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昔 々むかし、ある海辺うみべに、お爺じいさんとお婆ばあさんと息子むすこと嫁よめと
が暮くらしていました。お爺じいさんと息子むすこは沖おきに出でて魚さかなを捕と
り、お婆ばあさんと嫁よめは機はたを織おる毎日まいにちでした。
ある日ひのこと、お爺じいさんと息子むすこが沖おきへ漁りょうに出でていると、急
きゅうに空模様そらもようが怪あやしくなってきました。「こりゃ、大雨おおあめにな
るぞ。」「お父とうっつぁん、あの島しまへ行いこう。」二人ふたりは大急おおいそぎ
で、近ちかくの島しまへ逃にげました。
だんだん雨風 あめかぜが強 つよまるなか、やっと舟 ふねを陸 おかに押 おし上 あげて、
洞穴 どうけつにこもり、大荒 おおあれに荒 あれる海 うみを見 みながら、二人 ふたりは
ジッと夜 よるを明 あかし [1] ました 。
次つぎの朝あさ、大雨おおあめが止やんだので、二人ふたりは舟ふねを出だして魚さか
なとりを始はじめました。網あみを海うみに入いれる [2] と、とても重おもい手てごたえ
[3] があります。二人ふたりがなんとか網あみを引ひき上あげてみると、網あみの中なか
には二十五にじゅうご、六歳ろくさいの立派りっぱな着物きものを着きた男おとこがか
かっていたのです。
「お父とうっつぁん、こりゃあ。」「うむ、昨夜ゆうべの大雨おおあめに流ながされて
きたお人ひとじゃろう。可哀かわいそうなことだ。もう死しんでいる。」二人ふたりは
島しまに穴あなを掘ほると、その男おとこを丁寧ていねいに埋うめてやりました。
「今日きょうは、引ひき上あげよう。お婆ばあさんに頼たのまれていた物ものを買かっ
てから帰かえろう。」二人ふたりは大おおきな町まちがある港みなとへ、舟ふねを漕こ
ぎ寄よせ [4] ました。
お味噌みそやお米こめを買かおうと、お米屋こめやへ行いったら、そこの旦那だんなが
声こえをかけてきました。「もし、あなたたちは、昨夜ゆうべの大雨おおあめの時と
き、どうしていましたか?」「はい、わしたちは危あやういところで島しまに逃のがれ
られました。」
「そうでしたか。それはよろしゅうございました。ところでここへ来くる途中とちゅ
う、千石船せんごくぶねを見みかけませんでしたか?」「いいや、見みなかったです
な。ですが今日きょう、わしらの網あみに若わかい男おとこの死骸しがいがかかって、
島しまに埋うめてきました。」
「死骸しがいですと!」「何なにか、心当こころあたりでもありなさるのか?」
「実じつは、息子むすこが大阪おおさかに千石船せんごくぶねで米こめを積つんで出で
て行いったのですが、そこへあの大雨おおあめ。心配 しんぱいしているところです 。」
「そうじゃったか。」「ご面倒めんどうをおかけしますが、わたしをその島しまへ連つ
れて行いってもらえますまいか?」二人ふたりは旦那だんなを乗のせて、その島しまへ
戻もどりました。
埋うめた死骸しがいを掘ほり返かえしてみると、旦那だんなの顔かおから血ちの気けが
引ひきました。「むっ、息子むすこです。」二人ふたりは死骸しがいを乗のせて再ふた
たび港みなとへ引ひき返かえし、立派りっぱな葬式そうしきにも立たちあい [5] ました。
「あなたたちには、すっかりお世話せわになりました。わたしの心こころからのお礼れ
いを港みなとに用意よういしました。どうか受うけ取とって下ください。」「いや、お
礼れいなんぞ要いりません。」「いいえ、あなたたちは息子むすこを丁寧ていねいに埋
うめて下くださっただけでなく、持もっていたお金かねも、そっくりそのまま添そえて
下くださっていた。その正直しょうじきさに感銘かんめいし [6] ました。どうぞ受うけ取
とってやって下ください。」
あまりにも旦那だんなが言いうので受うけ取とることにしたのですが、旦那だんなに連
つれられて港みなとへ行いってビックリです。なんと旦那だんなが用意よういしたお礼
れいは千石船せんごくぶねで、しかも米千石こめせんごくが積つんであったのです。そ
の上うえ、死しんだ息子むすこがもっていた百両以上ひゃくりょういじょうもの金かね
もくれたのです。二人ふたりはたちまち大金持おおがねもちになり、嫁よめとお婆ばあ
さんの待まっている家いえへと帰かえっていきました。
[1] 「夜を明かす」,整夜不合眼,彻夜,通宵。
[2] 「網を入れる」,撒网。
[3] 「手ごたえ」,名词。……的感觉,反应。
[4] 「漕ぎ寄せる」,动词。划靠岸,划到……前。
[5] 「立ち会う」,动词。参加,遇见。
[6] 「感銘する」,名词、サ变动词。感动,感激不尽,铭刻在心。
很 久以前,某片海边住着有一位老爷爷和一位老奶奶,他们和儿子、媳妇在一起生活。每
天,老爷爷和儿子一起出海打渔,老奶奶和媳妇在家织布。
有一天,老爷爷和儿子刚刚出海,天空就突变异样。老爷爷说:“看样子要下大雨啦!”儿
子说:“爸爸!我们去那个岛上避一避吧。”于是,两人就急忙朝附近的小岛划去。
雨越下越大,他们终于把小船推上了岸。两人躲在洞穴里,看着波涛汹涌的大海,一夜无
眠。
第二天,大雨停了,他们开始划船出海打渔。他们刚把网撒入大海,就感觉到沉甸甸的。
于是,两人用尽全力把网收上来一看,原来网住了一个大约二十五六岁、身穿华丽和服的
男子。
“爸爸!这个……”儿子有点儿惊慌。“嗯,这人肯定是被昨晚的大雨冲到这里来的。真可
怜!已经死了。”老爷爷说。于是,父子俩在岛上挖了一个坑,把这个男子好好地埋葬了。
“今天就到这里吧。去买点你妈妈交代的东西就回家吧!”老爷爷说完,两人就把船朝大城
市的港口划去。
他们到米店去买味噌和米,这时候,米店老板问他们:“昨晚下大雨,你们是怎么度过的
啊?”“我们幸好逃到一个小岛上,才躲过一劫啊!”老爷爷回答道。
“这样啊,那真是太幸运了。对了,你们来这里的路上,有没有遇见一艘‘千石船’(江户时
代可以装一千石大米的大型和式船只)?”米店老板问。老爷爷说:“没有看见大船。不
过,今天我们网住了一个年轻男子的尸体,把他埋葬在了那个小岛上。”
米店老板大吃一惊:“尸体?”老爷爷说:“啊?莫非你认识那个人?”
米店老板说:“其实啊,我儿子乘着千石船运米到大阪了,遇上昨天那样的大雨,我正担心
他呢。”
老爷爷说:“这样啊。”米店老板哀求道:“给你们添麻烦了,请问能否带我到那岛上去看一
看?”于是,父子俩载着米店老板,回到了那个小岛。
他们挖开了埋尸体的坟墓,米店老板一看,顿时面无血色:“是,是我儿子啊!”他们载着
米店老板儿子的尸体,回到港口,为他举行了隆重的葬礼。
葬礼过后,米店老板对父子俩说:“真是承蒙你们照顾了,为了表示我的谢意,我在码头准
备了一份谢礼,无论如何,请一定收下!”父子俩赶忙说:“不!不!不要什么谢礼。”米店
老板坚持说:“不要客气,你们不仅仔细地埋葬了我儿子,就连他身上的钱,都一文不差、
原封不动地一起给他下葬。你们的诚实让我非常感动。所以无论如何,请务必收下我这一
点点心意!”
由于米店老板一再坚持,父子俩也只好答应收下谢礼。他们跟随米店老板到码头一看,大
吃一惊。原来米店老板准备的谢礼,竟然是一艘千石船,而且装着满满一千石的大米。另
外,米店老板还给了父子俩很多钱,比他那死去的儿子身上装着的一百两银子还要多。父
子俩一下子变成了大富翁,回去跟老奶奶和媳妇团聚了。
语法详解
(1)動詞の連用形に+同一動詞の終止形
表示强调动作的反复。
* 彼女が焦りに焦る。
她急得不得了。
* 待ちに待ったお正月が来た。
盼了又盼的新年来到了。
* 一日中歩きに歩いたので、すっかり疲れてしまった。
整整走了一天,简直累垮了。
(2)動詞の連用形+ているところ
表示“正在做……”的意思。
* さっきまで、本を読んでいるところです。
刚才正在读书。
* 昨夜、休んでいるところ、地震があった。
昨晚正在休息的时候,发生了地震。
小知识
旦那
旦那とは、妻が夫を、商家の奉公人が主人を、商人や役者·芸人がひいき
してくれる客を呼ぶときに用いる敬称。旦那は、サンスクリット語
「ダーナ」の音写で元仏教語。「ダーナ」は「与える」「贈る」の意味
で、「ほどこし」「布施」などと訳され「檀那」とも書く。中国や日本
では、旦那は寺院や僧侶に布施をする「施主」や「檀家」の意味とし
て、主に僧侶が用いる言葉であった。やがて、一般にも「旦那」の語は
広まり、「パトロン」のように生活の面倒を見る人の意味で用いられる
ようになった。さらに、「面倒を見る人」「お金を出してくれる人」と
いった意味から派生し、奉公人が主人を、商人が客を、妻が夫を呼ぶと
きの敬称として用いられるようになり、現代では主に妻が夫を呼ぶ敬称
として用いられる。
旦那
“旦那”是妻子对丈夫,商家的仆人对主人,商人、演员、艺人对光顾或赞助
自己的客人所用的敬称。“旦那”原为佛教用语,由梵语中“dana”一词音译而
成,有“赠与、给予”之意,用来表示“施与、布施”的意思,也写做“檀那”。
在中国和日本,“旦那”一词原是指对寺院或者僧侣布施的“施主”或“檀家”,
主要是僧侣所用的词汇。后来,“旦那”一词的词义逐渐扩大,用来指“出资
人”等提供生活保障的人。后又进一步引申为“给予照顾的人”“出资的人”,
成为仆人对主人,商人对客人,妻子对丈夫所用的敬称,现在则主要用于
妻子对丈夫的敬称。