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赤い婚礼 2_小泉八云_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336
 太郎が六歳になると、両親は村の外れに新しく建てられた小学校に太郎を入れた。太郎のおじいさんは筆を何本かと、紙や本それに石板を買ってやり、ある朝早くに太郎の手を引いて学校まで連れて行った。太郎は、石板などまるでたくさんの新しいおもちゃを貰ったようで嬉しかった。周りのみんなも学校はいっぱい遊べる楽しいところだと言ってくれたのでとても大喜びである。さらに、母は学校から帰ったらうんとお菓子をあげますよと約束してくれた。
 学校――はガラス窓のある大きな二階建ての建物――に太郎とおじいさんが着くと、用務員さんがすぐに大きながらんとした部屋に案内してくれた。そこには厳めしい顔つきの男が机の前に座っている。おじいさんがこの男にお辞儀をして先生と呼びかけて、幼いこの子に優しく教えて下さるようにと丁寧に頼んだ。先生は立ち上がって会釈をすると、おじいさんに丁重に話しかけた。先生はまた太郎の頭に手を置いて、良く来たねと言った。けれども、太郎はすっかりおびえてしまった。おじいさんがじゃあねと言うと、ますます不安になってきて、いまにも家へ走って帰りたい気がする。しかし、校長先生が天井の高い、大きな白い部屋の講堂に連れて行くと、そこには長椅子に腰掛けたたくさんの男の子や女の子がいる。みんなが太郎の方を振り向くと互いにひそひそと囁いて、笑っている。太郎は自分が嗤われていると思うと、とても惨めに感じた。鐘の音が大きく鳴り響いた。すると演壇に立った校長先生が、静粛に!とピシャリと言ったが、それは太郎を怯えさせてしまった。先生が話を始めたが、なんだか話し方が親しめない感じがした。校長先生は学校は楽しいところですよなんて言わなかった。学校は遊びにくる所じゃなくて、一所懸命に勉強するところです。勉強は大変だが、辛かったり難しかったりしても勉強しなければいけませんと言い聞かせた。つぎにみんなが守るべき規則について説明して、守らなかったり怠けたりしたときの罰について話した。児童たちがみなシーンと静まると、今度は声色を変えて優しい父親のような感じで話し始めると――自分の子どものようにみんなを可愛がることを約束した。それから、校長先生は、みんなが賢い男や良き女になるようにという天皇陛下の御意向である布告(b)によってこの学校が作られたことを説明した。このため心より陛下を恭敬しかつ陛下に身命を捧げることがどんなに名誉なことかを訓話した。また校長先生はみんなが両親を敬うことや、それにあなたたち子どもを学校に通わせるために親がどれほど苦労しているかに触れて、それだから授業時間に怠けることがどんなに不正で恩知らずなことかについても教え諭した。そして子どもたちの名前を一人ずつ呼ぶと、これまで話したことについていろいろ尋ね始める。
 太郎は、校長先生の話のうち、ほんの一部を聞いただけだった。彼の幼い心は、自分がこの部屋に入って来たときにみんなの視線を一斉に浴びて笑われたことでほとんど一杯だった。笑われたのが何であるかも分からず、とても傷ついていたので、他のことを考える余裕はなかった。それで自分の名前が呼ばれたときにはまったく何の心構えもしていなかった。
 「内田たろう君、君は世の中で何が一番好きかね?」太郎は起立すると、思った通りに「お菓子だよ」と答える。
 するとみんながこちらを見て声をあげて笑っている。校長先生が咎めるような感じで尋ねた。
「内田たろう君、君は両親よりもお菓子が好きかね? 君は陛下への忠誠よりも菓子の方が好きか?」
 それで、やっと太郎は自分が大きな間違いをしていることに気がついた。顔がとても火照ってきた。みんなが笑っている。たまらず彼は泣き出した。このことがまた笑いを誘った。先生が静かにと言って、同じような質問をつぎの児童にするまでみんなの笑い声がしていた。太郎は着物の袖で目を覆ってすすり泣いている。
 鐘が鳴った。校長先生が子どもたちにつぎの時間は最初の書き方の勉強が他の先生からあるので受けなさいと伝えた。それまではしばらく遊んでいていいと言った。みんなは一斉に部屋の外に走り出てしばらく遊んでいる。みんなは校庭に出て行ってしまったが、太郎にはまったく気がつかない。太郎は自分がみんなの注目の的まとになっていたときに感じたことよりも、こうしてみんなから無視されていることの方に驚いた。先生を除けば誰からも一言も話しかけられなかった。今ではもう校長先生も自分の存在を忘れてしまったかのようである。彼は自分の小さな椅子にまた座った。そして泣きじゃくった。子どもたちが戻って来て自分を嗤うのではないかと恐れて、泣き声を押し殺しむせび泣いている。
 突然に肩に手が置かれたのを感じてハッとした。すると優しい声がした。振り向くと、そこには今まで見たことのないようなとても温かい瞳があった――自分より一つばかり上級の愛らしい女の子がいた。
「どうしたの?」少女は穏やかに話しかけた。太郎はしばらくすすり泣いていた。やっとつぎのように答えた。
「こんな所に居たくないよう。ぼく、もうお家に帰りたい。」「どうして?」彼の首にやさしく腕を廻しながら言った。
「みんな僕を嫌いなんだよ。だって誰も話しかけてくれないし、遊んでもくれないんだ。」
「そうじゃないわ!」「誰もあなたのこと嫌いな訳じゃないの。あなたのことをよく知らないだけよ。私だって、去年学校に初めて来たときはそうだったんだから。気にしちゃだめ。」
「だけど、みんな外で遊んでいるよ。僕だけここに残っているんだもの。」と太郎が不満そうに答えた。
「いいえ、違うの。あなたはそうじゃない。私と一緒においで、そして遊ぼうよ。遊んであげるから、さあ、おいで!」
 太郎はまた大きな声をあげて嗚咽し始めた。太郎の小さな心は、自己憐憫や感謝の念それに新しく同情を得たことに気がついて、今度は喜びでいっぱいになった。それでほんとうに泣きたいのだった。泣けばなだめられて可愛がられるのはとても嬉しいことに違いなかった。
 けれど、少女はにっこりとしているだけだった。太郎を急いで部屋から連れ出した。
というのも、小さな母性本能がすべての状況を察したからだった。「泣きたいんだったら、泣けばいい。」「でも、遊ばなくちゃ、ね!」二人して一緒に遊んだのはなんと楽しかったことだろうか!
 学校が終わると、家に連れて帰るためおじいさんが迎えに来た。太郎はまた涙ぐんだ。今度は彼の幼い遊び友だちとお別れしなければならなかったからだ。
 おじいさんは笑って大きな声で言った。「なんだ、よし坊じゃないか――宮原のお芳だ! よしも一緒に帰ろう。家に寄ってけばいい。お芳もどうせ帰り道の途中だしなぁ。」
 太郎の家で、遊び友だちと約束の菓子を一緒に食べた。お芳が校長先生の厳めしい口まねをして、いたずらっぽく訊いた。「内田太郎君、私より菓子の方が好きかね?」

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