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赤い婚礼 8_小泉八云_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3341
 早朝に京都からの一番列車が入って来た。小さな駅は急ぐ人と音で満ちあふれている――下駄のカランコロンという音、話し声それに菓子と弁当を売る少年の途切れ途切れの呼び声、「菓子はいかがですか――」「寿司はよろしいか――」「弁当いかが――!」 五分も過ぎると、下駄の響きも止み、列車のドアもバタンと閉じられた。物売りの少年たちの甲高い声も止んだ。笛が鳴り、列車がガタンゴトンと動き始める。それはゴトゴトと音を立て、白い蒸気を吹き出すとゆっくりと北へ向かって走りだした。小さな駅にはすっかり誰もいなくなった。改札口のドアを閉めると、巡査は静かな水田地帯を眺めながらプラットホームをこちらから向こうへとゆっくりと歩き始めた。
 秋になった――「強い光の時」だ。俄然太陽の光は白くなり、影はシャープになる。
あらゆるものの輪郭は割れたガラスの切れ口のようにはっきりとしている。苔は夏の暑さのために乾いてしばらく見えなかったが、火山灰の黒土が露出した日陰の場所では光沢のある柔らかな緑色の部分や固まりとなって息を吹き返してきている。松林からはツクツクボウシの甲高い鳴き声が聞こえている。水路や溝の上には小さな静かな光の輝き――エメラルド色や薔薇色そして鉄の淡青色に煌めき、音もなくジグザグに飛び交って――トンボがあちこちに止まっている。
 朝の空気がとても綺麗に澄み切っていたので、巡査は北の方の線路の遙か向こうに、何かにはっと気づいて手をかざしてよく見ようとした。それから時計に目をやった。しかし、日本の警察官の黒い眼は、大概狙いを定めた鳶の目のように、その全視野の中にわずかでも変わった事があるとすぐに気づくのである。それで思い出したことがある。
遠方の隠岐島という所で、かつて私自身が、旅館の前で行われていた目隠しの踊りをそっと見たいと思って、二階の障子に小さな穴を開けて踊りを眺めていた。白い制服と帽子の警官が通りを歩いてきたが、そのときはまだ夏の盛りである。彼は踊りや群衆を見ているようには思えなかった。自分の頭をあちこち見渡さずに歩いていたからだ。それから、彼はやおら立ち停まると、障子に開けた穴をじっと見据えている。その穴には、瞬時にその形から外国人の眼が覗いていると判断したのだった。そして、旅館に入ってくると、私に旅券の提示を求めたが、それはすでに先ほど彼が検査したものだった。
 村の駅で巡査が見たものは、そして後日の報告によると駅の北方八〇〇メートルばかりの地点で二人の者が、明らかに村の北にある農家から水田地帯を横切って踏切に近づいてきた。うちの一人は、その着物や帯からして、とても若い女性だろうと思われた。
東京発の早朝の急行列車が数分後には到着するはずである。その勢いのよい煙は、駅のホームからも望むことができる。二人の姿は汽車が接近している線路に沿って急いで走り出した。カーブを曲がったところで二つの人影は見えなくなった。
 この二人とは太郎とお芳である。彼らが急いで走っていたのは、巡査の目を避けるためとできるだけ駅から離れた遠くで汽車を待ち受けるためである。カーブを通り過ぎたところで、二人は走るのを止めて歩いた。というのは、煙がこちらへやって来るのを見たからである。二人は汽車が見えると、すぐに線路から離れた。それは機関手を驚かしてはいけないと思ったからだ。そして、互いに手に手を取り合って待っていた。つぎの瞬間を待って、低い轟音が聞こえたときに、今だ!と二人は思った。再び線路に戻ると、互いに振り向き、腕を互いに廻してひしと抱き合う。頬と頬とを寄せ合って、そっとまた急いでレールの上に二人は横たわった。レールはすでに全速力で接近してくる汽車の振動で金床のように唸っている。
 若者は微笑んだ。乙女は彼の首にしっかり腕を巻き付けて、耳元に囁いた。
「来世もまた来来世も、わたしはあなたの妻、あなたは私の夫よ、太郎さま。」 太郎に応える暇はなかった。というのは、空気圧式ブレーキの装置もなく速度の出た汽車を一〇〇メートルもない距離で緊急停止させようとした、つぎの刹那、鉄輪は二人の上を大きく空を切って回った。――ちょうど巨大な裁断機ハサミのように(d)。
 

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11/24 13:52