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春ののどかな陽気の日だったが、太郎はひどくもの寂しかった。こんなときにはお芳と会えたら愉しいだろうという思いが脳裏をよぎった。たぶん彼の記憶の中では、淋しさという一般的感情は初めて学校へ行った日のあの特別な経験と密接に結び付けられているのであろう。いずれにしても、彼の中の何か――たぶん死んだ母親の愛が作ったものか、あるいはおそらく他の死者に属している何か――が少しばかり愛情を欲したのである。そして、太郎はお芳からきっと愛情を得ることができるのではと思った。そこで彼は小さな店へと出かけた。店の近くまで来ると、お芳の笑い声が聞こえてとても甘美に響いている。そして、彼女は老農夫の客を応対していたが、このおやじさんもにこやかにまた饒舌にお喋りしている。太郎は待たなければならなかったし、お芳と話できるのを独り占めにできないのがじれったい。せめても彼女の傍にいることで、太郎はいくらか幸せな気分になった。じっとお芳を見つめているうちに、ふいに、どうして以前にはそんなに綺麗だと思わなかったのかと不思議に感じた。そう、お芳は本当に美しくなっている。村のどの娘よりもはるかに器量よしである。彼女を見つめながら、いつの間に彼女がこんなに可愛らしくなったのだろうかと思った。それを今まで気づかなかったのはとても迂闊なことであった。けれど、お芳は一心に見つめられていると思うと初めて羞じらわれる気持ちがして、小さな耳元まで赤く染めた。そして太郎は世の中の誰よりも見目麗しくて感じがとても良いと確信するに至ると、お芳にそんな気持ちをもう今すぐにでも告げたいという思いが募っている。いつまでも老農夫がお芳と話し込んでいるのでしまいには腹立たしくさえ思えてくる。数分の内に世界は太郎のためにまったく変化しているはずだったが、まだ彼は知る由もない。分かっているのは、この前会ったときと違ってお芳が神々しいようになったことである。やっと話す機会がめぐって来るとすぐに自分の恋しい胸の内を彼女に告白した。お芳もまた打ち明ける。それから二人は不思議に思った。というのは、自分たちの想いがほとんど同じであったからだ。だが、それは大きな災禍わざわいの始まりであった。