同情できるのか?
 おそらく、私たちがこの問いに答えることのできるのは、まさしくこの事実なのだろう。この同情とは、自己への憐憫あわれみでなければならない。そうすると、この浦島伝説は無数の人々の魂の伝説となりうるのである。その思想は、ちょうど青い光と柔らかな風のある特定の時に――そして、いつも昔の古い恥の記憶のように、訪れるものである。それは、また、季節や季節感と親密な関係があるがために、ある人の人生や祖先の一生の中の、現実のものと結び付けられてきたものである。けれども、現実のものとは何か? 乙姫様とは誰だったのか? 常夏の島はどこにあるか? 玉手箱の中の雲とは何か?
 これらの疑問の全部に答えることはできない。私がこれについて知っているのは――それは少しも新しくはない、ということである。
 私は、太陽と月とが今よりも大きくて、もっと光り輝いていた場所と魔法のような時を記憶している。けれど、それがこの人生かあるいは前世であったのかは思い出せない。しかし、空がとても青くて、この世により近かった――それが赤道付近の夏に向かって進んでゆく蒸気船のマストのすぐ真上になったと思われるほどである――と覚えている。海は、活気があり、よく言われるように――そして「風」が私に触れると、私は歓喜の声を上げたものだ。他の年には一度か二度、聖なる日には山間やまあいで暮らしたが、同じ風が吹いていたことをしばらくの間、夢見た――が、それはほんの記憶にすぎなかった。
 また、そこでは、雲がとても綺麗で、えも言われぬ色合いをしていた――それはよく私を空想に耽ひたらせ、好奇心いっぱいにしてくれたのだった。私はまた日々が今よりももっと長かったこと――それに毎日毎日が自分にとって新鮮な驚きや新しい楽しみであったことを覚えている。そして、私を幸福にしてくれるやり方だけを考えている「ある人」が、この土地と時間とを優しく支配している。私が、時おり幸福になるのを拒絶して、聖人のようだった彼女をいつも煩わせたのであった。私は、それをとても気の毒に思ったことを覚えている。日が暮れ、日が昇る前には夜のとばりが降りてくる。そうすると、彼女は足下から頭のてっぺんまで私を喜ばせてくれるような話をしてくれる。
私は今までそんなとても美しい話の半分も他では聞いたことがなかった。喜びがとても大きくなったとき、彼女は、眠りをつねにもたらしてくれる、不思議な小さな詩を歌ってくれたものだ。ついに別離の時が訪れた。彼女は泣き、そして、お守りをくれた。それは、私を若く保ってくれ、また帰ってくる力を与えてくれるものだから、くれぐれも失くさないようにと念を押すように言ってくれた。けれども、私は帰らなかった。何年かが経ったある日、私はこのお守りを失くしたことに気がついた。そうしたら、私は驚くほど年老いてしまっていたのであった。
 

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