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「安心する声」
日期:2017-09-06 10:58  点击:576
母からかかってきた日は勝ちで、私からかけた日は負け。
1年前に就職で上京してきてから、3日に1度は交わす母との電話。
お互い愚痴の言い合いとなるその電話に、いつしか私はルールを設けるようになった。
 
初めてのことばかりの仕事に不満が募り、携帯電話に手が伸びることもしばしば。
その時、なぜか「今電話したら負けだなあ」と一瞬躊躇してしまう。
電話で愚痴を散々吐き出した日には「負けたなあ」と変に落ち込んだりもした。
 
仕事を始めて半年ほど経った頃のことだ。
あまりにも仕事が辛く、帰宅途中すがるように電話をかけた。
数回のコールの後聞こえてきたのは、ここ最近聞いたことのない程楽しそうな声。
うるさいガヤをバックに、「親戚が昇進した」と早口で言う母は酔っていた。
宴会に同席している親戚が代わる代わる電話口に登場し、仕事はどうだと聞いてくる。
3人ほどと言葉を交わした後、私は話の途中だったにも関わらず電話を切ってしまっていた。
電話の後に「負けた」と感じるより何倍もみじめな気持ちだった。
 
その日から、私は母への電話を辞めた。
 
2週間後。
仕事以外で久しぶりに電話が鳴った。
画面に表示される母の名前を少し眺めてから通話ボタンを押す。
要件は、なんとも拍子抜けする内容だった。
 
「新聞に載っているクロスワードパズルの答えが分からない」
 
2人であれでもないこれでもないと悩んで2時間。
ずっとどこかで感じていた惨めな気持ちは消え去っていた。
毎回「負けた」と思いながらも心が軽くなっていた母との電話。
安心の源は、内容ではなく母の声なのだということに気付いた。
 
以来、電話をかけるのに躊躇することはなくなった。
今日はどんな話をしよう。
愚痴ばかりだった母との電話が、嬉しかったことの報告手段に変わった。

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