阿倍野(あべの) (大阪府大阪市)
古代豪族・阿倍氏が支配した広大な原野
大阪の「阿倍野」には、その昔、阿倍寺があったと伝えられ、古代の豪族・阿倍氏にちなんだ名前と考えられている。その歴史は弥生時代にはじまったといわれており、これは、もっとも有力な説である。
歴史上の登場は、『後鳥羽院熊野御幸記』。一二〇一(建仁元)年に「阿倍野王子」で初見している。また、平安末期の様子を記した『平治物語』にも阿倍野が見える。
平安末期、ここは、難波、四天王寺、阿倍野を経て和泉国に至る交通の要地であった。また、有名な大坂冬の陣では、徳川家康が阿倍野に本陣を構えていたといわれている。
「あべの」の表記には、古代からバラツキがあり、「阿倍野」「安倍野」「阿部野」などがあったのだが、一九四三(昭和十八)年に、もとの住吉区から分区して阿倍野区が誕生したときに、区役所の土地台帳が「阿倍野」の字を用いていたので、この文字で統一されることになったという。
大正時代以後は、大阪のなかでも住宅地として発展し、近年は、JR、近鉄、大阪環状線など、主要電車の乗り入れの多い一大ターミナルを形成し、大阪市南部の玄関口として発達している。